第7話 霊媒師の逆襲

「霊媒CO」


 この試合中初となるカンテレレのCO宣言に、会場中が大きくどよめく。


(霊媒、か……)


 ヘアレスは冷静に、そのことについて考える。

 ボールはまだキープしたままだ。



 霊媒師とは、ざっくばらんにいえば、狼の残数を把握するために存在する役職である。


 現在村に狼が何匹いるかは、村にとって非常に貴重な情報である。

 なぜなら村と狼の生存数が同数になってしまった場合、その村は壊滅状態に陥ったとみなされ、その時点でゲーム終了。狼陣営の勝ちとなるからだ。


 霊媒師は、前日に村が処刑した人物が、「狼だったか」「それ以外だったか」を見極めることができる。

(余談だが、死者の魂を確かめられるという設定が、霊媒師という役職名の由来らしい)


 この能力によって村側は、真霊媒が生きている限り、自分たちにあとどれくらい日数や人数の余力があるか窺い知ることができるわけだ。


 しかし。


 そうはいっても正味な話、霊媒師の存在価値は全役職中では比較的低い。たとえば「占い師」と比べると雲泥の差ががる。複数人の霊媒師がCOした場合、もはやどれが正しい情報なのか判別不能になるからだ。


 よって、霊媒師が二人以上出現した場合は、即座にまとめて全てを吊り殺してしまう作戦がとられることが多い。これを俗に「霊媒ローラー」、略して“霊ロラ”という。


 ちなみに、占い師の場合はこうはいかない。複数の占い師が登場した時、村側はたいてい全員をそのまま残す。偽占いの占い結果さえも村にとっては重要な情報になるから、始末するには惜しい存在なのだ。


「そうなると・・・」


 こいつのCOは本物だろうか?

 ヘアレスは思う。まだ今日は初日だ。吊り逃れに苦し紛れのCOをするなら、占いCOしても怪しまれる場面ではない。


 なのにわざわざ霊媒を選択した。


 ここで対抗のCO、いわゆる霊媒CCO*が出てくると、ほぼ確実にカンテレレはそいつもろとも、ローラー作戦によって吊られることになる。

 そしてもしもカンテレレが偽霊媒なら、真霊媒は確実にCCOしてくる場面だ。

 偽物の騙りならば、ここであえて「霊媒」騙りを選択するリスクは相当に高いといえた。



 *CCO=カウンターカミングアウトの略



「霊媒対抗はいないか?」


 なおもボールをキープしたままヘアレスはマイクに向かって叫ぶ。


 たとえカンテレレが本物でも、凶人あたりがCCOしてくれれば楽になるんだがな…スアレスはあわよくばとそんなことを願う。


 ここでの偽物の対抗COは自殺に等しい行為だが、自分の生死がチームの勝敗とは関係しない凶人のとるアクションとしては、実はそう悪手でもない。凶人自らは死ぬが、真役職を道連れにできると同時に、村側の貴重な吊り縄をふたつも消費させられるのである。


 そのとき場内に別の誰かの声が響いた。


「霊媒CCOする」


「!」


 スマートウォッチの<COボタン>を押した場合のみ、ボールを保持してなくても、一時的にマイクとスピーカーが使用できる状態になる。


 霊媒対抗したのは、またしてもEAチームからだった。サイドハーフのキミトシュタイナーである。


(しめた)


 ヘアレスはほくそえんだ。


(真か?それとも凶人か?どちらにしろ、相手チームにいたんだな)


 どっちが真霊媒か、ヘアレスにとってそれはもはやどうでもよくなった。人狼の定石からすれば、これで今夜、霊媒ローラーが始まるのはほぼ確実となる。


 守備の要として厄介なカンテレレから先に吊れれば申し分のない展開だが、別に一日くらい先に延びてもいい。どの道相手チームは遅かれ早かれこれで2人もプレイヤーを失うのだ。流れは完全にこちらに傾いてる、と思った。


 その甘美な一瞬の思考が、無意識に集中力を削いだのであろう。刹那、カンテレレの執拗なタックルについにボールが絡め取られた。カンテレレはそのままボールをいったん近場の味方に預け、自分が十分なスペースを確保したところで再びリターンパスを受ける。


(ちっ)


 ヘアレスは舌打ちした。


(まあいい。おまえは長くても明日までの命だ。せいぜい今のうちにがんばっておきな)


 ふたたびマイボールになるのをのんびり待ちながら、ヘアレスは口元を緩めてそんな不遜な考えに耽る。と、それを一気に覆す声がスピーカーから流れてきた。


「おい」ボールを持つカンテレレの声だった。

「まさか俺のチームで、今日から霊ロラしようなんてやつはいないだろうな」


(なんだと?)


