23 走馬灯の光陰

大きな寝台には、トロが見たことの無いような立派な天蓋がつるされている。

それが、揺らされるたびふわふわと目前をなびいた。

抵抗する力が入らず、トロはスーラに組みふされたまま、ゆっくりとした律動にただ耐えていた。

「ロディはもしかして、石の力が急に怖くなっちゃったのかな?…まるで初めてのような反応だね、あれだけの日々をこんなふうに、可愛がってもらわなかったのかい?」

その嫌な声に、背を動かし逃れるように身体を離そうとするのを、スーラにとらえられる。そのままぐったりと力の入らない上半身を抱えられると、座るようにしてそのまま奥まで貫かれた。

「髪以外、なんの変化も、なかったわけだ」

ただただゆっくりとした律動と、妙に扱い慣れた道具をさばくようになめらかに動く手指からは、あの時ただ一度、ロンが自分にした行為と同じものとは感じられなかった。

そしておよそ初めて、ロンのあれほど乱暴な行為の果てにあの時トロ自身も射精していた事を知った。

ロンを想うとトロの開けたままの瞳から涙が毀れ、わき腹の石が弱弱しい光を放った。スーラはトロの頭をなで言った。

「イイ子だ、大人しくしていたらすぐ終わらせてやろう」



(こころが、しんだみたいだ

いろんな事が遠くで響いてる

仲間を殺され、村を追われ、白尾から逃れ身を隠し、

俺は一体何を護り、何を貫こうとしていたんだ

俺の大事なものは

大事にしていたものはいったい何だったんだ)



「すばらしい、力がみなぎるようだ」

「これならば東西に広がる大国もスーラ様にかないますまい」

ロストの兵はスーラに刀を渡すと飼いならされた笑顔でそう言った。そうして装備を整えてしまうと、スーラはトロが横になったままの寝台に戻ってトロの額に唇を寄せた。

トロはもう虚ろな瞳のままなんの反応も示さなかった。

「トロ、君はすばらしいよ。また僕に力を授けてくれるね」

応えのないトロの耳をゆっくりとなでつけ、「うまい魚をとってきて、食べさせてやりなさい」と控えていたロストの兵に当たり前のように命じ、兵と共に部屋を後にした。




…さかな…


トロの頭のなかにその言葉だけがぽつりと残った。

ぼんやりとした視界に、思い出だけがきらきらと鮮明によみがえる。



逆光で表情が見えない。水滴がきらきら輝いて、


さかな


焼いたさかなを目の前に差し込む手

とても、いい匂いがした


器のなかで気持ち良さそうにおよぐさかな

ここに置いていてはいずれ死んでしまう

滝に逃がした、


滝、

強い力でひきずりこまれて

みずあびした

…くそ人が心配して

『だははは』

もいいだろ

『だーめだ』

ぎゅっと抱きしめられて身動き出来なくて苦しいはずなのに腕の中があったかくて

もうすこし、もうすこしだけ



暗闇、こわかった

ひとり

光が差し込んで

ひきあげてくれた手が力強くて、熱かった。

『大丈夫だ…、もう…大丈夫だから泣くな』



川、あの川、怖い

真ん中で立ち止まってしまった

胸おさえたまま

すごく痛そう…苦しそう

それなのに急に口をつけて

『わるかった』



『…仲間のもとに帰りたいか』

どこかに、いくのか…お前

嫌だ、傍にいてほしい。どこにもいかないでほしい。

ずっと…

『…安心しろ、絶対にまもってやる』



『俺の嫁さんになってくれ』




耳元で響くように思いだされたその声に、ゾクリと背が泡立った。四肢を裂かれるかと思ったロンのあの乱暴さは、スーラには無く、行為の後の痛みも無いはずの身体が、思い出に触れる度に重く疼き始めていた。トロは、そっと思いだすように半分恐る恐る自分の半身に手をそわせた。



『トロ』



ちかくで

ねむるとあんしん するんだ

最初は怖かったはずのこの匂い

こころがほっと…する…

眠っているのを確認して、そっと、寄り添った


し あ わ せ


『お前の事が好きだ。大事にする』


俺も、…すきだ……

きっと、本当は、最初から




下腹部にぎゅっと力が入り、急速にゆるみ、それが去ってしまってからは身体がぼんやり重く疼いた。悦楽の果てに、ロンを欲している自分に気付いたトロは涙が止まらなくなった。


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