26. 団欒

「それじゃ、結界を解くわね」

 三条カノンは、「Release.The world of the barrier」と、小さく、かつ聞き取る事ができないくらいの速さで呟く。


 もしかして、三条カノンも四宮シノアも恥ずかしいのかな。

 その辺はいつかわかることなので、今は思うまでにしておこう。


 パッと見は、何も変わっていないように見えるその場所が、いつもの俺が生活している場所だと気づくことに1分もかからなかった。

 リビングにヒナリが入ってきたからだ。


「おはよー、お兄ちゃ」

 俺を見るなり、パジャマ姿のヒナリは、びっくり、お兄ちゃんが遂に、なんで3人、修羅場?、っという心の声が俺には聞こえてくる。


「あ、あれー、すいません。なんかお取り込み中でした?私、一旦、着替えてきますね〜」

 っと言って、リビングの扉を閉めてしまった。


 この後の事を考えるとゾッとする。

 俺は、三条カノンと四宮シノアを見る。三条カノンは、やっちゃった。という顔をして、四宮シノアは我関せず。


「君たち、、、その、俺は、今、非常に困っているのだが」

「大丈夫よ、何もやましい事をしている訳じゃないんだし」

 堂々と四宮シノアは言い切る。


「そ、そうだよね、やましい事してるわけじゃないしね。うん。うん」

 三条カノン自分に言い聞かせるように連呼する。


「いやいやいや、俺に説明したような説明をするのか?それだって当事者でないヒナリには怪しすぎる話だし、そもそも必要以上に人に情報公開していい話ではないんだろ?」

「確かに、そうね」

 四宮シノアは、はっと、冷静に思い返す。

 いやいやいや、四宮さん、やっぱりこういう所は、君、抜けているよね。

 さっきからクレバーな所ばかり見ていたので、前の印象や心象を忘れる所だったけど、なんか一つ抜けている奴だった。

 忘れていたよ。


「ど、どうしよ〜」

 三条は安定の適応能力のなさを発揮してくれている。

 あ、これは言わないほうがいいよな。本人の気にしている地雷な気もするし。


 パジャマ姿でおはよう。とヒナリがリビングに現れ、着替えてきますね。との言葉を残して去った事を考えれば、朝である事は間違いない。

 男女が朝から一緒にいる姿を見られるのは、それだけで妄想全開である。

 しかも三人。唯一の救いである事は、ここがリビングであったことだろう。

 俺の部屋だったら妄想ブーストさらに加速だぞ。


「とりあえず、三人で学校行く前に、先生から頼まれている物を取りに行かなければいけなくて、その場所が俺の家に近かったので、俺ん家に集合した。ってことで口裏をあわせてくれ」

