旅と祖父

akihiroyoshida

第1話 【死】

 3月某日、祖父が死んだ。

 親戚は皆僕を見るなり、「ハルキが帰ってくるのを待ってたんだねぇ」と言った。


 昨日、大学の卒業旅行として行った中米一ヶ月の旅から帰ってきた僕は、帰ってくるなり、ここ1ヶ月ほど祖父の体調が思わしくないことを両親から聞かされた。


 なぜ教えてくれなかったのかと、多少訝しく思ったが、学生生活最後の旅行を楽しんでいるであろう僕への両親なりの配慮だったのであろう。


 僕は急いで祖父の入院している病院に向かった。多くの管に繋がれた祖父は、意識もなく、素人目で見ても、もう長くないような気がした。

 しかし、医者曰く今はある程度安定しているとのコトなので、その日は今回の旅を軽く報告した程度で病院を後にした。

 結果、この日の夜中に祖父は死んだのだから、親戚がそう言うのも頷ける話だ。

 実際僕自身も僕のことを待ってくれていたんじゃないかと、思う。


 祖父は数年前にガンになってから、同時に認知症も患っていた。

 初めは、父のことを父の弟の名前で呼んだり、僕のことを他の孫の名前で呼んだりするような、軽いボケ程度のものだったのだが、次第に誰の名前もわからなくなってしまった。

 まだ少し動けるときに、多少強引に旅行に連れて行ったときには、誘拐犯だと思われた程だ。(本人からしたら少しも笑えない話だろうが)


 そんな重度の認知症を患っていた祖父だが、時折急に目つきが変わり、思い出したように僕の名前を正確に呼ぶことがあった。


「ハルキ、世界は広いぞ」


 そんなときには決まって、こんなようなことを言った。

 生前、一度も日本の外に出たことのない祖父からでる言葉とは思えなかったが、なぜかその言葉が変に胸に沁みた。





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