17. 回想2
「また、そんなところで寝ていたんですか?早く起きてください」
体が痛い。
変な姿勢で寝ていたからなのだろう。
ソファから起き上がり、朦朧とした意識の中で、ふと思ったことを口にだす。
「ここはどこだ?」
「は!?何言ってるんですか?研究所に決まっているじゃないです。
先生が、三度の飯より家より家族よりも大好きな研究所ですよ。
いい加減、不健全で変態的な生活スタイルから健全で健康的な生活スタイルにしてくださいよ」
目の前いた、ポニーテールと白衣とメガネがよく似合う女性に、優しく見下ろされながら、健康か衛生面か、はたまた本当に生活スタイルを気遣ってくれてもらいつつ、ソファのテーブルの前に出来立てのコーヒーカップを置いてくれた。
「いやいや、不健全から健全はわかるが、変態的から健康的は違うだろ。
世の中の変態的な人が健康的でないように聞こえるから、世の中の変態的な人を敵に回すぞ」
いただいた熱いコーヒーカップを持ち、フーフーいいながら、抗議をしてみる。
「たしかに。先生に対しての特別な表現をしたく、そのような言い方をしました。
世の中の変態的な人はみんな不健康でありませんね。先生がただ単に不健康で変態だ。って言いたいだけでした」
おいおい。
どこかで、こんなやりとりをしたことあるような気がするけれども、まーいいや。
「ところで君」
はっきりとしない意識の中、一度だけ深呼吸をしっかりして、もう一度ゆっくり考えたが、出てこなかった答えを問うてみる。
「はい、どうしました?」
「誰だっけ?」
「は?!先生、真面目に言ってるんですか?またわけのわからない実験をしたんですか?」
「あ、うん、あはは、そうなのかもしれない」
とりあえず笑って誤魔化す。
「九十九(つくも)ですよ、九十九。記憶を失ったのか、別人格が現れたのか知りませんけど、しっかりしてくださいよ。今日は大事な日なんですから」
自分のコーヒーを飲みながら、テクテク別の部屋に歩いていく九十九。。。。。さん?
いまいちはっきりしない意識の中で、整理しなければいけないことは、色々あるはずなのに、なぜか、今日やらなければいけない事だけが鮮明に頭の中にある。
今日は、時空間の発動と挙動確認と検収結果の実験日だった。
少しだけ覚めたがまだまだ熱いコーヒーを口に含み飲む。
起きたてのコーヒーはおいしい。
そして脳に軽やかな刺激をあたえてくれるような感覚があるので好きだ。
コーヒーカップを持ちながら九十九が向かう別の部屋に自分も向かう。
6畳くらいの広さに真ん中に立ちながら作業ができるような高さの学校の実験室にあるような机の上に、鉄釘のかなり大きい、もしくは鉄の棒よりはやや細いくらいの形状をした棒が二つ、まさにそこに異空間でも呼び出しそうな距離感を図って並んでいる。
「今日はドキドキのワクワク第5弾ですね、先生」
ルンルンルンと音譜でも体から出てきそうなくらい陽気な面持ちで、二つの鉄棒から引かれてる線につながったシンセサイザーのつまみかと思われるくらいの数のつまみの量をヘッドフォンをつけながら、何かを調整している九十九。
「九十九、君はいつも楽しそうだね」
ん??、いつも楽しそうなのか??
