18. 回想2-2

「ガーデニングは、頭の片隅に置いておいて、気になったら九十九に連絡するよ」

 九十九のありがたい提案を、俺はやはり自分の中で整理した結果、保留という形で着地させた。


「えー、それって、絶対やらないパターンですよ。私、自分の家の先生エリア用意しておきまから。そこだけ美しく無くなっちゃうし、その子達も妖精さん達も絶対悲しむから、その悲しい動画や写メを毎日送りますね」

 九十九は絶対にガーデニングをさせたいらしい。

 ガーデニングの良さはわかるが、そこまでの拘りは、自分のもとめている表現物にすら支障をきたしてしまうように思えるけど、そこまでの意思だということは伝わった。


「その子達はわかるが、妖精さん達って」

「いえいえ、居ますよ妖精さん達は。動画や写メ送りますから」

 どうやら、冗談で言っているわけではなさそうだ。

 俺には見えない何かが九十九には見えているのかもしれないな。


「わかった。では最初だけは、ガーデニングはライフスタイルから外させてくれ。

 落ち着いたら、必ずいくから。ガーデニングがライフスタイルに混ざってきたら、しばらくはガーデニングも追求してみるよ。

 何か新しい世界が見えるかもしれないしな」

「やったー。すぐにではないのは、少し納得しがたいですが、まーしょうがないので、器の大きい私は、認めてあげます」

 えらいでしょ、私、フンフン。と満面の笑みで、こちらを向いて同意を求めてくる九十九。


「そうだな。ありがとう」

 ガーデニングをやることは必須で、タイミングを待ってもらうことで、九十九の器の大きさに感謝する流れは、どこかで何かが間違ってしまっいる気がするが、それもまた会話の愉悦として、捉えておこう。


「俺も、個人的に進めていく研究で、九十九の助けがほしいときは、遠慮なくオファーさせてもらうよ。

 もちろん今みたいに缶詰じゃなくてな。それをやってしまったら何のための休止活動がわからなくなるしな」

 お世辞は抜きで、優秀な子である。

 何よりも意思の疎通がすごく取れるので、本人が多少でも一緒にいる事を望んでくれているのであれば助かる存在だ。


「よかったよかった。先生とする研究は好きなんで、完全に無くなっちゃうのも寂しいと思っていたんですよ」

 ルンルンルンという言葉と音符が九十九の体から出てきそうな、そんな雰囲気だった。


 喜び方をみて、もはやガーデニングとかは口実だったのかもしれない。と今更ながらに思ってしまう自分の空気の読めなさ具合がここでも露呈される。

 ただし、あそこまでガーデニングをプレゼンされると、やはり気になってはくるものだ。

 なんでも食わず嫌いはダメだな。本気の領域になると時間がいくらあっても足りないが、趣味の範囲であるなら、なんでもやってみよう。


「先生、よかったですね。先生みたいに常識人として、また人格が破綻している人は、私みたいな追求気質もあって社交性もあるようなバランス感覚のいい人との付き合いは重要なんですよ。

 偏った考え方はいいとしても、偏った情報から生み出されるものは意外にいいものではないですからね」


 本質を突いてくるその発言に、ついついツッコミすら忘れてしまいそうになる。

 まさにおっしゃると通りだな。

 でも、そんなに常識人として破綻しているとは思っていなし、そもそも人格まで言われるともはや俺の存在否定に入っちゃってるけど、大丈夫か?


「九十九が言うほど、人格破綻もしていないし、常識人としても破綻してないが」

 人間誰しも自分しか経験していないのだ。自分で自分を変だと思ってしまうのはよくない。相対的にみると変かもしれないが。


「じゃ、先生、親友います?」

「いない」

「友達は?」

「友達の定義って難しいよな」

「あはは、そう言っている時点でいないですよ」

 九十九は笑いながら、的確な事を言う。


 作業は引き続きしながらの会話。細かい数値の設定が求めらてくるのに、よくもまーこんなにペラペラと喋りながら進められるな。

 こんな仕事の仕方をしながらミスがほとんど無いので、すごい。もちろん、注意する気にもならない。


 本人曰くは、作業する脳と喋る脳は別なので、当たり前じゃないですか?と言うが、そんなことあるか?

 優秀な癖に感覚肌なので、いわゆる天才肌って奴だ。


 九十九と俺の関係性は、九十九の父親が教授で、俺を拾ってくれたところから始まっている。

 何処にも行く宛ての無い俺を、だったら暫くの食い扶持を繋ぐがてらに手伝ってくれと、九十九教授のほうから声をかけてもらって居座る事になる。

 住むところも寮を与えてもらい、寮と研究室の往復な毎日で、正直言うとやりたい事をそのまま研究して。といったような案件はほとんどなかったが、空いている時間で、研究室のインフラを使うことは許されていたので、そこそこ楽しめた。


 その研究室に出入りしていたのが、九十九である。

 父親譲りの研究熱心なところもあり、空いている時間で遊びがてらに色々な実験をしていた俺に興味を示してきていた。

 最初のうちは、ぞんざいな扱いをしていたものの、やり取りしている内容が逐一本質を突いていたのと、たまたま事故を起こしそうになった時に、カバーしてくれた事をキッカケに、色々と頼む様になる。

 そうこうしている内に今回の時空間開発のプロジェクトがやってきて、九十九教授の管理下ではやれないとの事だったので、研究室を分け、実験に勤しんでいたところ、押しかけで九十九が来る様になり、事前と手伝う事になる。

