第百十二話 蟻の巣作戦 その4

 「はぁ......はぁ......」


 アイラが息を荒くしてなおナイフを浴びせ続ける。

 それに対してウォルトはムチを巧みに操って尽く弾いている。

 あたりには鉄が時間切れで消滅するときの光が絶えない。


 「もう体力の限界ですか?」


 ウォルトはまだ涼しそうな目をしている一方、アイラは倒すのに必死な形相を浮かべている。

 あれだけ猛烈な攻撃を仕掛けても、彼には最初の不意打ち以外の傷は一切ない。


 「はぁ、中々のムチの使い手だな......」

 「ええ、もう体と一体化したような感じですよ」


 どこに飛ばしてもまるで自分の手のようにムチを操り、弾き飛ばすという寸分狂わなう技術の持ち主だとは予想外ではあった。

 だがそれより深刻なのは......。


 (私の体力不足か......)


 今まで息をゼエゼエさせての戦いは無かった。

 それは、いつも長くて僅か数分で決着を付けるという、速攻型の戦闘スタイルだったからだ。


 今回もそうするはずだった、そして全力で攻撃を仕掛けた。

 だがもうアイラの体感で15分は経過しており、ここで初めて自分の体力のなさに気づいた。

 彼の戦術に見事に乗っかってしまったわけだ。


 「......へっ、短距離走で勝負を挑もうとしたら、はぁ、いつの間にか長距離走に誘導されたってところかね......」

 「私の作戦勝ちですね。あなた欺くのは得意でも、闘いの中で弱点を見つけ出し、柔軟に作戦を企てるのは苦手なようですね。特に私みたいな相手には」


 アイラは否めなかった。

 いざ戦いになると騙すという手法は使わなくなり、全方位から囲むように武器をまき散らす戦術がほとんどであった。

 このゴリ押しで、弱点など関係なしに今まで何とかなったのだ。

 だがこうも涼しい顔をされて防がれると、アイラはだんだんと熱くなり、自棄になってしまう。


 アイラにとって、この敵は彼女に与えられた試練と言ってもいい。


 「ああ、たしかにそうかもな、ちと熱くなっちゃうところがあってな......」

 「ならそうならないように頑張ってください」


 ウォルトは唐突にムチをしならせてアイラに攻撃を仕掛ける。

 アイラがそれを回避するたび、叩きつける大きな音が響く。

 そして逃げる先々でそれを予測しているかのようにすぐに革の先がアイラを襲う。


 「乗ってやるよ、その試練をよ」


 アイラは息苦しくそれを必死に避けながら考える。

 ウォルトに対する戦術を......。


 「ウォルト、貴様の弱点はどこだ......」


 ウォルトの弱点を導き出そうとするあまり、攻撃をする機会が極端に減り、今度は防戦一方になってきた。


 「避けてばかりでも駄目ですよ」


 ウィルトは疲れる様子を出さずにムチを打ち続けている。

 いよいよ呼吸が追い付かなくなり、心臓が苦しくなりながらも血眼でムチを振り回すウォルトを観察しているうち、あることに気づく。


 (斜め後ろの攻撃の反応が遅れてる......?)


 アイラの数少ない攻撃の中で、ウォルトの左右の斜め後ろに攻撃したときのみ、反応が遅れているように感じた。

 他はちゃんとムチで防いでいるのだが、その方向だけ、体を逸らして避けている場面がある。


 (もしや......)


 感づいたアイラは、自分の方向に向かってきたムチを素手で握って止めた。

 衝撃が確かに握った掌に伝わり、そこからは血が滲み出てくる。

 だが彼女はその痛みも気にせず、息を切らしながらもにやりと笑う。


 「はぁ......はぁ......へへっ」

 「ムチをそのまま受け止めるとは、あなたも大したものですね」

 「そりゃどうも......」


 適当に流しつつも、ウォルトに刺激されたアイラは思考を巡らせる。

 今まで後ろに回り込む機会がなかったため、後ろがどうなっているかは分からない。

 だが、アイラの観察があっているなら、ウォルトの後ろの目は一つのはずだ。

 それが前の目と同じ大きさなら......アイラの推測にも説明がつく。


 「やあ、貴様の三つ目には恐れ入った......」

 「ほう、何で私の後頭部の目が一つだけだとわかったのですか? まだ一回も後ろを見せていないのに」

 「へっ、それはすぐに分かるさ」


 アイラは一本のナイフを出す。

 油断しているウォルトの右斜め後ろ、彼が見えない場所に......。


 「ほら、これが答えだ」


 そういった瞬間、ナイフはウォルトへと走った。

 そして口を覆っていた鉄のような硬さをしていたマスクを良い響きを奏でながら砕き割る。


 「......!?」


 ウォルトは今気づいたような驚きを見せる。

 アイラの予想どうり、予知できなかった。

 打ち負かしてやったという優越感が込み上がってくるが、かなりの疲労で声を出して笑う元気もない。


 「くっ、弱点を見破られるとは......」

 「なぜ貴様が三つ目だということを分かったと思うか......? それは斜め後ろの攻撃の反応が遅れてたからだよ。貴様の目の形は人に近い。人間の視界は前で大体180度、貴様の場合はそれに加えて後ろにも一つある。」


 アイラは握っていたウォルトのムチの先を放り投げる。

 彼女の血が確かに付着している。


 「はぁ......だがそれだけではその斜め後ろを映すことは出来ない。貴様は忙しなく頭や体を動かしてその弱点を隠そうと必死だったが、その油断が隙を生んだわけだ。まあ四つ目だったら詰んでたけどよ」

 「なんと、私は見事に突かれたわけですか......」


 ウォルトは悔しそうにムチを彼の方に引き寄せる。


 「にしても、貴様の口はいったいどんなゲテモノだろうかと思っていたが......随分と人間らしいもの持ってるな」

 「!」


 アイラがそう言うや否や、ウォルトはその人間らしい口を歪めた後に腕で隠す。

 自分の口にコンプレックスを抱いているような感じだ。


 「......まあ、今回のはあなたの勝ちでいいでしょう」

 「なるほど、自分のその口を隠さないと戦えないほど人間が嫌いな訳か」

 「私たちが戦っていた間にどれだけ外が荒れたのか、楽しみです」


 ウォルトはアイラの言葉を無視するとそう言い捨て、彼女を横切って颯爽と去っていった。


 「......へっ、無視かよ。余程嫌なようだな」


 アイラはまだ乱れている心肺を2~3回の深呼吸で整える。

 そして煙草と点火しにくいオイルライターを取り出すと、何度か点火装置を押してやっと出た小さな火を煙草に近づける。


 「『外が荒れてる』か......」


 アイラもこの意味は理解していた。

 だが、そう心配する必要はアイラには無かった。


 「ま、その外の人たちに任せるとしようか」


 独り言を呟くと、煙草の煙を口いっぱいに頬張った。

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