18 ロスト城、地下牢
ロンが目を覚ますと、そのぼやけた視界にはスーラの不気味な笑みが写りこんだ。
身体は重く、そして毒川で痛んだままの足元もじりじりと炎症の熱を帯び、寝ざめは最悪だ。
「やあ、ようやくお目覚めかいロディ」
「よお、下衆野郎」
体を動かそうにも、首と手首は天井からの鎖でつながれている。石の壁の部屋はどうやら見た事もない程堅牢な作りだ。ロンは噂で聞いていた軍都だと察し、辺りを見わたした。石で囲まれた部屋には灯りはなく、ただロンの繋がれた背後の壁にある窓から日光の光が燦々と差し込んでいるので部屋の隅々までよく見渡せた。
部屋にあまり物はなく、転がっているのはどうやら拷問に使われるような刺々しい代物ばかりだ。
笑んでいたスーラはふと忌々しいものを見るような顔つきになりイライラとした口調で言った。
「随分と手こずったよ。森そのものが結界のようだった。特段白尾の者だけ寄せ付けないようなね」
その話しぶりはどこかロンに向かって言いながらも、違う何かに向かって毒づいているようだった。そのイライラとした感情を紛らわすように、ごまかすようにして、スーラはロンの前髪を優しく持ちあげると、舐めるようにゆっくりとその顔の細部までを確かめた。
身体の自由を奪われ、こうして身を護る術のない状態で動じる事もおびえる事もないロンの目はさげすむようにスーラを見つめた。それが、更にスーラの欲心の熱をぞくぞくする程に押し上げた。
「さ、可愛がってあげよう。僕を裏切った罪は恐ろしいって事をちゃんと覚えさせないとね」
「……シネよ」
ロンの、冷たいそれでいておびえの無い声をしっかりと聴いてうち震えると、スーラは目をそらさぬまま、傍に控えていた側近にすっと手を差し出した。側近は部屋外で熱させていた焼き印をすぐにスーラの手元に手渡した。透明の熱気が立つその焼けた鉄印には、白尾旅団の証である白蛇の紋章が刻まれている。それをスーラは思い切り躊躇なくロンの左胸に押し当てた。ジッと肉を焼く激しい音がして、肌の水分が蒸気になって飛んだ。あまりの熱さと衝撃に叫びながら、それでもロンは気を失うことなく、唇をかみしめてこらえた。
「………ッ……グ…」
「心臓まで届くかな。君は石の恩恵を受けてるからどうやら死ねないだろうし、そうしたらずっと苦しみが続いてしまうね。肉にじわじわ熱が伝わるってどんな気分だい?やっぱり君の声最高だよロディ。いちばん苦しいところでずうっと生かしてやろう。スーラ様もうお許し下さいってそのかわいいお口から言えるようになるまでね」
鉄印が身体を離れても、熱がジワリジワリと広がりながらまだ焼き続けているようだった。ふうふうと荒い息をするロンの焼けて腫れた左胸の印をなでながら、スーラはさも愛おしげに言った。
「これで君も白尾旅団の正式な一員だよ。……おめでとう可愛い僕のロディ」
「………く、たばれ」
ようやく言葉らしい言葉が口から毀れた。息荒く睨みつけるロンに、スーラは子供に対するような言い方で応えた。
「トルーイの居場所はもうわかってる。強がってみせたってもう意味なんかないんだよ。君の、負けだ。」
それから興じるように強くロンの頬を打ち、二三度また頬をはたいた。
口内の血を吐きだすと、ロンは俯いた。
自分の中に感じた事のない感情がある事にまた気付いたのだった。
死にたくない
そう思うのは初めてだった。
思えば、ロンは生まれてこの方、自分の帰りを待つものなど正確にはいなかった。
だからこそ、どこまでも自分の痛みに無情でいられたし、相手に対してもなおさら非情になれた。
大事に想う度、弱くなるのか
何度も強く打たれながら、ロンはどこか遠い所でそう思った。
もちろん痛みを感じながら、想いだけはとても冷静に自分の感情をとらえていた。
強く幸せを願う度、愛しさが募る度
怖い
離れるのが
失くすのが
こんな感情を今まで持つことなどなかった。
気が済むまで打って、ようやくスーラは手を止めた。ロンは、ぐったりとしたまま目だけはスーラを睨みつけた。その殺気に背筋がぞくぞくと凍り、スーラは愉悦に打ち震えながら言った。
「ああ…そんなに可愛い顔しないでよ。もっと酷くしたくなるだろ」
乱暴にロンの前髪を掴むと血まみれの唇に自らの口を合わせ「イイ子でいるんだよ」と囁き頬笑むと部屋を後にした。
この部屋は牢ではない。部屋の入口には遮る檻はなく、石で囲まれた門が廊下につながっているだけだった。どうやら壁の裏には見張りがいるが、それでもロンは構わず力任せに手首と首元に繋がれている鎖を引っ張った。頭上からつるされた鎖は、ギッと音を立てた。鎖の繋がれている枠は木で出来ている、うまく力をくわえればロンの力ならばすぐに抜けられる。だが、足にも腰にも力が入らない。
ロンは渾身の力を振り絞り、体重を前にかけた。ぐっと首に圧力がかかり、一瞬意識が飛びそうになるのをこらえ、そのまま思い切り鎖を引っ張った。
大きな音と共にロンの体は床にどうと倒れた。手首も、首も赤青くうっ血したが、ゆらりと立ちあがると、音に気付いた見張りがあわてて部屋に入り込んできた。
声を上げようとした見張りを壁に押し当て、ぐっと首元をおさえる。見張りはひっと恐れた息をあげ、それでも力任せに押しつけた。
力を込めると、ロンの胸から熱がひろがり焼き尽くすように痛みが広がる。
「………ンッ」
痛みをこらえながら、心の中で何度もトロを呼んだ。
あのもどかしい距離でさえ愛おしく思えるあの森での日々が、あまりに幸せだった事に、ロンは改めて気付いた。
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