第6話 ここには君がいた
「いい天気だなぁ」
母に制服を取って来いと言われていたので、注文していた制服店に取りに出掛けることにした。
どこまでも広がる青い空に白い雲、真上に昇ったお日様。今日もいい天気で、絶好のお出かけ日和だ。
「う~んっ、気持ち良いなぁっ」
周りに誰もいなかったので、大きく背伸びをした。こんな天気のいい日は木陰でお昼寝をしたいなぁなんて思ったが、さっき起きたばっかりだったのを思い出す。気持ちよく二度寝していたのに、昼頃になって母に叩き起こされてしまったのだ。
「制服とりに行かなきゃいけないからね」
お昼寝はまた今度にして、制服店のほうに足を運ぶことにした。店の地図を渡されたが、昔の『私』の時に中学・高校とお世話になった制服店なので地図を見なくても場所はわかる。
記憶を頼りにしばらく歩いていくと、見覚えのある店を見つけた。何年もこの町を離れていたせいか、辿り着くのにずいぶん時間がかかってしまったけれど。
そういえばふと思ってしまったのだが、昔の『私』と今の私の年齢を足すと軽く三十超えてる…よね…。
(精神年齢三十過ぎのおばさんかぁ)
改めて考えるとちょっと複雑だ。身体的にはまだピチピチの十代で、精神的にも若者のつもりなんだけど。
………………あはは。
「す、すみませーん! 制服を注文していた早瀬といいますがー」
これ以上深く考えないようにして、勢いよく制服店のドアをあけた。
受付の人に引換の紙を渡してしばらく待っていると、自分と妹の分の制服一式が入った紙袋を二つ渡される。間違いがないか確認してから、お礼を言ってお店を出た。
「………重っ」
両手にずっしりと重量のある大きい紙袋を下げて、私はノロノロと帰り道を歩いていた。あまりの重さに、腕が引き千切られそうな感じさえする。こんなことなら嫌がろうが抵抗しようが小姫を連れてくるんだった。連れてきても「私、お箸より重いもの持てなーい☆」とか言うに決まってるけど。母は……余計疲れてしまいそうなので一緒に来られると逆に困る。
「うぅ…重いぃ……」
体力に自信はあるけれど、持久力には自信がありません。
早々に力尽きた私は、重い荷物から手を離して休憩する事にした。ずっと重たいものを持っていたので、手のひらに跡がついていてヒリヒリする。
「はぁ、疲れた」
あがった息を整えていると、ひらひらと目の前を落ちていく桃色の花弁に気付いた。
これは、桜の花弁だ。周りを見渡すと、すぐ近くに大きな桜の木があったのでそこから落ちたのだろう。ちょうど満開の時期なのか、沢山の可愛らしい花弁を纏っており、強めの風が吹くとピンクの花吹雪が舞う。美しい光景を眺めていると、疲れた心が癒されていくようだ。引越しの片付けも大体終わって落ち着いたので、そろそろお花見をするのもいいかもしれない。正直に言えば、自分的には花より団子だけど。
そろそろ休憩を終わりにして帰ろうと桜の木から視線を外すと、傍に誰かが立っていることにようやく気付いた。
「こんにちは、奇遇ですね」
「うひゃい!!?」
ドキン!と胸が大きく高鳴って、奇妙な声がでてしまった。
そこにいたのは顔見知りというか昨日出会ったばかりの同年代の少女だった。突然のことに驚いて全身が強張り、素早く反応が出来ない。おまけに心臓がバクバクと忙しなく鳴って、うるさかった。
ああ、この胸の高鳴りは……そうかこれが恋というものなのでは――って、いやいやいやいやアホか! 落ち着け私! だいたいこの女の子は容姿は私の知るあの子にとても似ているけれど、全くの別人だから慌てなくていいのに! 混乱した頭を振って、平常心を装う。今更手遅れかもしれないけど。
「えーと、こ、こんにちわ」
「また驚かせてしまいましたね。ごめんなさい」
「わ、私がぼけーっとしてたのが悪いんだから!気にしないで!うん! 十割私が悪いから! ごめん!」
申し訳なさそうにする彼女に慌てて否定する。昨日に引き続き今日も彼女に迷惑をかけてしまって、逆にこっちが申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「お買い物ですか?」
「えっと、新しい制服を取りに行って、今は帰るところ。これ、結構重くて休憩中なんだ」
地面においていた袋を指さして苦笑する。彼女は視線を制服の入っている袋に移すと、少し驚いた表情をしていた。
「その制服……もしかしてあそこの高校に入学するんですか?」
「そうだけど」
「実は私も四月から同じ高校に通うんですよ」
