第4話 ミーティングルーム(後編)
ここで念のため、人狼サッカーのルールについて改めて少し説明しよう。
形式は、通常のサッカーの試合と形式は非常に似ている。
一見ほとんど同じとさえ言ってもいい。
11人の選手をワンチームとしたグループ同士が戦う。ゴールキーパー以外は手を使ってはならない。相手ゴールにボールを押し込んだら自チームに一点。終了するまでに得失点差を競い、スコアが多い方が勝利。
ここまでは非常にシンプルだ。事態をややこしくしているのは、サッカーの試合と同時に人狼ゲームが行われるという点である。
両チームの監督を加えた合計24人ーーその全員に、人狼ゲームでいうところの“役職”がすでに配られていた。
彼らは、サッカーチーム上は味方同士であっても、人狼レイヤーにおいては「村」と「狐」の敵同士かもしれない。あるいは逆に、サッカーでは違うユニフォームを着ていても、人狼ゲーム上では狼ファミリーの仲間同士なのもしれない。
ふたつのレイヤーが重ねられたままで、ゲームが同時に進行する。
選手はただサッカーをプレーするだけでなく、敵味方の役職を推理しながら、両方のレイヤーの戦略を立てていかねばならない。
「もう一度きくが、事前COはいないのか?スタメン提出時に、それを同時に出さなければいけない。後からの発言だと、信頼を失うことになるかもしれんぞ」
岡村が再び言った。選手たちはまだ微動だにせず、お互いの出方を慎重に伺っている。剣の達人同士のごとく、先に動いた方が負けのような空気があった。
「COするかしないかは各個人に任せるがーータイミングを間違えるな。今は、今しかない」
COとはカミング・アウトの略ーーつまり、自分の役職を公表することだ。
たとえば役職“占い師 ※ ”などは、自分は占いだと主張、つまりCOすることで初めて、自らの能力発動結果を全員に打ち明けることができる。
※占いの能力は主に、対象人物の正体が狼か否かを見抜くこと。人狼において最重要役職のひとつである。
「“占い”と“共有”には早めにCOしてもらいたいもんだがな」さきほど発言したグリングリンが言った。「情報がまったくないまま臨む試合ほど、心細いものはない」
「いや、占い師は今日は出なくていい」メキシコの選手だった。「仕様では、初日占いはないんだろう?だとすると、今COしたところでどうせ情報はもらえない。下手に名乗りを上げて、占いが狼に噛まれるリスクを高めるより、今日は潜伏のままでいい」
「なるほど」ペルーの選手が頷く。
「いやでも、先に出ておいた方が護衛が守りやすいのでは?」
難色を示したのは韓国の選手だった。
いつのまにか重たい沈黙は形を潜め、次々に選手間の口数が増えている。一人が口火を切ったことで、少しづつではあるが話しやすい雰囲気が生まれたようだ。
再び、メキシコの選手ーーチーチャ・フェルナンデスが首を振って口を開いた。
「ノー。相手チームからも対抗占いが出てくるかもしれないし、他の役職でもCOがあったら護衛がブレる。ただし、共有には早めに出てもらいたいというのは俺も賛成だ。進行役が出てきてくれた方がやりやすい」
「だけどその場合ーー」
誰かがさらに反論しようとした時、別のアシスタントコーチがプリントアウトされた紙を片手に飛び込んできた。
「相手のスタメン情報がわかりました!」
「なんだと」岡村が驚いたように振り返る。
「早すぎる。まだメンバー提出締め切り時間でもないし、公式発表時間でもないだろう?」
「はあ、そうなんですが、向こうの監督がどうやら自信満々で・・・・・・せっかくのオリンピック、かまわないから早めに発表してファンを楽しませてあげなさい、というサービス・パフォーマンスのようです。観客席にもすでに情報は出回ってるようで・・・・・・」
「あの狸じじいめ」岡村はイギリス出身の老将、ファルダーソンの顔を思い浮かべてさらに苦い顔になった。すでに監督業は引退宣言をしていたのに、何度かの説得で今回誘致に成功した、フットボール指導者界伝説のビッグネームであった。
老獪なるレジェンドの、余裕綽々のその態度が気に入らなかった。が、開催国特権でおこぼれ就任に預かった極東弱小国の岡村など、はなっから眼中になどないのであろう。
「監督」本中田が声をかける。
「なめられて面白くないのはわかりますが、せっかく早めにいただけた情報です。有効に活用して、そのサービス精神とやらを後悔させてやりましょうよ」
「そうだな」気を取り直したように、岡村はプリントアウトされた用紙を手に取る。
「!ーー」
