第二章 偶然か必然か
1
土曜日。
休日だからか、駅前広場はたくさんの人で賑わっていた。真ん中には噴水、水滴が絶対に届かない場所にベンチが置かれ、そこに姫花が座っている。彼女は黒色のパーカーに黄色の短いスカートを着ている。足にはハイソックスを履いており、絶対領域がとても印象強い。
「遅いわね……」
彼女は視線を上に合わせると前面には『浦都駅』。特に大きい駅でもなければ小さい駅でもない。終末青春ラブコメの聖地としても有名である。その上には時計台。時刻は十二時十五分を指している。一応二十分集合としているのだが、せっかちな彼女にはその残り五分を待つことができなかった。
「遅い! 十分オーバーよ!」
駅前広場で姫花の激しい怒号が聞こえる。彼女は時間にとてもうるさい性格で、遅刻を断じて許さなかった。今回はデートに遅れた祐樹が怒られている。彼女に怒られてもなお、顔を合わせることができず、俯いて黙っている。しかし、彼は決して遅刻をしたわけではなかった。実は三十分前からすでに駅前広場で彼女を待っていた。じっと、彼女が来るのをずっと待っていたり彼女が来たのは、約束の時間のおよそ五分前。実質彼女が待ったのは十五分ほど。その間彼はどうやって彼女に会えばいいのかをずっと考えていた。恋心を抱いてしまった以上、もう二度と姫花を幼馴染として接することができない。あれこれ考えて登場シーンを考えるもすべてうまくいかず、首を横に振って考えるのをやめる。そして二十五分、ずっと考えていたのだが、とうとう挫折して普通に彼女の前に姿を現した。
——二十五分、考えた意味ねぇ……
彼はその本心を押し殺して、姫花の怒号を直接浴びていた。
姫花は腕時計を見る。時計は十二時三十分を指している。少し考えたあと、
「ご飯、食べない? まだ昼ごはん、食べてないわよね?」
祐樹はコクリと首を縦に振る。彼は何も食べていない。というか緊張して食べれなかったと言った方が妥当である。とはいえ、初恋というのは実に苦いものである。これは祐樹に限ったことかもしれないが、隣にいるだけで全てが熱くなって蒸気が出てきそう、そして彼女に溶けそうな勢いなのだ。
祐樹がうつむいていると右手にしっかりと握りしめられる感覚がした。その右手を見ると誰かの手。その手から視線を上に合わせると姫花の後ろ姿。
「ほら、早く行くわよ」
「——!?」
祐樹は一瞬頭が真っ白になった。あの姫花が自分の手を繋いでくれているのだ。驚いて祐樹は思わず手を振り払ってしまった。
「……嫌だった? ごめん」
祐樹は大慌てで首を横に振る。そして、ゆっくりと右手を彼女に差し出す。
——何やってんだろう。俺……
身体に熱を帯び始めていることは自分でも自覚できた。これが照れくさいというものなのだろうか、と祐樹は改めて学習する。姫花の方を見ると笑顔で右手を差し出してくれた。
「もう、本当に何も話してくれないのね」
彼女は手を握ってくれた。そしてリードして前へ進んでいく。恥ずかしかった。姫花が手を握っていること、この無口野郎を笑顔で抱擁してくれていること、全てが恥ずかしかった。彼女の手は暖かかった。柔らかかった。そして、少し痛かった。それが全て愛情であればいいのにな。と祐樹は彼女から目を背いて照れを隠す。今も姫花に握られている右手はその余韻を楽しんでいる。
「あっ……」
突然、右手が離された。
慌てて前を見ると、前のめりになっている姫花。石につまづいたようだ。彼女はどんどん前へと倒れていく。祐樹にはそれがスローモーションのように、一枚一枚の写真がペラペラとゆっくりとめくられているように見える。
ファサッと何かがかすれた音。
姫花の身体は祐樹の腕の中にあった。祐樹も気がつけば自分の腕に姫花の身体があった。
——ああああああああああああああああ!!!何やってんだ俺!!バカじゃねぇの!?黙って転ばせろよ!!