「へぇ、そうなんだ! もしかしたら同じクラスになったりするかもね」
「ふふふ、そうですね。あ、もしよかったら、制服運ぶの私もお手伝いします」
「そ、そんないいよいいよ! これ見た目以上にかなり重たいから!」
「あっちの方角だったら私も帰り道なので、お手伝いさせてください」
「うっ……それじゃあお願いしちゃおうかな……」
せっかくの好意だし、断るのも逆に失礼だろうと思ってお願いする事にした。
まあ、重いものが減って助かるのは事実なので。
「任せてください!ではこちらの方を……」
二つある大きな紙袋の一つを握って持ち上げようとするが――
「よい、しょっ!! ~っあっあああっ!?」
「…………………」
ドサッ、と紙袋が地面についた。少しの間、静寂がこの場を支配する。
「ごっ、ごめんなさい、もう一度……」
「あ、はい」
再び袋を持ち上げて今度はふらふらと危なげな足取りでようやく歩いていた。重いのを我慢しているのだろう、体がプルプルと震えていて見てて可哀想だった。
「で、では行きましょうかっ!」
「お気持ちだけ貰っておきますっ!」
結局、私が一つ持って残りの一つを私と彼女で半分づつ持つ事にした。
彼女は面目ないと平謝りしていたが、気持ちだけでももちろん嬉しいし、手伝って貰えるだけでも充分ありがたい。2人でなんとか制服を運びながら、ようやく我が家へと帰ってこれた。うう、手が痺れて千切れそうだよ。
「あ、私の家ここだから。手伝ってくれてありがとう」
昨日出会ったばかりなのに、快く手伝いをしてくれた優しい少女にお礼を言う。
「……ここが、お家ですか?」
「そうだけど」
何故だか驚いたような顔をしている少女を見て、私は首をかしげる。
「私の家、隣なんです」
「ええっ!?」
ということはお母さんが言っていた隣に住んでる私と同い年の女の子って、彼女のことだったのか。世間って狭いなぁなんて思いながら彼女が指さした家の表札を見て、私は持っていた荷物を地面に落とした。
「倉…坂……?」
体中の体温が、急激に下がっていく。
喉が渇いて、つばを飲み込む。
手先が、膝が、震える。
まだ昼間なのにどうしてだろう、目の前が薄暗くなった気がした。
「はい、そういえばまだ名乗ってませんでしたね。私の名前は
彼女はにっこりと微笑んで、自己紹介をする。
ああそうか。
そういうことか。
「………………っ」
彼女の姿を見ていると生まれてくる激しい衝動を必死で抑える。
堪えろ、私。
この衝動を、絶対に彼女へぶつけてはいけない。
「まさか、昨日引っ越してきた方だとは思いませんでした。これから宜しくお願いしますね」
「すごい……偶然、だよね。…私は早瀬日向。これからお隣同士だし、宜しく」
上手く、笑えただろうか。
不審に思われていないだろうか。
私の動揺が相手に伝わっていなければ、いい。
それから少し話をして別れ、自分の家に入ってから持ち帰った制服を母に預け、急いで自分の部屋へと戻った。 脇目も振らずにベットへ身を投げ、布団に顔を埋める。
なんで、どうして。
まさか、そんな。
頭の中はぐちゃぐちゃで混乱していて、上手く考えがまとまってくれない。何を考えても、理解できない。
「……運命ってやつかなぁ」
格好つけた台詞を呟いて、深くため息を吐く。
この町にきた以上、出会う確率は高いに決まっている。
まさかお隣さんになるとは思わなかったけど。
――――倉坂。
もしかしたら偶然同じ苗字なのかもしないと考えたが、それはないと思った。
ああ、どうりで『彼女』に似ているわけだ。
例えようのない想いがこみ上げてきて、溢れそうになる。
けれどそれは、表に出してはいけないものだ。
この想いは、ここにあってはいけないもの。
「………………」
久しぶりに幼馴染みの名前を自分でも聞こえないほどの小さな声で呟くと、胸が少しだけ軋んだような気がした。
*
「起きなさい日向! いつまで寝てるの!!」
「ん?」
ゆっくりと重たい瞼を開けると、昨日受け取って来たばかりの新しい制服を着ている母親(37)の姿が。
「……ああ、なんだ、夢か」
これは夢に違いない。そう、これは夢……いや、悪夢と言ったほうが正しい。
これ以上見るに耐えないので、再び寝ることにした。今度は悪夢ではなく、いい夢が見れますように。
「いい加減に、起きなさい!」
ガバッ!と勢いよく布団をはがされてしまった。ああもう、しつこいなぁ。再び目を開けて母を見ると、やっぱり私の制服を着ている母親の姿だった。ああ、夢じゃないのか…夢であって欲しかった……
って!