 チームとして。または誰かと組んだりしてやるのが苦手な俺にとっては、九十九はそれなりに有難い存在になった。

 

 からのついに最終局面である。


 テスト的なプロジェクトであることと、自分自身が雇われる様な形を望んでいなかったため、一定ラインの成果を出した段階で、以降をクライアントの研究開発チームに引き継ぐためのチームであるため、これで一度終わりである。

 九十九ほどの能力があり、今回の実績を提げれば、どこでも引く手数多だろう。何と言っても俺と違って社交性もあるしな。協調性に関しては、ノーコメントしておくが。

 その無限の可能性を秘めた才能を欲望渦巻く大人達や資本力によって飼い慣らされ、自分自身を見失い、自分の求める自分の存在価値を殺す事にならない事を願いたい。


 お金や地位や名誉や信用を”得る”ことよって”失う”ものがある事を、気づく経験はしてほしい。その上でどう生きるかを考えてもらえたらと思う。

 正直、そこまではお節介だとは思うので、もちろん言わない。あくまで俺の切なる願いである。


「先生、できましたよ、ダブチェお願いします」

 俺の方に向かって来て、自分の居た位置へと、つまみと波動域の確認を視線促す九十九。


「ダブチェというな。ダブルチェックとか最終確認といいなさい。ノリが軽い」

 一応、最後だから、先輩らしきことは言っておこう。


「えへへ。なんか先輩ぽいですね」

 九十九は、こういった礼儀的ことをほとんど言われなかった俺から言われ事が嬉しい照れ隠しなのか、これが最後ということの寂しさからなのか、なんとも言えない微笑をして、俺を通り過ぎ、後ろに行き、壁にもたれかかる。


 これから向かう局面への緊張感と今までの思い出にやや浸ってしまいそうな、この微妙な空気感は悪く無い。


 そんな複雑な感情と緊張に包まれた俺は、九十九のチェックしてくれた調整の最終確認を行った。


「ここまでの実験をお復習いしようか。

 これまでのクライアントレポート報告は計5回。

 時空間の発動条件に見合った環境によって生まれた時空間らしき、空間に開いた暗い穴の存在を確認した1回目。

 空間に開いた暗い穴に特殊金属を投げ込んでみた2回目。

 2回目に投げた特殊金属が世界中の何処にも無くなってしまったことから、火を吹くクローンマウスを投げ込んでみた3回目。

 3回目に投げた火を吹くクローンマウスの存在がいなかったとされる過去の記事で火を吹くマウスの存在が明らかにされたことから、タイムトラベルの実証に近づく、時間軸を設定した4回目。

 時間軸の数値設定の確認を過去の記事から凡そは見えてきた4回目からの5回目の再実験」

 二人しかいないプロジェクトなので、改めて確認するまでもなかったが、俺と九十九は各実験検証のレポートに目を通しながら、改めて口頭での確認をする。


「5回目って体裁ですよね」

 九十九は、これで最後となる実験の意味を問うてきた。


「それは、大人の事情だよ。何が正しいかを問うべきタイミングではないよ」

 俺達はあくまで雇われだ。クライアントが言う事がすべてなので、意味あるなしの判断をこちらで下してもしょうがない。

 社会に溶け込めば、意味のないことを意味のある様に捉えるスキルも必要になってくる。


「まーしょうがないですね」

 九十九も諦めた口調で答える。

 九十九は、このプロジェクトが研修チームの本格メンバーとしては初めてなので、最初のうちは納得いかないだの何だの言っていたが、今では多少聞き分けはよくなってきたほうだ。


「では、出現させるぞ」

 ボタンを押し、キュインキュインという音をさせながら、二つの鉄棒の穴から暗い穴を出現させる。

 初めて見た時の興奮はないにせよ、何度も見ても不思議な空間だった。

 

「これって、やっぱり最後は、人間が飛び込むんですよね?」

 九十九は、その暗い穴を見ながら、好奇心を抑えきれないのか、俺に問うてくる。


「そうだな」

 わかりきっている質問に対して、相槌以外に答えるコメントはない。


「先生、手だけ入れてみてもいいですか?」

「九十九〜。それで何かあったら、俺が教授に異空間へと放り込まれるよ」

「そうなんですけど、最後ですよね」

「まー、そうだな〜。」


 微妙な空気が流れる。九十九は好奇心を抑えられるほうではない。過去の実験からみても、穴の先は、なんとかエもんのなんとかドアのように行き来する場所と想定しているので、手を差し伸べるくらいであれば、問題ないだろう。もちろん、九十九にそれをさせるのは、一応の万が一を考えてもありえない。


「じゃ、俺の手で許してくれるか?」

「先生、いいんですか?」

 目をキラキラさせて、俺の右手を両手で掴んでくる始末。


「まー、ここで、この好奇心を満たさせずに終わらせるのは、心配だしな。この先が気になるなら、引き渡す研究チームに入れてもらえよ」

 握られた右手が少し恥ずかしい部分もありつつ、左手で頭をポリポリかきながら、ため息混じりでこの先のことも一応示唆しておく。


「じゃ、いくぞ」

 握られた右手を九十九の両手から離し、暗い穴に右手を入れてみる。やっぱり、その瞬間のドキドキは堪らないな。


 右手を入れた瞬間。


 頭に激痛が走る。

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