Warm Place
ころ太
第一章 tadaima
第1話 少女が最期に願ったこと
私には、幼い頃に出会ったあの日から、いつも一緒に遊んでいた女の子がいる。
彼女は私よりも年が二つも下のはずなのにいつだって偉そうで、常に堂々としていた。
古くから続く由緒ある家の娘で才色兼備な彼女は、それこそ絵に描いたようなお嬢様で。待ち合わせの時間を一分でも過ぎれば機嫌を損ねて私を罵り、テストで悪い点を取れば厳しい表情で何時間も説教をし、何もない道で転べば精神的に人を殺せるのではないかと思うほど冷ややかな眼で見てくる。
普通ならば嫌われているのではと思えてしまう彼女の言動の数々に落ち込むこともあったけれど、時折見せてくれる小さな笑顔や、刺々しい言葉に隠された優しさを知っているから、友情を疑うことは一度もなかった。
彼女が本当のところ私の事をどう思っていたのか、今になってもよく解らないけど。聞いても君は絶対に本心を教えてくれなかったけれど。私の事をほんの少しでも友達だと思ってくれていたのなら。私と過ごした時間を“楽しい”と思ってくれていたのなら、私は、それでよかったのだ。
(あはは……)
私が作ったクッキーを食べて美味しいと呟いた彼女の無表情な顔が頭に浮かぶ。本当に美味しいの?と聞けば二度も同じ事を言わせないでと怒られたっけ。滅多に笑わず本心をなかなか口にしない、そんな女の子だった。
だから、幼馴染というのに彼女の詳しいことは何も知らない。言いたくないのなら聞かないでいるほうが、彼女の為だろうと思ってずっと何も聞かなかった。
(私ってほんと馬鹿だったなぁ)
テストで悪い点を取るたびに彼女に怒られていたから、おかげで成績は良くなったけれど、根本的な頭の部分はどうやら馬鹿のままだったらしい。もう少し、自分が利口だったのなら、こんな結果にはならなかったのだろう。
これは、自業自得なのだ。
(しかたがない)
それでも自分なりにやれることはやったのだから、いい方なのかもしれない。
自分にしては、上出来の結果だ。誰も認めてくれないだろうけど、自分だけは誇りに思いたい。
最悪の結末を招いてしまったとしても、大切なものだけは、きちんと守ることが出来たのだから。
(でも、すっごく怒るだろうなぁ)
もう目も見えないし耳も聞こえないから、彼女の不機嫌そうな顔も見れないし、凛としたあの声も聞く事が出来ない。そう思うと寂しくて辛かったけど、叱られるのは苦手だから前向きにラッキーと思っておく。
(あ、もう痛くないや)
視力も痛覚も無くなり、終には体を動かす力も無くなったので確認する事が出来ないけれど、私の身体からはきっと大量の血が零れていて瀕死の状態なんだろう。きっともう、私は助からない。
(死んじゃうんだ)
そういえば死ぬときは笑いながら死にたいってふざけて言ったことがあったっけ。それを聞いていたあの子は不機嫌そうな顔で何かを言いたそうにしていたけど。
(でも結局、最後は笑ってる余裕なんてなかったみたい)
せめて一言、お父さんやお母さん、そして妹に何か言えたらよかった。
せめて一目、もう一度、みんなの顔を見たかった。
他にもあれをやっておけばよかったとか、これを言っておけばよかったとか、やり残したこしたことを数えるとキリがない。
思い返せば色々な心残りが湧いてくるけど、こうなってはもう仕方がないから。
(彼女は、大丈夫かなぁ)
私の人生はここで途切れてしまうけれど、彼女の人生はこれからも続いていく。
もう自分は何も出来ないのが悔しいけれど、どうか、幸せになって欲しい。
たくさん、たくさん、幸せになって、笑って欲しい。
誰よりもいっぱい笑って、生きて欲しい。
意識が掠れて、何も考えられなくなってくる。
段々とこの世界から自分が消えていく。
最後に見た彼女の悲しみに染まっていた顔が頭の中でぼんやり再生される。
笑顔じゃなくてもいい。
どうせなら、もっと彼女らしい顔が良かった。
そう願ってしまうのは贅沢かな。
(……ごめんね…)
伝えられなかった言葉と共に、私はゆっくりと息をひきとった。
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