第5話 試合開始
試合開始のホイッスルが鳴った。
世界初の人狼サッカーの公式戦は、音声を切って映像だけを見ていれば、最初の10数分ほどは通常のサッカーの試合となんら変わらないようでもあった。
まず最初に、自陣でのパス回しがしばらく続く。たまにパスミスでボールカットがあると、今度はそのチームでボール回しが始まる。
一見、単調なサッカーの試合だ。
しかしその裏には実は、人狼サッカーならではの思惑と定跡に基づく展開があった。
通常の人狼では発言が少ない人物は「寡黙」と呼ばれ、優先的な処刑候補となる。積極的に推理を披露しない人物は村に非協力的とみなされるからだ。
さらに、いわゆる人外の中でも特に「狐」は、終盤までできるだけ目立たなくひっそり生き残りたいので、傾向として寡黙気味になりがちである。
よって人狼では、極度に発言がない人間は遅かれ早かれ吊られる運命にある。これは黙っていたもののほうが有利な展開にならないようにする、推理合戦としてのゲーム性を強める意図もあった。
しかし、人狼サッカーが最初に直面した問題はここであった。
寡黙の人間を出さないために、テストマッチで全員のマイクを常時オン状態にして発言を促したら、収拾がつかなくなってしまったのだ。
ただでさえ24人もいる村ではクロストークが過密発生しがちなのに、サッカーで言うコーチング(ポジショニング指示)の怒号も加わって、誰が今しゃべっている状態なのかまるでわからない事態に陥った。
要は、拡声器を使ったがなりあいと化してしまったのである。このせいで最初の数試合はまるでゲームにならなかった。
そこで運営は、マイクを使える人間を大幅に制限するべく、特殊機能を実装した。具体的にはボールにセンサーを埋め込み、その周囲1メートルにいる人間しかオンマイクにならないようにしたのだ。
これによって発言権は実質、ボールホルダーか、それを奪いにいってる人間に限られることになった。
人狼サッカーがゲーム直後、パス回しが必然的に多くなるのはこういう理由による。要は、<とりあえずお前もなんか話せ>という意味の儀式であった。
パスミスでのボールロストがない場合は、時にわざと敵チームにボールを渡すことさえあった。「寡黙」の人間を見極めるための暗黙の了解といってよかった。
が、現在はまだ「初日」。たいした発言は出ない。
「今日はグレランか?」
「共有はまだ出ないのか」
「占い対抗はまだか?一人だけって事はないだろう」
など、当たり障りのない会話ばかりである。
どの選手もボールが回ってくるたび、そんな無難なことを呟いては次の選手に回し続けた。
退屈な展開といってよかった。キックオフ直後は興奮の大歓声を絶えず発していた超満員の観客も、10分もそんな展開が続いてくるとさすがに飽きてブーイングが鳴るようになり、さらに5分が経つ頃にはそれさえ聞こえなくなった。
最初に試合が動いたのは、そんな初日17分の頃であった。
アジア南米連合チーム、ウルグアイ代表のFW・ヘアレスは、そろそろ仕掛けてもいい頃だなと相手デフェンスの隙を狙っていた。もうボールは一通り行き渡っている。いったんここらで、サッカーの方の戦略を優先させてもいい頃合いだろう。
しかし相手側に、厄介な相手がいた。
フランスのカンテレレ。守備的MFーーいわゆるボランチと呼ばれるポジションを陣取る、ベテラン選手である。
ヨーロッパ・アフリカ連合チームの選抜メンバーを見たとき、一番イヤだなとヘアレスが瞬間的に感じた名前が、このカンテレレであった。この男とは過去にも、(ふつうのサッカーの試合で)何度も対戦したことがあった。
そしてそのどのゲームでも、ヘアレスは無得点に終わっていた。
カンテレレの評価を世界的に高めているのは、尋常ならざるその守備力による。2~3人いてやっと守り切れるはずの広大なスペースを、彼は豊富な運動量と驚異的な瞬発力、そして天才的な先読みの勘で、たった一人で潰してしまうのだ。地味なスキルではあったがその存在感は圧倒的で、攻める方としてはこんなにやりづらい相手もいない。
人狼サッカーにおいてもその能力は健在であった。先ほどからヘアレスは隙を見て敵陣の中に切れ込み、あわよくばファースト・シュートを放とうと狙っているのだが、完璧といっていいカンテレレのマークとポジション取りがそうさせてくれなかった。
(まったく面倒な野郎だ。だが逆に言えば)ヘアレスは思う。
(向こうはこいつの守備力に依存しているともいえる。こいつがいなくなれば、バイタルエリアは一気にがら空きになる)
バイタルエリアとはゴール正面の、シュートの射程距離に入り始めるエリアのことだ。ここで敵をフリーにしてしまうと、危機的状況が生まれる。
(向こうのキーパーは占いCOしてるから吊れない。だがこいつならどうだ? 試してみる価値はあるかもしれない)
ヘアレスはドリブルでカンテレレを抜きにかかった。
不意を突かれてカンテレレは慌て気味に対応する。相手がオンマイクの範囲に入ったのを見計らって、ヘアレスが話しかける。
「おいカンテレレ。お前さん、役職は持ってるのかい?」
「!? なんだとーー」
ヘアレスはいったんボールを止める。安全なスペースを確保しながら、揺さぶりをかけ続ける。
「ちなみに俺は占い非対抗だぞ。霊媒でもない」
マイクがオンになる、カンテレレから半径1メートルのちょうど円周上に入るか入らないかのところで、ヘアレスはボールを出し入れしている。
カンテレレは何か喋ろうとするのだが、ヘアレスの抜群のボールコントロールがそれをさせない。発言しかけたとたん、足の裏でボールを引き戻されオフマイクにされてしまうのだ。
「なんだって?ちゃんと話してくれ!きこえないぜ」
もちろん、ヘアレスがテクニックとルールをいわば悪用した駆け引きを仕掛けているのは明らかなのだが、心象的にはたしかにカンテレレが情報を出し惜しんでいるようにも見えた。なにせ音声上は、ヘアレスの声しか会場に流れていないのだ。
南米のサッカーには「マリーシア」と呼ばれる独特の用語がある。これはルールぎりぎりのずる賢いプレイを賞賛する文化のことだが、ヘアレスはこのマリーシアを行わせたら、悪魔的とまでいえる巧さをしばしば発揮する男であった。
さすがのカンテレレも徐々にイライラしてくるのが目に見えてわかった。そのメンタル面をついて、ヘアレスは隙あらば抜きにかかろうとする。阻止されるとまたいったん引き、「役職もちかどうかも言えないのか?」と精神面から煽りにかかる。
「どう思う、みんな? 村に非協力なようだから、俺的には、今日の処刑はこいつを推すがね。どうせグレーから誰かを吊るなら、本日はこいつでもいいんじゃないか?」
お世辞にもうまいとはいえない露骨な誘導だったが、ヘアレス当人としては、感触はそう悪くなかった。少なくともゆさぶりをかけることには成功した。これでカンテレレに票が傾けば儲けもの。別人が吊られてもそれはそれでいい。
(あるいは、このパターンになってもいい。本当に役職持ちで、業を煮やしてそいつを白状しちまうっていう・・・・・・)
ヘアレスがそう思ったとき、それは現実になった。
カンテレレが動いた。
手首のスマートウォッチのボタンを押す。
会場にアナウンスが流れた。
「欧州・アフリカ連合チーム。背番号6番。カンテレレ選手、COです」
「!!」
そこからは少しの間だけ、カンテレレに発言権が与えられる。一瞬間を置いて、カンテレレは言った。
「ーー霊媒CO」
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