02

 翌朝。ケイに調査計画書を渡し俺は事務所を出る。向かう先は、依頼者の自宅の方面。

「ユウキは陽動で、あたしが本命なのね」

 ケイが計画書を一通り眺めて呟いた感想が、この調査計画の核心といっていい。変化は周辺環境によって引き起こされる。ならば、その環境をちょっといじってやればいい。

 依頼者の自宅は閑静な住宅街に並ぶ、ごく普通の一戸建てのうちの一軒。ゴミ出しをしている主婦や、元気に走り抜けていく登校中の児童、駅へ向かうサラリーマンなど忙しい朝の人々が俺の視界へと映る。その目を避けるように、俺は電柱の物陰へと隠れた。

 別に、依頼者の妻を尾行しようとしている訳ではない。確かに正攻法ではあるが、とても一週間で尻尾を出すとは思えないからだ。としたらどうするか。先ほど言った通り、周辺環境をちょっとだけ、いじってやるのだ。つまり、


 調査対象は、隣の奥さんだ。


 依頼者の自宅の左隣。ゴミ出しを終えて戻って来たらしい年配女性の顔を確認した。人生の疲れをその顔に溜めたのだろう、深くしわが刻まれている。浮気とは無縁そうなこの女性をターゲットに仮定することで、こちらはアクションが起こせるのだ。表札を確認すると、「村井」とある。

 さて、大胆な方法と行こう。俺は依頼者宅の方のインターホンを押した。チャイムが鳴り、家の中からも呼び出し音が聞こえてくる。数十秒経って、機械を通して女性の声が響く。

「はい、なんでしょう」

 依頼者自身はすでに会社へと出ていることは、把握済み。妻・安子さんの声だ。

「わたくし、押水探偵事務所の者です。お隣の村井さんの奥様について、少々お話を伺いたく」

「は?」

「少し込み入った話になりますので……」

 別に本当の調査ではなく、あくまでもプレッシャーを与える方策だからインターホン越しに言ってしまっても構わないのだが、そこはリアリティーを与えるためもったいぶった話し方をしておく。

 少しして、玄関のドアが開いた。門を開け、中へと誘導される。

「隣の村井さんが、何か」

「実はですね、村井さんの奥様について現在浮気調査を行なっているんですが、何か変わった行動を見かけたなどの情報はないかな、と」

 あるはずがない。村井さんは浮気をしていないのだから。いや、万が一の可能性は無きにしもあらずか。

「私は、特には見かけていませんが……」

「なるほど、協力ありがとうございました。今後も協力の方、求めるかもしれませんがその際はよろしくお願いします。──あ、もちろんこの件はご内密に」

 頭を下げ、元いた物陰へと戻った。これで、不審がられず堂々と行動確認を取ることが出来る。


 もちろん、依頼者の妻・安子さんのだ。

 

 一時間ほど経った頃だろうか、玄関のドアが開き、中から安子さんが出て来た。化粧をし、どうやらよそ行きらしき服装。高級そうなバッグ。こちらに気づき、軽く会釈をする。

 そのまま、歩いてどこかへ去っていく。俺は袖口につけたマイクに口を近づけ、スイッチを入れた。

「ケイ、出番だ」

『まかせて』

 耳につけたイヤホンから、少女の声がする。

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