「え、なんで、そこまで無理やりな理由付けをしようとするの?シスコン?」

 三条カノンは、俺を汚いものを疑わしく見るかのような目で、聞いてくる。


「あーそうだ。俺はシスコンだ。妹が可愛くてしょうがないので、他の女の影を感じさせたく無いのだ」

「うわーー、キモい。変態ヤローでシスコンって、もう救いようがないね」

 三条カノンは、容赦無く俺を切り捨てる。


「三条さん、これ以上、真相を追究するのを止めてあげて。もう如月くんが、人で無くなっちゃう」

 四宮シノアもそこに追随する。


「お前ら、そこまでいうか。俺、泣くぞ」

 そんなこんなで意思の疎通も取れないまま、ヒナリはリビングに戻ってくる。


「改めまして、みなさん、おはようございます。如月カイの妹のヒナリです。

 お兄ちゃんが朝からこんなにリア充的活動をしていることにヒナリはびっくりです。

 どうか、少し頭のおかしい兄ではありますが、根はいい人なので、これからも末長くお付き合いのほど宜しくお願いします」

 そういって、ヒナリは深々と頭を下げた。ヒナリ。なんだかんだお兄ちゃんの事が好きなんだな。

 一人前の挨拶もできるようになって俺はうれしいよ。

 ただ、頭はおかしく無いぞ。


「こんにちは。ヒナリさん。私の名前は、四宮シノア。お兄さんが頭おかしいのは知ってるから大丈夫よ。

 今まではヒナリさんにも兄妹としてあるまじき言動を取っていたかもしれないけれど、安心して。

 これからは私や三条さんが、お兄さんを立派に社会復帰させてあげるから」

 四宮シノアは、ヒナリの挨拶に対して、なんのツッコミも入れないどころか、なんと前提条件を受け入れた。

 むしろ助長させた会話を成立させてまで返答してくれた。


「おい、俺は、どこまでヤバイ奴なんだよ」

「あはは、お兄ちゃんの事をちゃんと知ってくれているみたいで、ヒナリはうれしいです。どうぞどうぞ末長くよろしくお願いします。私とも仲良くしてくださいね」

 完全に俺の存在や発言がスルーされた状態で、ヒナリは四宮シノアとの距離を接近させていき握手を両手で求める。

 こうやってみると美人姉妹みたいだな。もちろん顔とか似てないけど。


「え、はい。よろしくね」

 ヒナリのあまりに馴れ馴れしいくらいの愛嬌に、些か困惑している様子の四宮シノアがそこにはいた。

 ふ。なんだかんだ言ってもぼっちさんだからな。

 パーソナルスペースをいきなりブチやぶってくる人との付き合い方がまだ身についていないだろう。

 クラスとか俺とか三条への対応ならまだしも、俺の妹、ヒナリに対しては、いつものクールビューティーで接することは難しかったようだ。

 まーこれはこれでありなシュチュエーションだな。

 今後の口撃で倒れそうな時の一つの武器にしておこう。


「ヒナリちゃん」

 すっかり四宮シノアとヒナリのやりとりでやや空気化されていた三条カノンも二人のパーソナルスペース、いや二人のパーソナルスペースなんて物は存在しないか。

 二人の輪に入ろうと、二人が握手したその手に自分の手も加える形で入り込む。


「ヒナリちゃん、かわいー。私の名前は三条カノン。これから如月カイと一緒にいる時間も増えてくるだろうから、ヒナリちゃんとも一緒に過ごす時間も増えそうだね。私の事をお姉ちゃんだと思って接してくれていいよ。仲良くやろうね」

 ここに、ヒナリとはまたタイプの違う馴れ馴れしい奴がいた。そして、三条カノン、この世界軸時間軸でない人との必要以上の接触は避けるんじゃなかったっけ?


「はい。三条さん、お兄ちゃんの事も宜しくお願いします」

 あ、ここでは、私とも仲良くしてくださいね。とは言わないんだな。わかりやすいなヒナリ。

 そして、その事に気づいてなさそうな三条カノンの鈍感さには助かる。

 ここで敏感に気づかれると、よくわからない空気感を生まれてきてしまうしな。


 ヒナリは、一通りの挨拶を済ませつつ、キャピキャピ話ながらも俺のほうを、ニヤリと見てくる。

 お前が考えていることは、お見通しだ。どっちが本命なんだ?と言いたそうな顔だな。残念だな。ヒナリ。そのどちらでもない。


「お兄ちゃん。朝食の準備は?」

「あ、悪い、今から準備するな」


 親が用意してくれている朝食の準備をする。


「三条、四宮、お前らも食べていくか?」

「え、いいの?」

 三条カノンが食いつく。


「悪いわよ」

 さっき、優雅にうちのコーヒーを飲んでいた四宮シノアが遠慮する。


「あ、ご飯食べてないの?朝食べないと元気でないですよ。一緒に食べましょう。大したものではありませんが」

 自分が作った物ではないのに、しっかり言葉の配慮のあるヒナリ。


「親御さんはいらっしゃらないの?」

 四宮シノアは、今更ながらに気づいたのか、席数や食事の量も考えてか、親の有無の確認をしてくる。


「うちは、両親ともに飛び回ってまして。着替えを取りに帰ってきたりするくらいなので、全然会わないです。食事とかは用意してくれているので、ありがたい限りですけど」

 普段、両親に対して、改めてコメントすることは兄妹感だとあまり無いが、第三者が混ざる事で、気持ちが聞けるのは悪く無い事だな。


「では、お言葉に甘えまして」

 と、四宮シノア。


「やったー」

 と、三条カノン。


 我が家の食卓を、なぜか美少女三人に囲まれて朝食を取る俺氏。

 想像した通り、三人の会話に一切ついていけずに黙々とご飯を食べているだけではあったが、こんな朝も悪くない。


「お兄ちゃん、何か考え事?口元がゆるみながら食事しているよ。キモいよ」

 ヒナリは、よく俺の事を見ている。言動がおかしい時は、キモいという。みんなの前では恥ずかしいからやめてくれ。


「キモいって。うぷぷ」

 三条カノン。楽しそうだな。こら、四宮シノア。お前もさりげなく笑ってるんじゃないよ。


「ヒナリ、キモいいうな」

「はーい。キモいは二人の時だけだね。ご馳走様。じゃ、私、先に行きます。四宮さん、三条さん、また遊びにきてくださいね」

「ええ、ぜひ」

「うん、いくいく」


「それじゃ、行ってきまーす」

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