4「幽霊」

「それが、この学校の七不思議、その六です」

 屋上では雫が、恵美に対して七不思議を語り聞かせていた。

「……でもどうして、三年八組が倉庫だったってことが七不思議に入るの?」

「それを、今から説明するんですよ」

 雫はその場にしゃがみ、床面を指で押す。

「実はここの辺り、床が凹んでるんです」

 恵美も確かめてみると、確かに一部だけコンクリートが入っているとは思えないくらい柔らかい場所がある。

「これって欠陥工事?」

「いえ、倉庫になる前は教室でしたし、建設当初はこんな風に凹んでいませんでした」

「じゃあ何で凹んだの? 何でコンクリで埋めないの?」

「……七不思議の四つ目って何でした?」

「え、『しずく』って名前の生徒は入れてもらえないってのだっけ?」

「そう、それの理由ですよ」

「確かこの学校で行方不明になったって子がいて、その子の名前が『しずく』って名前だったから……」

「その行方不明になった子は、この屋上に閉じ込められたんです」

「何で? てかどうして知ってるの?」

 その質問には答えず、雫は続けた。

「その子はそこで昼休み、お弁当を食べていたんですよ。その時屋上は特に立ち入りが禁止されていた訳ではありませんからね、カギさえあれば入ることが出来ました。彼女は天文部の部長だった関係でカギを持っていましたから。独りで黙々と食べる、それが日課でした」

「それで、その時何があったの?」

「とある男子生徒が訪ねてきたんです。彼は天文部の後輩で、彼女のことが好きでした。しかし、彼は口下手でした。彼は周りに誰もいないことに勘付くと、いきなり彼女を強引に押し倒そうとしたんです。抵抗して揉み合っているうち、ふとしたきっかけで彼女の体は床に勢いよく叩き付けられ、その時に頭を強く打ってしまいました。後頭部から血も出てきたので彼はパニックになったのでしょう、その場に置いてあった屋上のカギを掴み、そして扉を施錠して立ち去ってしまいました」

「──それ、フィクション?」

 恵美はその話が信じられず、思わず聞いた。しかしそれも無視される。

「天文部という地位が災いしたのでしょうね、職員室のカギが持ち去られていなかった関係で屋上の捜索は行われませんでした。すぐ治療を受けられれば彼女も助かったかもしれませんが、そのまま彼女は亡くなってしまったのです。誰にも見つけてもらえないまま、ね」

 雫はただ淡々と、まるでその話に立ち会ったかのように語る。

「部長が行方不明になったこともあり、天文部はしばらく活動を行えませんでした。活動を再開したのは一年後、原因となった彼が天文部部長だった時でした。彼は屋上での天体観測も再開します。しかし場所は特殊教室棟の屋上。彼は恐かったからです。彼女はしばらくの間誰にも見つけてはもらえませんでした」

「しばらくの間ってことは、結局見つけてもらえたの?」

「原因となった、彼が」

「……どういうこと?」

「彼は何事もなかったかのように勉強し、大学へ行き、そしてこの学校に戻ってきました。しかしその頃、学校では幽霊の噂が絶えなくなっていたのです。特にここの真下の教室はひどく、あまりにも噂が絶えなかったため倉庫に転用される有り様でした」

 つまり今の三年八組教室、と雫は小さく付け足す。

「それで、どうしたの?」

「彼は屋上に行きました。そして彼女の亡骸が、まだそこにあったのを発見したのです。その亡骸はまだ腐りかけでした。しかしそれはおかしなこと。事故から五年以上経っているのに、雨ざらしの状態だったのに、まだ肉が残っていたのですから。彼は怖くなりました。彼は一心不乱に働き、そして学校の予算を管理できる立場まで上り詰めました。ちょうど、配水塔が更新される時期でした。彼は屋上の強化工事として一層コンクリートを被せることを主張し、そして彼女が今だに腐りかけのまま放置されているこの場所だけを凹ませて、工事を行わせたのです」

「でもここだけ凹ませるって、不自然だと思うけど。作業は業者が行うものだし」

「彼はオブジェを被せて偽装し、そしてそれは取り外せないと嘘をつきました。結局、そのオブジェの周りだけが窪んだ状態で配水塔の工事も怪しまれないまま竣工となります。しかし彼にとって、大事なのはそれからでした。工事が終わった直後、彼自身の手でギリギリまでモルタルを詰め、業者が施工したものと同じ防水シートで上を覆いました。かくして、彼の偽装は完成したのです」

「完成って?」

「何なら見てみてもいいけど、ちょっとショックが大きいですから。七不思議の七つ目を聞くだけで出来れば納得して欲しいと思います」

「七つ目?」

「ええ、七不思議の七つ目。『この七不思議は──」

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