第百四四話 姉救出作戦 その3

 「あ」




 メアリーは身構えていたので、しゃがみこんで斬撃を回避する。


 剣は壁に突き刺さり、長いもので1メートルは行くのではないかというくらいの長いひびが入った。




 「なに......!」




 地面に貼りついてる部分に顔を出しているピルは、予想に反したのか声を出して悔しがる表情を浮かべる。


 それでも、またしつこく透明になる。




 「やっぱりそうだ......」




 メアリーはさっき感づいた通りだと確信する。


 ピルは姿を隠しても、鏡やナイフとかの反射するものには写ってしまう。




 (ドラキュラの逆バージョンみたいな感じ......)




 メアリーはふと、ドラキュラの伝説を思い出す。


 ドラキュラは鏡には映らないという特徴があるが、ピルはその逆ということになる。


 逆ということはにんにくは大好物なのだろうか?


 ともあれ、やっとこさ弱点を一つ見つけることができた。


 次はそこをどうやって突くかである。




 (そうだ)




 そこでメアリーは一つの方法を思いついた。


 反射物に移るのなら、それを万遍なくばら撒けばいい。


 彼女はナイフを取り出したかと思うと、一心不乱に投げ始めた。




 「ハハハ、血迷ったか!?」




 ピルの声が周りに移動するように聞こえた。


 そんなのには耳も科さずに、残り数本だけを残して全て地面に撒かれた。


 舞台を自分有利な状況に整えた。




 「よし、後は......」




 と思えば、早速罠にかかった。


 数本のナイフが、ピルのこちらに向かってくる影を捉えた。


 しかし、そっぽを向いてあえて気づかないふりをする。


 彼女の思惑通り、体を変形させ、ついに姿の現し始めを捉えた。




 (来た!)




 メアリーはさっそく時を止めると、残ったナイフを全部取り出し、ピルに向かって投げる。


 すぐに解除すると、ちょうど姿を全て現したピルの全身に刺さる。




 「......え」




 ピルは何が起こったのか分からなかったのか、少しの間、文字通り目を点にさせて硬直させていた。


 その跡に、何かを悟ったように目の窪みを大きくさせ、口を広げる。




 「ま......まさかそのための......」




 さすがに自らの弱点については承知していたそうだが、まさかナイフをめちゃくちゃにばら撒いたのも、それを見事に突いた作戦であることは知る由もなかったようだ。




 「ふふふ、我ながら実にいい作戦! これで戦局は逆転っ!!」




 メアリーは自分の名采配に酔いしれる。


 実に爽快であった。


 もちろん偶然ではない、無欠に思えた相手の弱点を見つけ、そして自分が考えた作戦にまんまとはまったのだ。


 これで勝利までの道は大分近づいたように思えた。




 「......くっ、だからと言って俺は死なないのだ、俺は不死身なのだ!」


 「......あ」




 そうだ思い出した、こいついくら刺しても死なないんだったと、メアリーは思い出した途端心中がっくしする。


 折角の作戦も、相手が倒れる致命的なものでないと全く意味がない。


 勝利への期待も、少しというかだいぶ薄らいで、喜び損のように感じた。




 「......で、でも、こっちが有利になったことは間違いないわ!」


 「へ、そうかい。せいぜい頑張るのだ。体力使い果たして死ね!!」




 ピルはそう叫ぶと、透明化をせずに地面をすり抜け始めた。


 しかし、本当に不死身なら、それにしては随分余裕が無さそうにメアリーは見えた。


 ピルを追い詰めているのは間違いない。


 そして彼が不死身ではないだろうということも、また推測できた。




 (神から与えられてない限り不死身なんてありえない、絶対に何かある!)




