第四章 omedetou

第41話 かいそう



「お誕生日おめでとう」


 きょうは、わたしがうまれたひ。

 ほしいものが、もらえるひ。

 たくさんのひとに、おめでとうって、いってもらえるひ。


「ケーキの火を消してくれるかい?」


 おおきくいきをすいこんで、ふーっとはきだす。

 ケーキのうえにのったろうそくのひがぜんぶきえて、おへやがまっくらになってこわかった。

 でもすぐにでんきがついたからもうこわくない。


「あら、火を消すの上手になったわね」

「去年はぜんぜん消せなくて一生懸命ふーふーしてたよねー」

「ははは、大きくなった証拠だよ。さ、ケーキを食べる前にプレゼントを渡しておこうか」


 おじいちゃんからはずっとほしかったおえかきセット。

 おばあちゃんからはいまだいにんきのおにんぎょう。

 おねえちゃんからはとってもかわいいかみどめ。


「ありがとう!」


 おれいをいうと、みんなはどういたしましてといって、にこにことうれしそうにわらった。


「それと、これはお母さんから」


 おばあちゃんがきれいなふくろをくれた。

 あけてみると、なかにはいっていたのはハンカチだった。


「綺麗な柄で素敵。ふふ、良かったわね」

「うん」


 おかあさんはここにはいない。

 おしごとでいそがしいから、かえってこれないって。

 いつものことだから、べつにさびしくない。


「……今日ぐらい、帰ってくればいいのに……陽織さん」


 るみおねえちゃんが、おこったようにいう。

 おじいちゃんとおばあちゃんはかなしそうなかおでなにもいわない。


「おしごと、だいじだもん。だから、わたし、がまんできるよ」


 たべものやおようふくをかうためには、おかねがいる。

 おかねをもらうには、おしごとをしなくちゃいけない。

 おかあさんは、がんばっているんだ。

 いないおとうさんのぶんまでがんばっているから。

 わがままをいってはいけない。

 こまらせてはいけない。

 だいじょうぶ。

 さびしくないよ。

 だって、いつものことだもん。

 おじいちゃんも、おばあちゃんも、おねえちゃんも、いるから、へいき。


「椿ちゃん」


 おばあちゃんがとってもやさしいこえでわたしのなまえをよぶ。

 そういえば、おかあさんはあまりわたしのなまえをよんでくれない。

 おはなしすることが、すくないからかな。


「我慢しなくていいのよ?」

「ううん、だいじょうぶ。おかあさんがいなくてもへいきだよ」

「……っ」

 

 みんな、へんなかおをしてわたしをみてる。

 いたいのを、がまんしてるみたいなかお。


「すまない……」

「?」

「私達は無力だな。キミのお母さんにも、あの子の変わりにもなれない」


 おじいちゃんはわたしのちかくまできて、あたまにおおきなてをのせた。

 ゆっくり、ゆっくり、なでてくれる。


「お母さんのことは、好きかい?」


 すきだよ。

 すぐにそういおうとしたけれど、なんでだろう、なにもいえなかった。

 だまって、うつむく。

 わるいことをしたようなきがして、かおをあげれない。


「じゃあ嫌いかい?」

「わかんない」


 うん、わからない。

 だっておかあさん、そばにいてくれないから。

 いっしょにすんでるのに、あえることがすくないから。

 

「そうか、うん、今は、それでもいい。だが、陽織さんは……キミのお母さんはね。椿ちゃんのことが大好きなんだよ。それだけは、どうか信じていてほしい」


 おかあさんが、わたしのことを、だいすき?

 なんで?

 どうして?

 いっしょにあそんでくれないのに。

 わたしよりも、おしごとのほうがだいじなのに。

 たんじょうびを、おいわいしてくれないのに。


「…………そんなの、うそだ」

「嘘じゃないさ。いつかきっと、わかる日が来るよ」


 それは、いつなの?


 なんていわない。

 みんな、こまったかおになっちゃうから。


「うん。だいじょうぶだよ」


 だから、へいきだっていう。


 すると、おじいちゃんは、わたしをだきしめてくれた。

 おばあちゃんもちかくにきて、わたしのてをりょうてでにぎってくれた。

 るみおねえちゃんは、じぶんのてのひらをみて、かなしそうにめをとじた。


「“椿”」


 いいこにするから。


 がまんだって、できますから。

 ほしがったりしませんから。


「忘れないで。君はね、ちゃんと――――」


 一度きりで、いいんです。


「たくさんの想いに、愛されているんだ」


 ねぇ、お母さん。

 私ね。

 ずっと。

 私を生んだ貴女の声で。言葉で。

 とびっきりの笑顔で。


 私が生まれたことを、祝って欲しかったんですよ。



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