「何でお母さまが私の制服を着てるんですかねぇ!?」
急に目が覚めた。覚めちゃった!!
「着てみたかったから。で、似合う? ね、似合う?」
「どう見ても熟年のコスプレにしか見えないからね!? さあ、さっさと脱いで!」
「いや~ん、まいっちーん」
朝っぱらからいいかげんにしろこの若作りがぁあああぁああっ!! と叫びたいのを堪えて、ベットから立ち上がりさっさと着替えることにする。
すると突然私の顔を覗き込んできたので、驚いて身を引いた。
「なっ、何?」
「あんた、ひどい顔してる」
「失礼なっ」
この顔を生んだのは自分だろうに!
「間違えた。日向、ひどい顔色してるわよ? ちゃんと寝たの? もしかして具合悪い?」
「……………大丈夫だよ」
誰のせいだ誰の、と言いたかったがここは我慢しておく。
ふと時計を見たらもうお昼前だった。
「朝ごはんを兼ねた昼ごはんの準備が出来てるわよ。はやく来なさいな」
「着替えたらすぐ行くね」
大人しく母が部屋から出て行ったので、着替えを開始する。
さっさと着替えてご飯が準備してある部屋へと向かおうとするとコンコン、とノックが聞こえた。誰が訪ねてきたかなんてわかっている。妹の小姫だ。お母さんが訪ねてくる時はノックなんかしないでいきなり扉を開けて入ってくるから。
「いいよー」
返事をして入室を促す。
何用だろうかと思ったら、新しい中学の制服を着ている妹が部屋に入ってきた。
「どうよこれ。超似合ってるとおもわない?」
くるん、と一回転してポーズをとる。短めのスカートがひらりと揺れ、瑞々しい太ももをが華麗に披露された。うん、あとでスカート丈を直そうね。
「おおー、可愛い可愛い。さすが私の妹だよね~」
「なにその言い方? 心がこもってない…っつーかムカつく!!」
ゲシッ!
「痛っーッ!!!」
私の褒め方が気に入らなかったようでローキックをお見舞いされた。おのれ、姉を足蹴にするとはなんて奴だ…言い返すと倍になって返ってくるので何も言えないけど。うーむ、ここは機嫌をとるために真面目に言ったほうがいいかも……
「うん、すごい似合ってる。本当に可愛いよ」
「……あ、やっぱり?」
ちくしょう、蹴り返してやりたい。
「でもセーラー服ってどこも似たようなもんだし、前の学校とあんまり変わってないでしょ?」
「えー、微妙に違うじゃん。ほら、こことかラインのところとか、ボタンの位置とか」
んん~??
一生懸命に違うところをアピールされても違いがよく分からない。私はあまりオシャレとか服にこだわらない方だし、大雑把な性格だからかもしれない。
……その中学の制服は私も昔3年間は着たし、見慣れてるっていうのもある。
「はぁ、いくら説明してもお姉ちゃんにはわからないかぁ」
「悪かったね、違いのわからない姉で。それよりほら、ご飯出来てるみたいだから行こ」
「つまんなーい」
頬を膨らませた小姫を置いて、先に部屋を出ることにした。
「あらぁそぉなの~?」
「はい、そうなんです」
「?」
顔を洗おうと洗面所に行く途中、母と誰かの話し声が聞こえてきた。お客さんが来ているのだろうか?
