第2話 ミーティングルーム(前編)

「スタジアムはすでに超満員であります。いよいよ数時間後、オリンピック正式種目として、公式戦としては世界で初めて、人狼サッカーが行われようとしていますーー」


 レポーターの声が響き、ヘリを使った上空からの映像が映し出されている。

 資本家から莫大な資金を注入され、日本国内某所に突貫工事で建てられた7万人収容の巨大スタジアム。


 その映像を、岡村タケシは控え室のモニターで睨むように見つめていた。


 控え室には他に、アジア・中南米連合チームーーいわゆる「AAチーム」のメンバーが全員揃い、雁首をそろえて監督の言葉を待っている。


 人狼サッカーには控え枠はない。独特なシステム上、選手交代がそもそも不可能だからだ。


 よって、ここに集合しユニフォームを身につけているメンバーは全員、すでに出場が決定していることになる。今から言い渡す予定のスタメンは、主にポジション確認ーーそれと、事前に申告することがあるか?という確認のためだった。


 どの選手も、各々の国の超一流サッカープレイヤーばかりだ。名義上は世界地域の連合軍ではあるが、比率的には明らかに、強豪国が多い南米が特に際立っている。 

 11あるポジションの半分以上をブラジル、アルゼンチン、メキシコなどの中南米選手が占有。申し訳程度にオーストラリアや韓国といったアジア勢もいる。


 しかし、日本の選手はいない。


 開催国である日本は、日本人が監督に大抜擢されたのである。

 FISAサッカーワールドカップで、日本をベスト16まで導いた経験のある岡村タケシ監督である。


 五輪での人狼サッカーは1チームに一国のみしか参加が許されない。

 日本は今回、「監督枠」での参加となったのだ。


 岡村はモニターから目を外した。トレードマークのめがねをかけ直し、改めて控え室の錚々たるメンツを見回した。


(こいつらをまとめるのは一苦労だな)


 選手たちの面構えを見て、希代の智将もさすがに内心ため息をつく。


(ただのサッカーをやるだけでも、癖のある連中ばっかりだってのにーー)


 選手の一人、アルゼンチンのメルシーと目が合った。そろそろミーティングを始めてくれよ、という表情をしている。やるか、と岡村は口を開いた。


「諸君」


 岡村は目で選手一同を見回しながら、スマートホンに話しかけた。アプリのAIによって自動翻訳され、各選手の耳に装着にされたワイヤレス・イヤフォンに各言語でメッセージが届く。


「改めて、今日の試合を率いることになった岡村だ。よろしく」


「シ、ボス」


「ルールは聞いてると思うが……金メダルを取る条件はシンプル、我がチームの勝利だ。サッカーの試合に勝つだけで、11人のメンバー全員と監督の私に、計12個の金メダルが寄与される。つまり各国に各一個、金メダルが贈呈されるわけだ」


 コスタリカやチリなど、南米勢の何人かの目が輝いた。

 アメリカやロシアなどのスポーツ強豪国に比べ、これらの小国はオリンピックで表彰台に上ることが少ない。

 特に金メダルを獲得したアスリートは国史上でも数えるほどしかいなく、ゴールドメダリストの称号は彼らにとって至高の名誉と言えた。

 国に帰ったら生涯ヒーローとして扱われるのは疑いない。


「が、もし我々が負けた場合は、賞は一切なしだ」


「!」


「銀も、銅メダルもなし。ゼロ。つまりこの試合はオール・オア・ナッシングの戦いだ」


「……」


 あまりにもシビアな、厳しい特殊ルールの再確認に、緊張が走る。


「だから一丸となって、国の栄誉のために戦おう。ゴールし、守り、勝てばいいだけだ。我々は急造の連合軍となるが、全員が超一流のプロだ。ひとつの目的のためなら連携をとれるはずだ」


「ひとつの目的ならね」


 突如、日本語で茶々が入った。

 全員の視線がいっせいにそっちを向く。

 

 ロッカールームの片隅に、短髪を見事に金髪に染めた、しかし明らかに東洋人である男が壁にもたれて立っていた。他に数人いるアシスタントコーチたちと全く同じ、五輪エンブレムのついた公式ジャージを着ている。


「でも今日は、目的はひとつ、ちゃうんやないかなあ」


「煽るのはよせ、ヒデ」


「ええやないですか監督。これについても今ここではっきりさせておいたほうがいいですよ。これはただのサッカーやない。人狼サッカーや。団体戦であると同時にもうひとつのチーム戦もごっちゃまぜになっている。みんな“そっちの目的”のほうも、ないがしろにできるわけないでしょう」


