第2話 回想



「遅い」


 生い茂った草を掻き分けて辿り着いた庭に立っていたのは、二つ年下の可愛い女の子。けれど可愛らしいそのお顔が不機嫌そうに歪んでいたので、思わず後退りしてしまう。


「遅いって、たったの五分遅れただけだよ?」

「駄目よ。そんな言い訳が社会で通用すると思っているの?」

「……そんなの大人になってから気をつければいいよ。まだ子供なんだから見逃してよ」

「今からちゃんとしていないと大人になってから後悔するわよ?」

「はいはい」

「はい、は一回でいいの」

「………はい」


 これ以上反発しても無駄だと思ったので、おとなしく彼女のいう事を聞いておく。まるで母親のように厳しく注意する彼女は年下のはずなのに、私より大人でしっかり者だった。背は私の方が高いから見た目は私の方が年上に見えると思うけれど。

 私は服についた葉っぱを落としてから、目の前にある大きな屋敷を見上げる。彼女の家は古くから続いている立派な家柄らしく、難しいことはよく解らないけれどとにかくお金持ちというやつだ。


「…勉強はもう終わったの?」

「休憩中」

「あ、終わってないんだ。…私と遊んでても大丈夫?」

「後でちゃんとやるから問題ないわよ」

「ならいいけど」


 お嬢様である彼女は習い事や勉強ばかりしていて遊ぶ時間が殆どない。だから私は家の人に見つからないように玄関からではなく、裏手の森にある秘密の抜け道を通ってこっそり彼女の元へ遊びに行っていた。今私たちがいるこの場所は滅多に人が来ることがなく、さらに死角になっている為、誰にも見つからないとっておきの場所なのだ。

 いつものように大木の陰に隠れるようにして、私たちは根元に座る。


「私って、勉強の邪魔になってない?」

「べつにそんな事気にしなくていいわよ。勉強ばっかりだと息が詰まるからいい気分転換になるわ」

「そっか」


 無理に付き合わせてしまっているんじゃないかって気になったから、そうじゃなくて良かった。ほっとしてだらしなく顔が緩んでしまう。


「ねえ」

「うん?」

「今日は何して遊ぶ?」

「むむむ、そうだなぁ」


 いつもは本を読んだり、ボードゲームをしたり、ずっとお喋りしたりしている。私たちが遊べる場所はこの秘密の場所だけなので、できることは限られているのだ。家の人がいない時は、こっそり外に出かける時もあるけれど、それは本当に稀だった。だから私たちは基本ここでしか遊べない。


「今日はいい天気だしお昼寝しよっか。勉強の疲れもとれるよ」

「またぁ? 貴女はいつもそればっかりじゃない」

「えへへ、うん。ポカポカ暖かくて気持ちいいよ? お昼寝は最高だよ?」


 暖かい太陽の日差し、揺れて奏でる優しい木々の音、そして心地よい風が眠気を誘う。話しているうちに段々と眠くなってきた。


「……もう眠たそうね。遊びに来てすぐに寝れる図太い神経が羨ましい」

「あはは…は…ごめ、ん」


 申し訳ないと思っていても睡魔は容赦なく襲ってくる。


「ま、別にいいけど。起こしたらちゃんと起きてよね」

「…はーい」


 一緒に寝ようと言うつもりだったのに、あまりの眠たさに口が動かなくてそのまま目を閉じてしまう。私はよく彼女の隣で眠ってしまうけれど、彼女はいつだって私が起きるまで本を読みながらただ静かに待っていてくれる。だから今日こそは、彼女と一緒に寝ようと思っていたんだけど。


「おやすみ――――」


 最後に彼女の穏やかな声を聞いて、私の意識は深く深く沈んでいった。

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