 ヘアレスの顔色が変わる。そこにかぶせるように声がした。


「その通りだ」CCOしたキミトシュタイナーの声だ。COした際マイクの制限時間はジャスト一分間。まだ有効時間は切れていないようだった。

「私目線、カンテレレはどうやら人外のようだな。だが人狼サイドでは敵だとしても、サッカーサイドとしては、私たちのチームにとってギリギリまで残しておきたい人材だ。今日の即ロラは得策ではない。欧州連合の連中はわかってるよな?」


 ヘアレスはあわててフィールドの様子を見てとる。たしかにEAチームの連中のほぼ全員、小さく頷いている様子があった。強豪サッカーチームに特有の、意思の統一が強固にされている雰囲気が感じられる。


 逆にAAチームの多くには戸惑いの色が浮かんでいた。

 ーー霊ロラじゃないだと?

 ーーだったらどこを吊ればいいんだ?


 キミトシュタイナーが続ける。


「繰り返す。自分が吊られたくないから言うわけではないぞ。今日の即ローラーは得策ではないーー」


 そこでブツッとスピーカーからの音声が途切れた。一分間のマイク使用時間が終わったようだ。

 シュタイナーは苦い顔で舌打ちするが、どうやら最低限言いたいことは言えたようで、焦りのような色はうかがえなかった。


(まじかよ。うまくいきかけてたのに、くそっ)


 ヘアレスの悪夢はそこで終わらなかった。

 カンテレレはボールをドリブルで運びながら、尚も続ける。

「我が欧州軍に告ぐ。霊ロラしないなら今日は通常ならグレランだ。だが考えてみてほしい。ロラに反対するのは我がチームサイドのみだぞ! このままグレランになれば、AAチームからは票を集められ、俺たちチームの霊媒のどちらかは、結局吊られてしまう可能性が高い。つまり今日は、欧州軍は票を集めなければならない!」


 グレランとはグレーランダム、特に決め手がない序盤にとる代表的な戦略のことである。役職や情報のないグレーな人材だけを対象に、それぞれ今夜処刑したい人物に自由投票する。


 グレランを決行した場合、当然票は割れる。ここでカンテレレが懸念しているのはそれだった。自チームの票数が割れてしまっては、相手チームが霊ロラを強行しようとしたときに抑止力にならない。

 結局、当初のヘアレスの目論見通りに霊媒が吊られてしまう。


「そこで吊り提案だ。今日は突然俺に突っかかってきやがった相手の9番ーーヘアレスの野郎の処刑を希望したい」


(なんだと!?)


「相手のキーパーを吊ってもいいが、なんせヘアレスは素行が怪しい。欧州連合としての立場からしても、こいつのキープ力と突破力は厄介だってのもある。だがなにより、奴は占い霊媒非対抗してるからな! 安心して吊れるってもんだぜ!!」


(しまったーー)


 こいつを一刻も早く黙らせないといけない。だがすでに攻守交代している。カンテレレの位置はヘアレスからは遠すぎた。


 何をしている、早くそいつからボールを奪え!ーーデフェンス陣に向けたヘアレスの叫びは、しかしオフマイクの状態では観客の大歓声にかき消された。


 もちろんそう簡単にはいかないことはヘアレス自身にもわかっている。ディフェンダーは下手にボールを奪いにいくと、逆に抜かれるリスクも増大する。さっきはそれを利用してさんざんカンテレレを煽っていたのだが、今や立場は逆転されてしまった。


 やむなくヘアレスは本来のポジションを半ば放り出し、自陣のかなり深いところまでフィールドを駆け戻った。

 これ以上あいつにしゃべらせてはいけない。こうなってしまっては自らの手で、なんとしてもカンテレレからボールを刈りとる必要があった。


 しかし一歩遅かった。


 長い距離を駆け戻ったヘアレスのタックルが届く寸前、主張をあらかた言い終えたカンテレレは、


「もし吊ってみてヘアレスが人外だったら、もうけもんだぜ!」


 と最後の叫びを愉快そうに放つと同時に、ボールを大きく前方にフィードした。

 二列目を追い越してワントップに当てに行ったボールは見事にその場に収まる。そしてそこはもはやヘアレスの届かない位置であった。

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