第5話 回想2
「はい、これあげる」
相変わらず無表情の幼馴染に、綺麗にラッピングしたちいさな袋を差し出した。
彼女は表情を崩さずに黙って受け取ると丁寧に袋を開けて中を覗き込む。
「…クッキー?」
「うん。お母さんに教えてもらったから作ってみたんだけど」
「初めて作ったの?」
「そうだよ」
「……食べたら死なないかしら」
「ひどい!」
「冗談よ」
彼女は袋の中から形の悪いクッキーをひとつ取り出して口の中に放り、もぐもぐと食べ始めた。一つ食べ終えたかと思ったら、二つ三つとどんどん口の中に入れていく。美味しいとも不味いとも言わないし表情も読み取りにくいので、気に入ってくれたのかどうか判別できない。感想をお預けされて、もどかしい時間が過ぎていく。
「ええと、おいしい?」
我慢できずに聞いてみると、彼女は口の中の物を飲み込んで、ひと言。
「…………甘すぎ」
「ご、ごめん」
どうやら砂糖を入れすぎてしまったようだ。ちゃんと言われた通り量って入れたつもりだったんだけど、多かったみたい。ほんの少しの匙加減で味が変わってしまうとお母さんが言っていたことを思い出す。
「次回に期待してるわ」
「えーと、それはまた作ってこい、ってこと?」
「ご自由にどうぞ?」
「が、頑張ります」
彼女の口からはっきり「美味しい」と言わせたいので、また挑戦することにした。
――今度はきっと美味しいクッキーを作ってみせる。
私はこっそり自分の心に誓いを立てた。
ふと気付けば、彼女は甘いと言った私の手作りクッキーをまだ食べ続けている。
「別に無理して食べなくてもいいよ?」
「無理なんてしてないわよ。ただ、お腹が空いてるだけだから」
「あ、そうなんだ」
私の作った甘すぎるクッキーじゃなくて、自分の家にある美味しいお菓子を食べればいいのに。そう言おうとしたが、それよりも早く彼女はクッキーを食べ終えた。
「ごちそうさま」
「う、うん」
結局、彼女は私が作って持ってきた沢山のクッキーを全て一人で食べ尽してしまった。どちらかと言えば小食である彼女がこんなに食べるだなんて、かなりお腹が空いていたのかもしれない。味は微妙だったかもしれないけど、ちょっとは喜んでくれたかな。
「クッキーのお礼に、これをあげる」
そう言って彼女は庭の隅に咲いていた花を摘み採って、私に渡した。
「勝手にお花を採って怒られない?」
「自分の家のものだから大丈夫よ。それに一輪ぐらいわかりっこないわよ」
「……ありがとう。これ、なんていう花なの?」
綺麗な赤い花。花の名前はチューリップとかひまわりとか有名なものしか知らないから、この花が何という名前なのか解らない。でも賢い彼女ならきっと知っているだろう。
「秘密よ。それぐらい自分で調べてみたら?」
「えー教えてくれてもい………いえ、何でもないです」
ジロリと恐い目で睨まれたので、私は思わず目を逸らした。
貰った花に視線を移して、じっくり眺めてみる。
「名前、なんていうんだろう」
気になるけれど、今は彼女と遊ぶほうが先だ。家に帰ってから図鑑で調べてみよう。
名前のわからない綺麗な赤い花を大事に鞄の中へしまって、私は今日も彼女と遊ぶことにした。
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