発言した内容と感情と記憶がアンバランスな感覚だ。
「それはそうですよ〜。実験検証はやっぱり楽しいのですよ。
一歩一歩前に進んでいていく達成感はたまらないですし、今回は、まー最後の再検証なので、いつもよりは少しだけ興奮度低いですが、このプロジェクトの報酬を考えたら、ぐひひですよ」
ぐひひ。って。
可愛い顔して、汚いおっさんみたいな表情するやつだな。
「この検証の納品を以って、一度、この研究室の活動は休止でいいんですよね?」
九十九は、こちらをみずに、作業をしながら、嬉しいのか寂しいのか汲み取りづらい声色で背中から聞いてくる。
「あ、そうだな、結構なお金が入ってくるしな。
別にお金がすべてじゃないけど、一度これだけの成果を出せれば、実績ができるから、またいつでも復帰できるし、余裕があるうちは、少し自分達のために時間を使うことも大事だしな。
九十九は、やりたい事がいっぱいあるんだろ」
自分の中で感じる違和感が少しづつなくなりつつある実感。
「もちろんです。この研究室に入ってから失われた青春を取り戻します」
失われた青春っていうほどの年齢じゃないだろ。と思ったが言わないでおく。
「まずは生活環境の変化ですね。
引っ越しししたいです。
自分の家じゃないですが、親にも家買ってあげたいですね。
もちろん一緒には暮らさないですけど、私の部屋も一応用意しておきます。
実は私はグルメなので、美味しい食事にも拘りたいです。
やっぱり美容健康な食事がいいですね。
日々の肌形成が違いますから。
健康で健全な生活環境が用意できたら、溜まっている小説や漫画読み尽くしたいですね。
アニメや映画も観尽くしたいです。
友達との会話がついていけなくて辛かったです。
おしゃれさんでもあるので、可愛い服もいっぱい買いたいです。
買って買って買って、売って売って売って、いろいろなのを着こなしたいですね」
もはや、願望と思惑と行動予定がここまではっきりしていると、もう二度とこの世界には戻ってこないんじゃないかと思う。むしろ、よくここまで我慢してやってきたな。
「あとは彼氏作って、一緒にガーデニングとかしたいです」
自分のやりたいと思っていることの圧倒量に比べるとものすごい一つの趣味くらい扱いになっている彼氏ではあるが、それも彼女の望ましいライフスタイルなのであろうから、もちろん余計なことは言わずに聞くだけにしておく。
「先生はしたいことないんですか?例えば、ガーデニングとか?」
九十九は探りを入れてくるように、聞いてくる。
「そのくだりで、俺がガーデニングやりたいとかないだろ」
俺の普通のツッコミに対して、依然背中を向けてながら、あはは。と笑って返す九十九。
「俺は、変わらないかな。
もともと気になること試してみたくてしょうがない性分からこの世界に足を踏み入れているし。
ただ、当たり前だけど雇い主がいたり、スポンサーがいれば、そこに利害が発生するし、その利害が必ずしも自分のやりたいこととイコールになるわけではないのが、俺の中で思ってたより、精神衛生的によくないのはわかった。
だからこその今回の休止期間ではあったりするんだが。
もちろん生活もあるから金銭面であったり、また仕事をしたいときにいつでもできるような信用力を残しておかないと次がなくなってしまうので、そういった意味では今回はすごくいいタイミングになると思う。
なので結局、利害関係にはとらわれない自分の気になることを自分の掛けられる予算の範囲で、途中でやりたくなくなったら止めちゃったりして、気になることあれば期限を気にしないで、ひたすら追求しつづけられるそんな時間の使い方にしたいと思ってる」
本質的な自分を九十九に伝えてみる。
「ふーん。そうなんですね」
聞いてきた割には、あまり興味のなさそうな返答を九十九はしてきた。
「それはそれでもいいですけど、もっと健全で健康的なこともしましょうよ。視野が狭くなっちゃいますよ。感性を育てることも研究への深みを増すと思いますよ」
それはそうだ。いいこと言う。
「たとえば?」
「たとえば、、、、、ガーデニングとか?」
「ガーデニング押しだな」
思わず吹き出してしまった。
「先生わかってないですよ。ガーデニングとは芸術なんです。育てることなんです。表現することなんです。でも、先生はわかってないから、私がちょうどやろうと思っているし、一緒にやってあげてもいいかなって、そういうことですよ」
「そういうことなんだな」
「はい。そういうことです」
にひひと笑ってこちらを向く彼女は、いつもこんな感じで俺を気にかけてくれている気がする。
ありがたい限りだ。
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