α3「現場回り」その2

 彼は大人しそうな少年だった。しかし話によると天文部長であり、校長と度々衝突していたらしい。だからそういった話にも詳しいのか。

「ごめんね、今度埋め合わせするから」

「私も何か──」

「いいよいいよ、久美さんは。全部厨子さんに吹っかける予定だし」

「え、何をやらされるの……?」

 貸し借りは長く作らない、結構厳しい性格のようだ。しかし短髪少女こと「ズシサン」に対してはどこか、からかっているような感もある。

「それで校長についてでしたね。久美さんの要望に沿えば話せないことも多いですが、よろしいですか?」

「もちろんですとも」

 話したくないことを無理に話してもらい信頼関係を壊すほど、情報に困ってない訳ではない。

「ま、教師と生徒の背徳恋愛とかそういうことではないですよ、おそらく誤解されているでしょうし」

 こちらの考えを読んでくるような発言。ああ、一筋縄ではいかないタイプだと感じる。そこまで多分、読まれているだろうが。

「校長には隠し事があったんです。何を、かは知ってますけど言いません。校長がこの学校の卒業生であることとその頃の新聞記事、この辺りから想像はつくんじゃないですか? 愛東新聞さんも書いていたはずです。『愛東』の『愛』は『愛知』の『愛』ですから」

 なるほど、知りたければ自分でも調べろか。その上で書かれた記事なら真実が書かれてなくても嘘を教えたことにはならない。

「それはだいたいいつぐらいのことです?」

「新聞記者なら、わかりませんか?」

 確かに取材記録を探れば生年月日も出てくるだろう、ある程度は絞り込める。そして三年間──データベース化されていたら幸い、といった所か。

「七不思議についてはおそらくご存じだと思います。『しずく』のも知ってますよね。それを詳しく調べれば参考になると思います。言えるのはそれくらいです」

「あなたから聞けること、は?」

「久美さんに頼まれましたので」

 もう少しで届きそうなのに。未練はあったが、ここで手を伸ばしきってはならないのだ。

「……この度は、ありがとうございました」

「いえいえ、お礼は厨子さんに。貸しを代わりに負担してくれるそうなので」

 会社に戻るとまずは社会部から受け取った取材メモの束を机から出し、生年月日が書かれていないか探す。そのメモはすぐに見つかった。次に、自分用のノートパソコンにLANケーブルを差し込み、社内ネットワークへ接続。記事データベースにアクセスする。高校名で検索するとその記事は出てきた。それは生徒が一昨日から行方不明になっているという記事で、行方不明になっているのは女子生徒、名前は「久美 雫」。天文部の部長だったらしい。あれ、と思った。「クミ」というらしいあの少女と関係があるのだろうか。そして少年は天文部長。偶然の一致と考えるのは簡単だ。しかし、あの子は何かを隠したがっていた。関係がない訳がない。

「もしかして校長が、行方不明の少女を殺した? いや、でもそれはかなり前、でも『視聴覚室に幽霊が出る』というあれが、その彼女だったら──」

 事件と事件がつながっていく。それは爽快ともいえる感覚だった。もやもやしていたものが一気に抜け出す感じ。それが報道人としての歓びなのかもしれない。

 ただ、本来の目的は、翌月の連続自殺との関連を調べることだ。そのつながりについてはなかなか顔を表さない。それを調べるため二件目の学校へ行く、その前に、警察の彼に報告しておこうと思った。行方不明事件の詳細も調べてもらうために。