これは決して祐樹の意思ではなかった。身体が勝手に動いているとしか考えられなかった。いつもの祐樹ならば、人助けは基本しない。だが、今回限りは違う。自分の身体が反射的に動いたと感じた。姫花の転んだ姿がスローモーションに見えたのもその影響だろうか。
「……重い……」
祐樹は一言、たった一言告げた。彼は姫花の視線を逸らし赤面している。それはどこの誰がみても照れているようにしか見えないだろう。
「重い」
もう一言、彼は口を開く。姫花は口角を上げて、
「喋った……」
と、姫花は何かに気づいたかのように身体を起こす。祐樹は気づいていなかったようだが左手は姫花の胸にふれ、右手は彼女の尻を鷲掴みにしていたからだ。
「へ、変態!」
「……ごめん」
姫花は赤面している。だが、少し口角が上がって柔らかい表情に見える。嬉しいのか恥ずかしいのかわからないが、五分五分で感情が混じり合っているのだろう。
「……ごめん」
相変わらず、片言で話す祐樹。声を出せたこの事実が彼にとっても驚きであった。
2
「ねぇ、何食べたい?」
「オムライス」
祐樹と姫花はファミレスに来ていた。周りは客であふれている。昼休みのサラリーマン、大学生の悪ふざけ、付き合って数年のカップル……。あの石につまづいてしまった出来事から二人の間の場は少しずつ和んでいき、距離が近くなった。
だが、注文を済ませた後、また二人の間の空気は凍り始める。話題という話題がないというのが原因かと思われるが、第三者からしてみたらどちらも初対面の男女にしか見えない。お互い、話しかけたいのは同じだがなかなか声が出ない。唇を動かすのだが声を出すまでには至らない。
——どうすればいい……姫花を喜ばせるには……
祐樹は考える。この場合、女性に何をしてやれば喜ぶのか。まずは質問からするべきだ。イェス・ノーの質問ならば話は発展しやすいだろう。と祐樹は唇を動かす。
「今日の天気は雨ですね……。あなたはどう思いますか?」
まるでお葬式ムードのテンションで言ってしまった。大後悔した。もう少し抑揚をつけているべきだった……。と祐樹頭を抱える。
「祐樹、知ってた? 雨ってね一応悪いイメージ、暗いイメージがあるじゃない?でもね、雨ってとてもありがたいものなのよ。この雨のおかげで私たちは生きていられる。雨って農作物にも影響するのよ?わかってる〜?」
——いや、知ってるよ。
本心を殺す。自慢げに語ってる姫花をみて笑いそうになるが必死に堪える。だが、彼女には笑いそうだということを察されてしまったらしい。
「何、笑いそうになってるのよ。もしかして知ってるわって私をバカにしてるわけ?」
「いや、そんなわけでは……」
姫花の拳が硬く握られていく。何か嫌な予感がした。
「この……!!」
拳を振りかざした瞬間、
「お待たせしましたー、特大オムライスと通常オムライスです〜」
姫花は何かモジモジしている。うつむいて顔がはっきり見えない。少し間をおいて、祐樹が口を開く。
「特大って誰が食べるの?」
姫花は顔を上げる。熱を出したかのように、あるいは生まれたての赤子のように赤面して
「私……」
「二千五百七十円になります」
「今日は私から誘ったから私が奢るわ」
祐樹は首を思いっきり横に振って、財布を急いで取り出す。そこから二万五千七百円を手早く出して、カウンターの会計皿にのせる。どうやら、奢らせる気はさらさらないらしい。
「……払わなくていいのに……」
そこで店員が、
「お客様……一桁、ズレてますよ……」
祐樹は大慌てで元の金額をだす。
3
二人は映画館にやってきた。
見るのは恋愛映画。数々の苦難を乗り越えた先に恋があるという感動的な話だ。周りはその映画を見たくて人混みでいっぱいだ。
「人、いっぱいいるね」
小学生並みの感想を姫花が言うが、祐樹は後ろにいなかった。
どこにいるんだろう……とあたりを見渡して映画の方に行く。
「はい」後ろから祐樹の声がした。その手にはどデカイポップコーン一つと飲み物二つを持っていた。
「祐樹……」
心の琴線に触れた一瞬だった。少し照れくさかったが素直に受け取ってシアターの方へ向かう。
「あれ?祐樹くん?」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。
「平次?」
振り向くと平次がそこにいた。その隣には美波の姿。
「あら、祐樹君じゃない。奇遇だわ」
二人は土曜日デートだという。その日が被って場所まで被るとは何という不幸だ、と祐樹は絶望する。
4
寝ていた。恋愛映画はやはり眠くなる。隣で姫花はとても涙をボロボロ流していた。
「祐樹ィィィィ!!見た?!あの衝撃的な結末!」
「……、」
コクリと祐樹は頷く。
と、その瞬間、プツリと真上の電気が切れる。
「電球が切れたのかしらね……さて、そろそろ映画館から出ましょ」
シアターから出た時にはもう日は沈み、空も紅に染まり始めていた。涙腺が緩んだままシアターから出てきた二人は、しばらく映画館のベンチに座ることにした。
「今日は……ありがとう……」
姫花は微笑む。ぎこちない素ぶりではあったが感謝の気持ちがこもっていることは祐樹にも理解できた。そんな中、祐樹の心拍数がどんどん上昇して行く。
「姫花……俺……俺……」
今こそ告白の時だ。今しかない……! 祐樹は意を決して口を開く。
「俺……!」
突然響くギィィィィィ!!という音。その間も無く、ガシャーーンと何かが爆発した音。シアターの外から鳴り響いた。その音に反応してとっさに振り向く二人。急いで外へと向かう。
外には人が賑わっていた。あちこちに飛んでいる紅の液体。絵の具のようなものだと思ったが、鉄の臭いがするため違う。人混みをかきわけてその賑わいの中心へと向かって行く。
「……!!」
そこでまず目にしたのはトラックが大破した跡。電柱にぶつかり前面が大破している。当然のことながらエアバッグが起動しており、中にいる運転手の安否は確認できない。視線を下に向けると、紅に染まったたくさんの人。そして、変わり果てた平次の姿だった。顔の皮膚は抉れ、頭部は完全に潰されている。頭から何か飛び出しており白い粉末すらも紅に変わっている。
「うあああああああああああああ!!!」
祐樹はとっさに叫んだ。嘆いた。しかし帰ってくるのは残酷な静寂。カラスの鳴き声がまるでこの状況を嘲笑っているように彼には聞こえた。
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