11 旅立ちと痛みの朝
日の出前、ルークとトロはすっかり目を覚まし出発の準備を整えた。ルークは、こうした急な出発にも耐えうるよう、普段から大事なものをいつも身に着けていた。
泣き疲れて眠ってしまったミアをルークは背におぶると、もう片方空いた手でトロの手をとった。
「トロ」
元気のないトロに、ルークは声をかけた。見上げたトロの瞳はあまりにも悲しく、一度繋いだ手を優しくほどくとルークはトロの頬をゆっくりとなでた。それから、勢いをつけて扉を開けた。壕から出てすぐ近くに、なにかにつけ気にかけてくれていた本屋の主の家がある。まっすぐに進めば辿り着けるのだが、ルークは細心の注意でその距離を渡った。
扉に手をかけ家の中に入る。家の中はしんと静かで、家主である本屋の主人、カルノはまだ眠っているようだ。昨夜はあれから半鐘も鳴らなかった。白尾達の騒動もまだここまでは及んでいないのかもしれないとルークは思った。
借りていた家の一切を感謝した謝礼と手紙を玄関口の戸棚の上に置くと、近くにあった古い椅子に眠ったままのミアを座らせ、玄関すぐの帽子掛けにかけてあったカルノの洋服を毛布代わりにかけてやった。優しくかけたが、ミアはぱちりと目を覚ますと、しばらく虚ろな瞳で呆然と辺りを確認した。
はっきりと目を覚ましてしまう前に出てしまおうとルークは足を急がせた。扉を出て家の裏に回ってすぐのところに西の関所があり、そこさえ越えてしまえばもう四方を背の高い木々に囲まれ、白尾といえど容易には攻略できない深い森に入ることになる。その更に奥をゆくとパルデノストという神域の森につながる。
家を後にすると冬らしい冷たい風が二人の行く手を遮るように強く吹き付けた。しかし、まだ雪は降りそうにない。
「いかないで!!」
背後でミアが叫び、トロの背をとらえた。すっかり目を覚ましぎゅっとトロにしがみついている。
「ミア、戻りなさい。外は危ない」
ルークがそう言って離れるよう促しても、強くしがみついたまま離れようとしないミアにトロがふりむいてやさしく手を握った。
「きっとまた会いに来るから。今は安全な場所に」
ミアの瞳はもう涙で真っ赤に染まっている。切なくて、ぎゅっとトロから抱きしめた。
この街にたどりつき生活を始めてから、心を閉ざしていたトロに初めに声をかけてくれたのはミアだった。
姉のように面倒見がよく、時に妹のように奔放にトロを振り回した。同じくらいの年の友人などいままでいた事のないトロにとって、それはあまりにも新鮮で幸せな時間だったのだ。それが痛いほどわかるルークもしばらくじっと悔しさともどかしさで動けなかった。
急に、トロとミアの足元に勢いよく矢尻が突き刺さった。見上げると、カルノの家の屋根に三匹の白尾が矢を構えていた。軽々と屋根から身を下ろしあっという間に走り寄るのを、ルークが矢で応戦し、そのままトロとミアを連れ西の関所に走る。
西の関所の前には一匹の見覚えのある姿が立っていた。
ロンだ。
「くそ、よりにもよって」
ルークは左足でぐっと勢いをとめると、背後の白尾三匹、眼前のロンと対峙し、じりじりと睨みあい間をとった。
ルークの間合いに白尾三匹はなかなか入り込めずにいたが、ロンだけは無遠慮に近づいてくる。
ルークの矢が足を掠めたが、そのまま気にも留めない様子だ。すっかりおびえて動けずにいるミアの首を掴むとぐっと力を込めた。聴いた事のないミアの苦しい声が漏れ、トロが叫んだ。
「やめろ!!」
そしてロンの腕に力一杯噛みついた。ロンがトロに噛みつかれた手を勢いよく振り払うとミアはその場に強くたたきつけられ動かなくなった。
トロの牙はまだロンをとらえていて、腕からはかすかに血がしたたっている。
ルークも腰に備えていた刀を振り切ったが、軌道は見切られていて、噛まれた反対の手で抜いたロンの脇差で受け流され上体を崩した。
その隙にロンはそのまま西の関所の小屋へトロを押し込み自分も中に入り閉めるのもめんどくさいように半分勢いで戸を放った。
それを追いルークも小屋へ走った。もう二度とあんな思いはしたくなかった。
あの日、橋を破壊され、連れ去られていくトロをただただ見る事しかできなかった自分を何度も強く悔やんだのだ。
しかしあと一歩で扉に届くというところで、ルークの左ももを弓矢がかすり大きくバランスを崩して左ひざを地につけた。
その間に白尾に囲みこまれ、しばらくにらみ合いが続いた。その中の一匹が首元にさげていた警笛を鳴らし、それは高く高く街中に響き渡る。これでは白尾の仲間たちが西の関所に集まってしまう。
ルークはふらつきながら立ちあがると、弓を捨て、大きく息をつき、一斉にふりかぶった二匹の胴をずばりと一刀両断した。力を込めたせいで左足のももからは思わぬ出血があったがそれすら今のルークには痛みとは感じられなかった。そして残った一匹がそれを受けて正眼で構えじりじりとまた睨みあった。
激しい交戦の一方で、ようやく日の出の近づき始めた外の灯りがすこしだけ漏れてくるばかりの小屋の中は真っ暗だった。
