24 トイアネスタ

軍都ロストは広大な敷地を有していた。そのロストから南西に向かったところにキアノという港町がある。その隣は武器輸出の港として栄えたトイアネスタがあり、二つの都市はロストとは軍事的に強く結びついていた。

しかし、ロストの領主が白尾の手に落ちたのを機に、関所を閉じ交流を完全に断絶していた。そのキアノに進軍した白尾は、キアノの領主を惨殺しその足でトイアネスタに向かった。

すでに白尾がトイアネスタに向かっているという情報は街に知れ渡っており、大きな砲筒から砲弾が飛ぶ大変な猛攻を受けたが、スーラには遠く届かず、その不思議な波動により着弾する前にすべて吹き飛ばされ破壊された。

トイアネスタの領主の住む海のよく見える屋敷にたどりついたスーラに、もう攻撃を仕掛けてくる者はおらず、だれもが距離をとり遠巻きにながめ、その様子を静かに伺っていた。

もはや我がものの様に堂々と部屋に入り込んだスーラは、領主であるファントの目前にすとんと腰を下ろした。

恰幅のよいファントは、そのまま重い身体を怒りにふるわせながら立ちあがると、恐れにも似た色を瞳に映し出した。


「やあ、素敵な歓迎ありがとう。とても感動したよ。海を越えた他国の力も僕には敵わないという事がよくわかった」

それからそっとついていた頬杖を崩すと、スーラは恐ろしいほど冷たい笑みを浮かべた。

「ここを僕にくれたら、君を殺さないであげよう。更には、参謀として傍にいさせてあげる」

「ふざけるな、そんな話乗れるわけがない」

「あれえ、これは相談なんかじゃないってわからないかな?命令だよ。」

ゆらりと立ちあがると、ファントが逃れる暇もなくスーラはファントの体をとらえた。

膨らんだ腹の真ん中を手のひらでがっしりと掴むと、耳元で囁くように言った。

「キアノで偉そうにふんぞり返ってた奴みたくお腹に風穴空いちゃうよ?」

ファントはもう、呼吸すらまともに出来ぬほどにじっと固まったまま、大玉の汗を額に浮かべていた。

その様子にスーラは高く笑いながら、先程までファントが腰かけていた玉座にゆうゆうと腰掛けその部屋の窓から絵画のように切り取られた美しい水平線を眺めた。

ファントはきりきりと高い声を上げながら部屋から逃げ出して行った。

それを笑みながら見送ると、あの片腕の側近がスーラの目前にひざまずき頭を垂れた後、落城の祝い酒の盃をスーラに手渡し言った。

「どうやらこの街もスーラ様のお力の前にひれ伏す事になりそうですね」

「ふふ、簡単すぎてつまらないなあ。もう少し骨のある奴はいないのかな」

そう言い、盃を傾け一気に飲み干すと、足元が騒がしくなっているのに気が付いた。どうやら逃げだしたファントがスーラの辿り着く前に救難要請を出していたか、関所辺りからキアノとトイアネスタの軍勢が連合を組んで、大群で押し寄せ騒いでいるのだ。

階段を駆け上がってきた白尾の兵が声高くスーラに伝える。

「スーラ様!!!大量の軍勢が、連合を組んでこちらに向かっています」

「そうこなくちゃね」

そう言うと、スーラは心底興奮を抑えきれぬ様子で笑んだ。何百頭もの騎馬隊が砂煙をあげて向かってくる。中には、大砲の黒い頭も見える。

スーラはその方向にすっと手をかざすと、首元にかけているまが玉を握りながら、横にすっと軽く滑らせた。真昼でもわかるほど強い青白い光の筋が鋭く広がり、先頭を行く馬の足先で線状に爆炎を上げた。

馬の激しい嘶きや、兵の叫び声が聞こえ、撤退する者もいるのを見ると、スーラは高く笑い始めた。

「はははッ…一網打尽だ。見ろ一発で退却を始めたよ、あはははは!」

遠くからスーラの動向をしばらくながめていた連合の兵士たちも、そのあまりの威力にそれから向かって行こうとする者は現れず、間もなく、トイアネスタも白尾の手に落ちたのだった。


ところが、すっかりと日が暮れロストの城に戻る頃になると、どうやらスーラの様子がおかしくなり始めた。

馬に一人で乗れぬ程、臓腑が重く痛みだしたのだ。

馬の引く車に乗せられたスーラは力なく倒れ込み、息荒く天を仰いでいた。

「腹が焼けるようだ」

「すぐに閨の支度をさせましょう」

側近はそう言うと馬の足を更に早めた。


スーラは湯あみもせずトロの居る部屋の戸をあけると、昨夜とは別人の様に力ない様子でトロの体の上に倒れこんだ。

スーラの首元からさがる勾玉とトロのわき腹に埋め込まれた石は、共鳴しあいゆらゆらと光った。力の抜けたスーラの体はとても重く、身動きの取れないトロはしばらくそのまま、ただただじっとスーラの荒い吐息を聞いていた。

それからゆらりと重そうに身体を持ち上げたスーラは、言葉も発さぬままに自らの刀身をトロの体に突きいれた。

深く差し込んだまま、しばらく動けずにいたが、次第に石の共鳴は強くなり、スーラにまた力がみなぎってきた。それは胸から腹にかけて、燃え盛るように熱を帯び、全身にくまなく広がっていくような感覚だった。

相変わらず身体のだるさは残っていたが、あの何百機もの騎馬隊を退けた力が、また手のひらから毀れ出るほどに充溢した感覚が戻ってきていた。

「ああ、君こそが本当の女神か」

小さくつぶやくと、かすかに笑いだしながらトロを抱きしめるようにした。そうされるまま、トロはじっと言葉を出す事もなくぼんやりと虚空を見つめた。

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