そこにはこうあった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
監督 イギリス ファルダーソン
GK チェコ シェフ ※占いCO
DF ドイツ ラ・ムー
DF スイス キミトシュタイナー
DF スペイン ペケ
DF ガーナ テング
MF フランス カンテレレ
MF イタリア ピエロ
MF コートジボアール ドロヌマ
FW オランダ カート
FW ポルトガル クリモナ
FW ポーランド エヴァンゲフスキ
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ここにいる選手にとっては、世界戦で一度は対戦したことのある、馴染みの名前ばかりだ。よって注目を集めたのはむしろ、ふだんのサッカーではありえない、CO情報が追加されている点であった。
全員に用紙がまわされ、部屋全体がざわつく。
誰かが言った。
「向こうはキーパーが事前COしてきてるな」
「常套っちゃあ常套手段や」
何回かのテストマッチの結果を思い出しながら、本中田がぼそりと呟く。
人狼サッカーでは、人狼ゲームの定跡以上に、サッカー戦略としての思惑も“吊り”に反映される。
サッカーチームとしては、相手のキープレイヤーを吊ってしまえば、試合展開は一気に楽になるからだ。
一般にサッカーにおいてゴールキーパーは失点を防ぐ最後の守護神的役割であり、このポジションの選手が退場になると、一気にチームは窮地に追い込まれる。
よって人狼サッカーでは、ゴールキーパーは理不尽にも、吊られやすい位置に強制的に置かれることになる。これを回避するために、キーパーは「事前CO」をしておくという戦法が編み出されつつあった。
役職を持っていると予め宣言しておけば、いきなりの処刑対象にはならないからである。
とはいえキーパーに与えられた役職が単なる村人、いわゆる「素村」の場合は、この作戦は使えない。なんの能力もない素村が偽役職を騙るのは「村騙り」と呼ばれ、人狼において大きなタブー行為のひとつである。それをやってしまうとプレイヤーの信用は一気に失墜する。
「本物かな?」アルゼンチンのメルシが言った。
「チェコのシェフ。本物のーー真占い師、だろうか」
「さあな」メキシコのチャーチが答える。
「吊り回避してるだけの偽物かもしれん。だがどっちにしろこれで」やれやれ、というふうに天を仰いだ。
「相手のキーパーを簡単に吊るわけにはいかなくなっちまったってわけだ。シェフは名キーパーだ。簡単に得点はとれそうにないな。まいったね」
「こっちのキーパーはどうなんだ? ナーバス?」
コスタリカのナーバスに視線が集まる。彼はアジア・南米チームの正GKであった。
「お前はどうなんだ。COしないままだと狙われやすくなるぞ」
「そうだ、お前があんまり早いうちに吊られちまうと、俺たちだって困るんだ。どうする?」
何人かが詰め寄る。言外にCOを促すような響きがあった。
だがナーバスはきっぱりと言った。
「俺はやめておく」全員を見回す。
「事前COはしない」
「それは役職を持っていないってことか?」
「その質問にも答えない。ここでいきなりの素村COは愚策だ。たとえ村人だとしても、言わないよ」
あまりにあからさまな拒絶感に、まとまりかけていたチームの雰囲気が一変した。
ふたたび以前のような緊張感が部屋全体を包む。そのまましばらく沈黙が場を支配した。
と、それを打ち破るように、誰かがクスクスと笑い出した。注目が集まる。
ブラジル代表のイネマール選手だった。
「いいじゃん」おかしくてしょうがない、というように笑いながら、イネマールはナーバスに近づいた。
「それで全然いいと思うわ。俺はむしろこれで、お前の信頼度があがったぜ。ここでCOしないなら少なくとも狼ではなさそうだよな。人狼でも、サッカーのチームメイトとしても、信用してやっていけそうだわ。よろしく頼むよ」そういって笑顔のままナーバスの肩を叩いた。
その様子を見ていた本中田は、何かを思い出したかのように自分のスマートフォンを取り出した。画面を見て、ふと顔が曇る。
少し考え込むような仕草を見せた。
「ヒデ?」岡村が話しかける。
「あ、はい。すんません」
「うちの事前COはないようだ。すまんが、用紙記入と、運営事務局に提出を頼む」
「了解です。ーーいよいよですね」
岡村が頷き、顔が引き締まる。
そう、数時間後にはキックオフの時間が迫っていた。
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