ただ、トロ自身の拍動と、ロンの荒い息だけが鮮明だ。
ロンは無言で、トロが暴れないように首元を強く押さえつけたまま片方の手で素早く自らの下帯を緩めた。
自由になる足で力一杯トロがロンの腹をけり上げると、こざかしいとばかりにロンはトロの頬を強く打った。それでトロの唇が切れ多少の血が流れた。
ぐっとロンが力任せに口を合わせると、いままで感じた事のないような強いしびれが脳天を貫くようにロンを刺激した。
あまりの衝撃にロンは一瞬唇を離したが、そのままぐっと力をいれてトロを大人しくさせるために首元に噛みついた。トロの手指でひっかかれ、ロンの頬に傷ができた。しかし先程のしびれに比べればそんなものはくすぐられたくらいのはがゆさであった。
そうして事を急いているように、いきなりロンはトロの体内に自分を押し挿れた。
ぐぐぐっと奥まで刺し入れると今度は内臓をえぐられる程に激しいしびれが胴から胸まで鮮烈に駆け巡る。
それから焼けるような熱が波のように臓腑に押し寄せた。犯しているロンの方がほとんど慟哭のように痛みに呻きながら、それでもぐいぐいと奥まで押し入っていく。
「いやだ、い、やだ」
トロの方も泣きながら全力で抵抗をやめない。
ロンはトロの髪の毛を掴み、息荒く言った。
「あんな雌ガキにほだされて、雄になれるとでも思ったか、残念だったな」
「…ろ、して…やる」
もう、ほとんど身体の中を焼き尽くされてしまったようなじわじわと響く痛みがロンの全身を襲っていた。それでも強く打ち付けながら、その鋭い痛みの中の一体どこに悦楽を得られるのか自分でもわからないうちにロンはトロの中で射精した。
その瞬間、辺りがまるで昼間のように明るくなり、それが、あのトロのわき腹の傷跡から発せられているのにロンは虚ろに気付いたが、その頃にはもう扉をルークが開け、ゆっくりとその状況を確かめるどころではなくなった。
乱れた着衣から何が行われたかは明らかで、ルークは怒りでもはや気が遠くなりながらも、思い切りロンの振り向いた背に向けて切りつけた。
「貴様ッ!!」
ぐっと刃が入り込んだがそれでもロンは少しトロの方に身を引いていたので切れたのは肉と皮だけにとどまった。しかし深く入り込んだ刃は、ロンの背に大きく傷をつけた。
そのまま、力の入らないトロを片手で抱えると、ロンはふらりと立ちあがり、抜きだした刀の柄で倒れこむようにルークを外に押し出し刀を振り上げた。
ルークもその刀を力強く受けると、跳ね返し、胴を狙うが、思いもよらぬ速さでまた柄でぐいと押し離された。
ざっと間合いを取ると、苦しげに刀を杖にしてロンはよろめきだした。
その間にルークが一太刀浴びせようと構えた時、背後から嫌な声がした。
スーラだ。
「ああ、よくやったね。僕のロディ、さあ僕にトルーイを渡しておくれ」
「誰がいつてめえに魂を売った…俺はお前のその勾玉がほしかっただけだ。残念だったな、こいつ、は…」
ロンはそう言ったきり、刀で支えていた身体を持ち上げようとするが力がはいらない、そのままぐっとトロを抱えたまま両ひざから崩れて四つん這いになってしまった。
そして大量の血を吐くと、更にぐっと上体を傾げた。
スーラが近づくとロンは瞳だけ鋭く睨みあげた。
「死にかけてるっていうのに、相変わらず可愛い眼を向けるなあ君は。僕これだけは何度も言っていたはずだよ?トルーイを見つけたら手は出さず直ちに僕にしらせろと…」
「は、……そうしてお前にこいつがやられるのを指くわえてみてろってのかよ、冗談じゃねえ…こいつは俺のもんだ。出会った時から俺の
スーラがすらりと抜きだした刀でロンは背から一突きされ言葉が途切れた。
ロンに抱え込まれたままのトロの眼前に、つるつるとロンの血が流れてきた。朦朧とした意識がはっと覚醒し、それと同時に乱暴に犯された身体が一気に鋭い痛みを伴って悲鳴を上げた、それでもぐっと上体を起こすと、ロンの背に突き刺さったままの刀を、スーラがぐっとひきぬく所だった。
引き抜かれたロンの背からあふれ出る血液はとめどない。
とたん気持ちが抑えられなくなる。身体が熱くなり、トロは無我夢中でロンの傷をおさえながら、叫んでいた。
辺りは光に満ちた。何も見えなくなるほど白く白く、そして気が遠くなるような虚ろな感覚に包まれた。
その光と感覚は、二人を囲んでいたスーラやルークを始めその場にいた者たちも包んでいた。しかしすっかりその光が消えて、あたりがいつもの朝の様相を取り戻しても、トロとロンの姿だけを完全に消し去っていた。
「消え…た?」
信じられぬ様子で掠れた声でスーラが誰に言うでもなくつぶやき、そして続けた。
「見たか!!?あれがあの石の威力。どうしても手にいれなければ…なんとしても!!」
「……まさか…トロ!!」
ルークは南の森に向かって走りながら何度も何度もトロを呼んだがその姿も声も気配すらもまったく感じられはしなかった。
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