顔を洗う前に、誰が来ているのか気になって部屋を覗いて見ると、例のお隣に住んでる少女がそこにいた。なんでこの家にいるんだろうと疑問に思いながら、二人が楽しそうに話しているのを盗み見ていたら、無駄に勘のいい母に見つかってしまった。
「あらやっと起きてきたわね日向。まったくこの子ったら寝ぼすけなんだから」
「おはようございます、日向さん」
「お、おはよう」
にっこりと微笑んで挨拶をされたので、反射的にこちらも挨拶を返した。
急に話しかけられると、やはり反応がぎこちなくなってしまう。
「もうお昼なんだけどねぇ」
チクチクと母の言葉が胸に刺さる。まあいつものことなのであまり気にしてはいないけど。
それよりも気になるのは――
「なんで椿がここにいるの?」
「あらアンタ、いつの間に椿ちゃんと知り合ったのよ」
「引越し当日に初めて会って、昨日は荷物運ぶの手伝ってもらっちゃった」
「あらあらあら、ごめんなさいねぇ。大変なこと手伝わせちゃって」
「いえ、私、力が弱くてあんまりお手伝いできなかったので」
「いいのよぉ、ありがとねぇ。日向は馬鹿力だから気にしないでいいのよ」
好き勝手言ってくれちゃってまぁ。
どうやら母は椿のことを気に入ったらしく、とても楽しそうに会話していた。椿の方も嫌そうな表情じゃないので迷惑ではなさそうだ。
「朝、べランダに出たら椿ちゃんが洗濯物干してたから、うちに連れてきちゃったの」
「……なに拉致ってんの。ごめんね、お母さんがいきなり」
「気にしないで下さい。恵美子さんと話していると、とても楽しいですから」
恵美子は母の名前だ。若い子におばさんと呼ばれるのを嫌がる人だからきっと「名前で呼んでね♪」とでも言ったのだろう。
「き、聞いた日向!? この子、凄く良い子だわ!」
「うんそうだね。本当にね。お願いだからそんな天使みたいないい子に迷惑かけないでね……」
うっとりとしている母を放って置いて、私は顔を洗いに洗面所に行くことにした。
母に付き合わされている椿が心配なので早く戻ってこよう。
「あ、日向さん」
急いで顔を洗って戻ってくると、部屋には椿がポツンと座っていた。
ここにいるはずの母と妹の姿が見えない。
「……うちの母と妹は?」
「恵美子さんは台所で、小姫ちゃんは遊びに行ってくるそうです」
「そっか、ありがとう」
教えてくれた彼女にお礼を言って、向かい合うように座る。
それから何を言えばいいのかわからず黙っていると、やけに静かで心なしか空気が重い。……ここは何か彼女のことを色々と聞くべきだろうか。聞きたい事は沢山あるのだけど、まず何を聞くべきか、何を聞かざるべきか。ごちゃごちゃと頭が混乱してしまい、なかなか話しかけることが出来ない。
(ええい! 深く考えないで聞きたい事を聞こう!!)
「あ、あの!」
「はい?」
「えっと、その…」
勢いに任せてきりだしたのはいいけど、何も考えないで話しかけたので言葉に詰まってしまった。
「その、ご趣味は何ですか?」
ようやく口から出てきたのは、お見合いの席で使われるような質問の言葉だった。もっと捻りの効いた質問とか気の利いた言葉とかを言えない自分の口が情けない。
しかし椿は特に気にする事もなく、少しの間考えてから質問に答えてくれた。
「趣味…は絵を描くことです」
「絵って、風景画とか、似顔絵とか?」
「いえ、リアルな描写が苦手なので、絵本とかに使われているキャラクターのような絵を描くのが好きです」
「へー、よかったら今度見せてくれると嬉しいなぁ」
「え、ええっ!?」
椿は顔を少し赤くして驚いた顔をしていた。
「い、嫌だったら別にいいんだけど」
見せたくないのなら無理に見たいとは思わない。
「いいえ、その、恥ずかしいですけど、今度、お見せします」
「ありがとう。楽しみにしてるね」
彼女がどんな絵を描いているのか興味があるので、見せてもらえる事になって嬉しかった。
「日向さんのご趣味は何ですか?」
「そうだなぁ……やっぱりお菓子作りかなー」
色々やったけど、飽きっぽい性格のせいでどれも長続きしなかった。でもお菓子作りだけは、飽きることなく長い間ずっとやってる趣味だ。最初は幼馴染に美味しいと言って欲しくてムキになって作っていたけど、作っているうちにどんどん楽しくなってきて、今では自分で考えたオリジナルのお菓子も作るようになった。自分が作ったお菓子を食べて『美味しい』と言ってくれる人がいるから余計にやめられない。
