29 光

ロンが眼を覚ました時、隣にトロの姿はすでになかった。

どうやら川に汗を流しに行ったらしい。ロンはトロを迎えに行くついでに朝餉の魚をとろうと、キノらを家に置いて川に向かった。

川に向かうと、案の定トロはいた。しかし、岩影に隠れるような場所で何度も何度も頭から水を浴びているようだ。

ただただ無心にその行為を繰り返すその背が、意味もわからないまでも健気で愛おしくて、ロンは川岸からトロに声をかけた。

「トロ」

その声にトロは背を大きくびくりと震わせたが、ロンの方に振り向こうとはしない。

どうやらおかしいその様子に、ロンは手慣れた手つきで上着を脱ぎ襦袢の姿になると、ざばざばと川に入っていった。

しかし、どれほど近づいても、トロはまったくロンの方を向こうとしない。家から持ってきた桶をもったままじっと固まったように背を丸めて立っていた。

その表情を覗き込もうと、トロの背からぐっと身を乗り出し俯いたその顔を見ると、固く噤まれていた口がぱっとひらき、潤んだ瞳がロンの眼を見たかと思うとすぐにそらして力をこめるようにしてぎゅっと瞼を閉じた。

「あ?…お前もしかして」

ロンがそう言うとトロはぐっと身をかがめロンから逃れるようにその場にうずくまろうとした。それを「逃げんな、」と制し、力強く引っ張ると、ロンはしっかりとトロを自分の方に向かせた。

力んだ身体を力づくで振り向かされてトロは身体とは裏腹に力の抜けるような弱弱しい声を上げた。

「ひ、や…ら」

両手首をおさえられ、逃れられなかったトロは、観念したのか、恥ずかしそうにしてロンを見上げた。その吐息は熱く荒く、潤みとろけたような目つきに、唇は紅を引いたかのように赤く、頬も桃色に上気していた。トロの特有のさわやかな花のようなソレにどこか甘みの混じった濃い香りがした。

「………お前発情期…」

それを聴いても、トロは震えながら、荒い息で恍惚としたような表情のままロンを見上げた。

ロンは「よおおしッッ!!」と勢いよくトロを抱き上げると川岸の木陰の柔らかな草地にそっとトロを下ろし、すぐに襦袢の止め帯を緩め始めた。トロはそれをオロオロとみつめながら、朦朧と聴いた。

「あ、…あさ、げ、の」

「そんなんどうでもいい」

トロが背を任せていた木とトロの腰の間に自分の腕を通し抱えあげ、冷たい地面に座っていたトロの腰を楽にしてやると、ロンはそのままトロの首筋に口をつけた。驚き、何より発情期で敏感なトロはびくりと身体を弾ませ「…わうっ」と弱弱しくだが高く鳴いた。

その声に、トロの表情をもう一度見て、そこに、拒否の表情がかけらも見受けられない事にロンは胸がぎゅっと締め付けられるような痛みの様な幸福を感じた。

すこし怖いように、期待するように震えるトロは、熱い息を吐きながらも、それでも、熱っぽくロンを見つめていた。

その時をいとおしむようにして、ロンはトロの汗で湿った前髪を撫でつけてやると、「時間がねえ…はやくガキの顔が見たい」と優しい声で囁いた。

それをじんわりと感じてトロはそれでも懸命に微笑むとしっかりと頷いた。



それでも、なかなかふたりに子供は授からなかった。

それは、トロが半月の変化期を逃した後の交配であったため。

混乱の中の婚姻であった事も要因していた。

それでもトロの中にある石はロンに更なる力を与え、危惧されたさだめさえ感じぬ程生命に輝きを持たせた。


13年後、キノの爺さんがわらいながら幸せに逝ったのを皆で見送った次の年の夏

ロンは静かに息を引き取った。

ロンのそばにはもちろんトロと、ルークとキヌの間に生まれた息子とその兄弟となる生まれたばかりの三つ子の赤ん坊。


そして、トロに良く似た黒耳のまだ幼い少女が、何が起きたのかわからぬ表情でロンの寝顔を見つめていた。





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