28 家族
『あるいは、心の中で伴侶と結びつき、伴侶を救う力を無意識に使うこともあるやもしらん』
『………』
『しかしトルーイ様が
『どういうことだ』
『半月は初めての交配により性別を定める特別な性質があるが、どうしても片方の性質が残りやすい。雄になれば雌の要素が、雌になれば雄の要素が少なからず残る。雌として夫を護り慈しむのと同時に微力ではあるが雄としての本能が夫を少しずつむしばむ。夫となる雄が婚姻後自らの子供を見る事はごく稀、それから生きながらえたとしても短命に終わるという事実も書物には残されている』
『そりゃ、随分おもしれえ話だな』
『おもしろいもんか、弱い者なら1年ともたぬということじゃ。どんなに強くとも5年と生きたものはおらん。それでも村の雄たちにとっては、石を護る者に自分の一族の子孫が加わるという名誉があるからこそ誉であったがのう』
「さだめ…か」
ここまで思い出して、ロンはぽつりとひとり言のように言った。その静けさが、少しだけトロを脅かした。トロ自身も知らない運命を、ロンは知っているような気がしたからだ。しかし、ロンはいつものように強く迷いの無い様子でキノの方を見ると
「そりゃランドーリの運命だろ。受け入れるも何も。俺は俺のやり方で守るだけだ」
と応え、それからもまっすぐ視線をそらさずに「最期まで守る」と念を押した。
その頃にはトロは、ロンの隣で自分でも気付かぬ間にぽろぽろと涙をこぼしていた。
自分でもわからないが、
うれしい。かなしい。しあわせ。せつない。すべての感情が重なってただただ呆然と涙が毀れたのだ。
「わかった。ならば泣きごとはなしじゃ。祝いの席にしようの黒いの…いや、ロディール」
そうしっかりとキノが言って間もなく、キヌやトロを探しに行っていたルークも戻ってきて、そして探していた2匹が泣いているのを見て大変驚いた。しかしその逆にキノは穏やかな笑顔に満ち、ただロンだけはいつもと変わらぬ様子で身体を乾かしていた。
その日は、ロンとルークで雉を狩りに行き、それから家の隣にある納屋を住まいにするため、片付けたり木材を切りだしたりし、
その間トロはキノに畑の世話を教わり、キヌと共に鳥達に餌を与えたりした。
そうこうしているとあっという間に日が暮れ、夕餉の頃となり雉の鍋と玄米を久しぶりにたらふくたいらげたロンは緊張が解けたのかすぐに眠ってしまった。
すっかり安心しきった顔はここにいる皆を仲間と心底認めたからに違いなかった。
ルークは、そうして寝息をたてて眠るロンを見て言った。
「信じられません。まるで別人のようだ」
「わしはこんな日が来るような気がしておったがのう。確かに安心しきっとる。ここずっと何年も気を張りとおしじゃったのじゃろう」
トロは心配そうに、何度も静かにロンの傍に近づいては、そっとその表情をうかがった。
「じいちゃん、ロン…ほんとに大丈夫なのか」
「大丈夫。殺しても死なん強い雄じゃ。心配は無用ですじゃ」
キノがおだやかに笑んでそう応えると安心したようにトロも小さく息をついた。それからそっと、ロンの額を撫で、
(疲れがとれますように
それと…あと…
俺もまもるよ)
と心の中でつぶやいた。ロンの隣にはこちらもすっかりつかれてしまったキヌがすやすやと穏やかな寝息をたてて眠っている。
その夜は、キノ、キヌ、ロン、トロ、ルーク、皆並び横になった。
横になる前、トロは不思議と、皆誰一人血のつながりが無いのに本当の家族になれた様な気がした。
トロが眼を覚ました時、空は明るみかけていた。
しかし光はロンの腕で遮られていた。ロンの顔を確かめる為首を動かそうとすると、ぎゅっと抱え込まれていて、うまく見上げる事ができない。
腕の中はとても暖かく、そしてとても落ち着く香りがした。
静かな寝息が、トロの頭上に吹きあたっている。
ロンが言った『最期まで守る』という言葉が、トロの寝起きのぼんやりとした頭に響いた。
ぎゅっと胸が苦しくなったトロは、そっとロンが起きぬよう身体を動かし、ロンの腕の中でロンを見上げる形になると、じっとロンの寝顔を見つめた。
頬にやさしく手をかざしても、起きる様子が無いのを確認して、トロはロンの頬に唇をあてた。
触れたか、触れないかの所でロンの黒い耳がピクリと大きく動き、トロの鼓動は早まった。
ロンは眼をぎゅっとつぶるように「んん」っと言って力むと、それから、小さく伸びてからふうと大きく息を吐きながら、トロの耳をぺろぺろと舐めて毛づくろいのようにしたあと、甘噛みしてまた静かな寝息を立て始めた。
驚いてしまったトロは尾を膨らましながらもじっと動けず、それでも胸からあふれでる幸せな温かみにほっと小さくため息をついた。
それからロンの身体にそっと自分の腕をまわし、幸せの中で自分もまた瞼を閉じた。
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