お菓子作りは大好きだけど、もちろんお菓子を食べることだって大好きだ。
「そうだ。作ったクッキーが残ってるから食べてみる?」
「え、いいんですか?」
「味の保証はできないけれどね」
実は自信作なんだけど、臆病な私は予防線を張っておく。毒舌な幼馴染に鍛えられているので辛口の感想には耐性があるけど、やはり微妙な反応をされるのは怖い。
台所に置いてあったクッキーと即席の紅茶を淹れて彼女の元へ持っていく。すると彼女は、お皿に並んだクッキーを見て綺麗な濃茶色の瞳を輝かせた。
「わぁ、凄く美味しそうです!」
「でへへ」
やだ、照れちゃう。
まあまあお一つどうぞと勧めると、彼女はクッキーをつまんで口の中に入れた。もぐもぐと確かめるように動かして、ごくりと喉を揺らした。さてさて、私の特製クッキーは彼女のお口に合ってくれただろうか。
「お、美味しいです! これ、本当に日向さんが作ったんですか!?」
「うん。まあ、一応」
「本当に凄く美味しいです。このクッキー、ココアとアーモンドが混ぜてあるんですね。それに固すぎず柔すぎずの程よい舌触りで、なんだか優しい口当たりでした」
クッキーは昔からよく作っていて自信があるお菓子だけど、そこまで丁寧な感想を言われると気恥ずかしい。
「お菓子作りの他に、あと寝ることも好きかな~」
それは趣味といえるのかはわからないけど、のんびり寝ていると幸せな気分になれる。
「そういえば椿はお母さんと二人暮しなんだよね? 料理とか自分で作ったりするの?」
「はい、お母さんが仕事で忙しいので、家事は私がやっているんです」
「そうなんだ」
なんとも目から鱗な話だった。まだ若いのにしっかりしてるんだなぁ。
なるほど、母がこの子のことを気に入るのも当然だと思った。
それから色々な話をしたり携帯のアドレスを交換したりしていたら母がご飯を持ってきたので、皆で食事をする事にした。
「ごちそうさまー」
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「いえいえ、お粗末さまです」
「それじゃあ私、そろそろ家に帰ります」
「あら、もう帰っちゃうの~?」
「お母さん、引き止めちゃ駄目でしょ。ああもう、そんな顔もしないで。椿が困ってる」
まだ話したりないのか、ぐずって彼女を引き止めようとしているのを阻止する。
椿は私たちのやり取りを嬉しいような困ったような、複雑な表情で笑っていた。
「ご迷惑でなければ、またお邪魔させていただきます」
「んもぅ、迷惑どころか大歓迎なんだから!是非是非また来てね」
「はいっ」
椿が立ち上がったので、私も同じように立ち上がる。
「あら日向どこにいくの?」
「欲しい本があるから本屋さんに行ってくる」
お気に入りの雑誌の最新号が今日発売だったのを思い出したので、買いに行くことにした。
「この辺りに本屋さんなんてあったかしら。場所は知ってるの?」
本屋の場所ならもちろん知ってるとも。
この町にある本屋はわかり辛いところにあるので、地元民じゃないとなかなか見つけられない。
「あの、よかったら私が案内しますけど…?」
「や、昨日も手伝ってもらったし、また迷惑かけるのも申し訳ないから」
「気にしないでください。この町の書店は少し見つけにくいところにあるので、地元の人でないと探すのが大変なんです。それにどうせ暇ですから、お邪魔でなければ案内させてください」
私を気遣うように、目の前の少女はにっこりと優しく微笑む。その笑顔はまるで天使……いや聖母様のようだった。
「ううっ、眩しい…!」
いい子すぎて直視できないっ!
「え?……え?」
「ごめんね椿ちゃん。悪いけどこの子の面倒を見てあげてくれる?」
「わ、わかりました」
「よろしくお願いします」
いまさら本屋の場所を知っているとは言い出せなくて、結局椿に案内してもらう事になった。
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