「ヒデスケ・ホンナカダ! なぜ貴様がここにいる」


 コロンビア代表のグリングリン・ハメドリゲスが、母国語のスペイン語で鋭く叫ぶように言った。彼はこのアジア人と、所属するイタリアのクラブチームで何度か対戦していた


「ええやないか、いたって。ここは日本やで」


 男はにやりと笑ってそう言い、通じてないのに気づきイタリア語で同じ趣旨のことを言い直した。スペイン語とイタリア語はラテン・ルーツの似た言語なので、彼らはお互い簡単なやりとりなら理解することができた。


 本中田英佑ーー

 

 日本サッカー界、最大のカリスマと言っていい男だった。


 およそ10年前、岡村監督率いる日本代表軍で得点を量産し、チームをワールドカップ決勝トーナメントに導く原動力となる。

 その活躍によって引っ張られたイタリアでは名門クラブを渡り歩き、あるチームではエースナンバー10番を着け、あるチームではなんとスクデット獲得ーーつまり優勝を経験した。

 どちらももちろん日本人としては初であった。


 実業家としての顔ももち、資本主義実質崩壊後は青息吐息の選手が大半を占める中、経済的にはいまだに潤ったままの成功者でもあった。

 十二分な実績に強烈なキャラクターも相まって、日本ではもはや知らないものはいない存在である。


「いくら日本人で、サッカー選手だからといって、勝手に試合会場に入っていいものなのか。どういうわけかお前が混じっているのに今まで気づかなかった。その格好は何だ、アシスタントの一人かと思っていたぞ」


「そうや」


「なんだって?」


「ボランティアや。俺は今回、試合に出えへん代わりにアシを務めることになったんや」


「私が呼んだんだ」


 岡村が割って入った。


「もともとヒデは選手枠でこの人狼サッカーに参加予定だった。ところがスポンサーが監督のキャスティングでヘマをした。最後の最後でなんとか、開催国の人間を据えて体裁を整えようということで、私を無理矢理その位置にねじ込んだんだ。あおりを食らった形で、ヒデはメンバーから外れることになった。同じ国の人間がチームに二人は参加できないからな」


「その話は知っています、ボス。私が聞きたいのは」自分のスマート・ウォッチの通訳機能を使ってグリングリンが話す。「そのチームから外れた人間が、なぜいまだにここにいるのかということです」


「どっちにしろアシスタントは必要だったからな。サッカーをよく知っていて、かつ頭の切れる誰かを指名する必要があった。ヒデが真っ先に思い浮かんだ。代表チームでつきあいは長いからな。ろくに給料も出ないこんな役ですまんがやってくれないかと頼んだ。それだけだ」


 グリングリンが本中田を見た。本中田は、そういうこと、というように肩をすくめて見せた


 ーー間違ってもいないが、半分は嘘みたいなもんやけどな

 と内心は思っていた。だが黙っていることにした。


「でもわざわざ現役の選手を指名する必要があったんでしょうか」


「もうええやないか」


 なおも食い下がるグリングリンを、大袈裟に首を振って本中田は制した。


「俺がええって言って引き受けたからええんや。まあ、こんな不思議なゲームする機会もそうそうないんで、できれば試合に出たかったけど、アシでもなんでも関われればうれしいよ。ドリンク運びでも作戦盤の記入でも、この際なんでもやるがな」


「・・・・・・わかった」渋々納得、という様子でグリングリンがようやく頷く。「失礼した。それではサポート、よろしく頼む」


「こちらこそ。それよりーー」と、岡村を見る。「監督。さっきの話ですけど」


 渋い顔で岡村が頷く。


「サッカーの勝利だけじゃない、もうひとつの目的、か?」


「そっちも確認しておくべきかと」


「……そうだな。考えてみれば結局はその話もせざるをえないか」


「と思います。後回しにしてもしゃーない。それに、サッカー戦術にも関わってきます」


「わかった」岡村は改めて全員の顔を見回した。「諸君。我々は国の名誉をかけてサッカーで勝負すると同時に」わざとそこで言葉を切った。「莫大な賞金がかかった人狼でも戦わなければならない」


 かすかに場がざわついた。いつの間にか、雑務をこなしていた他のアシスタント達まで、手を止めて話に聞き入っている。


「サッカーチームとしては我々は味方同士だが、この中に狼が混じっているかもしれない。いや、きっといるだろう。とすればそいつは」もう一度言葉を切った。「征く征くは抹殺しなければならない」


 誰かがつばを飲み込む音がした。たっぷり間を置いて、岡村は言った。


「そこで質問だーー事前COをする選手はいるか?」

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