 待ち合わせに指定されたのは町外れの喫茶店。ほぼ常連だけで成り立っている、どちらかといえば寂れた店だ。宇治刑事は遅れてやって来た。

 簡単に挨拶を交わし、情報を切り出すのは宇治刑事の方が先。

「六月の自殺については生徒への任意聴取が行われています。推定時刻、屋上へ続く階段近くの倉庫にいた三人です。氏名は田沼 勝美、新谷 恵美、厨子 愛紀」

「あれ、もしかしてあの三人って──でも四人組だったし」

 あと一人、「くみちゃん」と呼ばれていた少女が足りない。先日の隠し事といい彼女がキーとなる、それは確実か。

「特に田沼くんに関しては校長と対立していたこともあり、慎重に捜査が進められましたけどね。何も見つかりませんでした」

「何も?」

 一応聞き返す。自分の中で怪しいと思っていた人物とは違うが。

「ええ、何も。鍵も校長が自ら持っていたので」

「じゃあクミさんって知ってます?」

「自分がチェックした捜査資料に、そういう名はありませんでしたが」

 警察は彼女について捜査を行っていない、か。何かある、といった予感が確実になる。

「あと、昔あの学校で起こった行方不明事件とも関連があるという情報を耳にしました。そのことは?」

 自分も聞きかじりの情報ではあるが、聞いてみる。

「そういった情報は警察になかったので、その方向で探してみると情報が得られるかもしれませんね。いつですか?」

 西暦で答えると彼は、それなら捜査資料も残っているかもしれませんね、と手元のメモ帳に書く。

「宇治さんの方は、他に何か判ったことはあります?」

「んー、後は目撃者の証言がブレている、ということですかね。自分から屋上のフェンスを乗り越えていったというのは確かなんですが、そこに女子生徒がいたとかいなかったとか。人数も一人だったり二人だったり」

 見た場所の角度によってそれは説明可能だ。しかしそれが真実となると、校長の自殺を黙認した生徒が最低二人以上いたことになる。それだけではない。その生徒が彼を追い詰めた、そういうことではないのか。

「直接飛び降りを見たという生徒はごくわずかなので、その前後ということにはなりますけどね。ただ、直接見たという生徒にも、屋上に女子生徒がいたという話はありますから。捜査上は記憶の混乱ということで処理されているはずですが」

 自発的に飛び降りるはずがない、という感覚が生み出した幻の少女。それで処理してしまっていいのか。疑問が渦巻く。

「容姿などについては」

「不思議なことに、共通しているらしいんですよね。後ろを一つにまとめた髪型とか。ショックが大きかったので聞き取りも深くは調べなかったようですが……」

 やはり、と言うべきだろう。クミというあの少女は何らかの関係がある。もう一度取材に行った時の重要ポイントとして頭に刻み込む。

「では連続自殺については、何かあります?」

 宇治刑事はふっ、と一息つき、ちびちび飲んでいた紅茶を一気に飲み干してから語り出す。

「これはほとんど知られていない話ですが、話してしまいますね。何故少女が殺人の被疑者と疑われたか。というよりは、何故事件発生時の所在を明らかにしないか。彼女もまた、別の事件に巻き込まれていたからです」

 事件が事件を呼ぶ、か。しかし四年前の記事を探ってもあの事件以外、この地域で大きな事件は起こっていなかったはずだ。

「警察すら認知していない、誘拐事件が起こっていたんです。連絡がつかないことから彼女は解放され、そして第一発見者となった。犯罪が、犯罪から彼女の身を守ったのです。そして彼女はそれを話そうとしませんでした。話したら、命の恩人が逮捕されてしまうことになりかねないからです」

「その話は、どこから?」

 真実なら大スクープだろう。もちろん裏付けは必要となる。

「それは、誘拐した当人くらいからしか聞けませんよ。ただ彼女の自殺にショックを受けている様子でした。恩返しの恩返しをするつもりでしたから。確かもう──」

「亡くなってしまいましたか」

 宇治刑事は頷く。特ダネが欲しいのならソースは自分で探し出すくらいの努力はせよという神の啓示か。ただ、女子中学生の誘拐で単独犯というのは難しいだろう。他の証言が期待できるだけいい方か。

 そのほか、殺人事件時の特別捜査本部の内部状況なども教えてもらう。どうして彼は、こんな情報を知っているのだろう。少し疑問に思ったが、情報を得られるのならとあえて気にせずにしておいた。

「本日はありがとうございました。記事が詰まってきたらまた連絡すると思います」

 私は深く礼をして、伝票を取る。翌日の取材のため、下調べをしておかなければならない。

 後から思い出したが、行方不明事件について調査を依頼するのを忘れていた。

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