 メアリーはそういう望みを持ちつつ、ピルに立ち向かおうと心の準備を整える。


 早速、ナイフの一本が、メアリーの背後からピルが襲おうとしているのを映していたので、ためらいもなく世界凍結を発動する。


 後ろを振り向くと、細長く状態を保っており、まだ攻撃の形態にすら整えていない様子。


 問題は、どうやって攻撃するかだった。




 「ナイフで斬ってもどうせ無理だろうし......うーん......」




 発動中だけでも体力が擦り減らされていくのにも関わらず、メアリーはしばらくそのまま悶々と考え続けた。


 その結果たどり着いたのが、『打撃』だった。




 「......よし、殴って蹴ろう!」




 さっきのメアリーにしては頭脳的な作戦からの、この単純な考え。


 メアリーにはナイフと、あとは素手素足ぐらいしか武器がなかった。




 「そらっ!!」




 メアリーはピルを一発殴ってみると、かなり固かったが、風穴が一つ空いて、破片はその場に止まる。


 時が止められた状態で体を動かすと、通常の何倍もの体力が必要になるので、これだけでもそれなりに着かれる。


 それでもメアリーは構わず、何回か殴ったり蹴ったりして見せる。




 「よし、これで......」




 新たな前衛芸術みたいにグチャグチャに歪みまくったピルを眺めながら、能力を解除させる。


 させるや否や、ダメージを0秒の間に蓄積されたピルの体は風船のように盛大に弾け飛んだ。


 その際に、何かビー玉みたいなものが自分の近くに落ちる音がした。




 「ん?」




 それに気づいたメアリーは多少息切れをしつつ右横を振り向くと、やはりピンクのビー玉が転がっていた。


 何だろうと思った途端、ピルの破片が急いで隠すようにさらって行った。




 「え、なに今の......」




 そう思っているうちに、ピルの体はあっという間に完全に集まってしまった。


 だが、その顔は決してこの状況を楽観視しているような感じではなかった。


 それどころか、動揺すらしていた。


 それも、今の攻撃を予測していなかったとか、そんなものではないように感じた。




 「お、おのれ......!」




 さっきにも増して動揺していたピルは素早く跳びあがって天井に潜り込む。


 なんというか、完全に冷静ではなくなっていた。


 まるで、命の危険に瀕しているような、そんな感じだった。




 (これはもしや......)




 どうやら、あの半分無茶だと思いながら実行した打撃攻撃だったが、うまく行ったようだ。


 あのビー玉が、ピルの命運を握っているに違いないと思った。


 違うなら、あんなに素早く回収する必要性もない。


 本当の本当に、攻略への糸口が見えたような気がした。


 そう思っていると、今度は上から、ピルが落ちてくるのを察知した。




 「そこだっ!」




 好機と見たメアリーは世界凍結を発動、瞬く間にすべてを凍らせる。


 メアリーは空中にぶら下がっているピルを、穴やへこみがないくらいに叩きつくす。




 「お願い、どうか......!」




 再びビー玉が露わになることを、メアリーはすぐに時を動かした。


 さっきのようにピルの体は飛び散って、とうとうあの、ビー玉が落ちる音を背後で聞きつける。




 「来たっ!!」




 メアリーは度重なる能力の発動で息を苦しくしながらも、後ろに回ってビー玉を追いかける。


 しかしピルもそれを防がまいと、身体をビー玉に寄せ集める。


 ビー玉が手が届く距離にまで近づくと、メアリーは地面に落ちていたナイフを取り出して、それを砕こうとする。




 「無理なのだっ!!」




 だが、その腕はピルの必死の抵抗で、手首が巻きつけられて拘束されてしまう。


 もう片方のでやろうとするも、それも同じように固められてしまう。




 「くっ......!」




 メアリーはたまらず時を止める。


 両腕は防がれている、ここから破壊は無理だろうか。


 ......いや、片足がある。


 片足をビー玉を踏める距離にまで来ている。




 「おりゃあああああ!!」




 メアリーは力を絞って足を上げると、思いっきりビー玉を踏みつける。


 グシャっと潰す感覚と共に、ガラスが割れる君の良い音が響く。


 その足をどけてみるとビー玉がペシャンコに割れて潰れていた。




 「......や、やった......?」




 いや、まだわからない。


 時は止まっている、すなわち、今の状態じゃピルは死んだかどうかは分からない。


 メアリーは体を動かした興奮と緊張で心臓をバクバクさせながら、時止めを解除させた。


 その途端に、自分にまとわりついていたゼリーが溶け始めた。




 「そ、そんなあああ......!」




 やはりあれがピルの心臓だったようだ。


 顔の形の役割をしていた窪みも、間もなくどろどろに液化してその原形を無くしていき、やがて完全に液状になってしまった。




 「......はぁああ、終わったぁ」




 ピルが倒されたと確認するや否や、大きく息を吐いて上半身の力を抜く。


 ここまで白熱した戦いというのも初めてだ。


 そしてミカの敵が取れたことが何よりもうれしかった。




 「お姉様......やりましたよ私......」




 そう思えば、ミカは牢屋の中に閉じ込められてるんだった。


 どうしようかと辺りを見回していると、ピンクの水たまりの中に光沢のあるものを見つけた。


 それを拾ってみるとで鍵あった、メアリーは迷わずミカの牢屋の前へ駆け寄る。


 ミカ顔を下に向けてぐったりとさせている。


 メアリーは急いで牢屋の鍵を開け、ミカを縛っている手枷足枷も取り除き、倒れてきたミカを抱く。




 「お姉様、もう助かりましたよ」


 「メアリー......」




 弱い声でメアリーの名前を言ったミカだったが、その後にメアリーを自分から抱きしめた。


 何だろうと思ったら、すすり泣きをする声を聞いた。




 「怖かった......ありがとう......」




 ミカがメアリーに泣くという弱みを見せたのは初めてだった。


 それだけミカが精神的に追い詰められているということだったのだろう。


 それは、いつ殺されるかもわからないこの環境下で何も口に入れずに3日生き抜くなど、普通なら精神がおかしくなってしまう。


 それでもこの瞬間まで相手に刃向う姿勢を取ったのは、本当に尊敬以外に思いつく言葉が見当たらなかった。




 「お姉様......」




 メアリーは暫く、あえてミカの顔を一切見ることなく、慰め続けた

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