第百十一話 見えない正体

 アイラは司会者ウォルトと一戦交え、ララはセントを八つ裂きにしようと剣を振り回す。

 ならば三人の内最後の一人、ミカはどうか?


 「邪魔」


 ミカも同じくエネミーを易々と駆逐しながらシェルター内を適当に歩いて回っていた。

 たった今も、彼女のビームで蜂の巣にされたエネミー一体。

 穴ぼこだらけの体はピクピクと痙攣を起こしている。

 彼女の汚れなき白い服装と白い髪は、汚れたらかなり目立つのだが、一切その汚れが付着していない。


 「さて、また散策しようか」


 ミカは死亡が確認されたと同時にそれに背を向け、その場から遠ざかる。

 彼女がこの施設内に入ってほとんどは静寂な時間が占領している。

 静寂じゃない時というのは、ミカが能力を発動した時と、それを受けたエネミーの断末魔ぐらいだ。

 そしてそれはいつもほんの一瞬で過ぎ去っていく。


 「ふぁ~......」


 ミカは口を押さえながらあくびをする。

 まるで公園のゴミ拾いをさせられているかのようなこの任務は、睡魔を少しずつミカへと誘う。

 油断大敵とは言うが、ここまで何の刺激もないとミカと言えども気を緩めてしまう。

 想定よりも出会う敵が少ないのも、先に入ったアイラが手柄のほとんどを取っているか、そもそもここに存在していたエネミーの数が少なかったかだ。


 だがある時、その緊張の糸が急に張った。


 「!?」


 後ろに気配を感じたミカはボーっとさせていた頭を覚醒させ、素早く後ろを振り向く。

 だが視界には光源が等間隔に並べられてある廊下だけが映っていた。


 「......何、今の気配は」


 戸惑いを表に出すミカ。

 気のせいなのだろうか。

 ミカは迫りくるその『気配』に備え、周囲を警戒しながら歩く。

 だが、いつまたっても静かであり、気配の正体が襲ってくる様子はない。


 (いつ来るんだ......)


 その静かさが嵐の前の静けさのような気がして、彼女の中で不安が見えてくる。

 その直後であった、その『気配』が襲ってきたのは。


 「きゃ!?」


 突如右足に激痛が走り、短く高い悲鳴を上げる。

 同時にその足に力が入らなくなり、バランスを崩して前に倒れこむ。


 「な、何......?」


 ミカは何が起きたのか分からず、とりあえず痛みの発信源である右足に目を向ける。

 見るとふくらはぎに切り込みが入っており、そこから血が平らに流れている。

 それを見たミカを動揺が襲う。


 「え、何で、いつ......?」


 この傷は明らかに攻撃された痕である。

 だが周りを見てみても、ミカ以外誰一人としていない。


 「誰よ、出てきて!」


 ミカはそう呼びかけるが、誰かが出てくる気配もない。

 ミカの中で恐怖が芽生えてくる。


 「な、何で、この傷は誰がやったのよ......」


 『正体がわからない』というのは、人間の恐怖心を大きく煽り立てる。

 これは普段は冷静なミカとて例外ではない。


 「出てきなさい、卑怯者!」


 もう一度、声を大きくして叫ぶが、それが虚しく空間を響き渡っただけで誰も出現することはなかった。


 「一体どうなってるの?」


 謎が分からないミカは取り敢えずこの場から動こうと、怪我を負っていない左足を使って立ち上がる。

 そして右足の代わりに壁に手をついて移動する。


 「はぁ、最近完治したばかりなのに......!」


 デュルに怪我を負わされたこの右足が、治った直後にまた怪我をする。

 この足には呪いでもかかっているのでは無いかと思っている最中であった。

 唐突に背中を刃物で斬りつけられた感覚を味わう。


 「きゃああ!!」


 足を斬られたときよりも大きな悲鳴をあげながら、その斬られた衝撃で前に倒れる。


 「ぐ......!!」


 ミカは今度こそは捕まえるぞという勢いで、その痛みを堪えながら上半身を捻らせながら手をばっと後ろにだすと、その方向へと複数のビームが乱射される。

  その時に出来立ての背中の傷がしみるが、幸い傷は浅そう。

 

 ドゴゴォ!! 

 という重圧感のある着弾音を響かせ、それはこのシェルターに入って一番大きいものであった。

 もし背後に誰かいたなら、大抵は木っ端微塵だろう。

 この広いとは言えない通路に巻き上がった煙が勢いよくミカを襲う。

 

 「ごほっ......どうだ......」


 手応えがあった。

 今まで見えていなかった『気配』へのダメージを与えれたような気がした。

 とはいえ、見てみないとわからないので、煙に喉を弄られながらも煙が消え去るのを地面に倒れたまま待つ。

 煙がすぐに消え去った時、そこにはまたしても誰もいなかった。


 「い、いない......?」


 ミカはその光景を見て唖然とする。

 頑丈なシェルターの床や壁は攻撃で焼けた痕があるが、エネミーの肉らしきものは一切ない。


 「んな、ああっ!!」


 ミカのは右足に来た唐突な痛みで三度目の悲鳴を出す。

 弾力のあるものに縛られているような感じである。

 痛みを堪えながらも腕で体を起こして右足を見ると、ピンク色のスライムのような質感のものがふくらはぎにらせん状に絡みついている。

 それに圧迫されて切り傷から血が溢れ出ている。


 「え.......?」


 そのゼリーは足先からも続いており、辿っていくとその元とみられる塊が地面にくっついていた。

 これがミカを今まで襲っていた『気配』の正体か。


 「あ、貴方が......!」


 ミカは気配が可視化できたことによって恐怖と不安は怒りへとエネルギー変換され、すぐさまビームをその物体に打ち込む。

 物体は叩き潰されたゼリーのように無残に飛び散っていった。


 「はぁ......はぁ......やっと倒したわ......」


 いくらか傷は負ったものの、脅威を取り除くことができた。

 ここは新NO.2としてのプライドを見せた形である。


 (せっかくNo.2になったんだ、あの老人に奪還されてたまるか......!)


 未だに足に絡みついている破片を取ろうとした瞬間、そのゼリーはだんだんと剥がれていく。

 何かと思えば、一つのゼリーの塊に引き寄せられていく。

 嫌な予感しかしなかった。


 「嘘でしょ......」


 バラバラになったゼリーの破片が集まり、だんだんと人間の頭部と上半身のような形を形成していく。

 ミカはそれをただ呆然と眺めている。


 彼女はあまりにも相性の悪い相手に喧嘩を売られてしまった。

 肉体が脆い上、短期決戦タイプの彼女には不利な回復系。

 そして何より物理攻撃を使うから、彼女の最大の持ち味である『超適応スーパーアダプト』が全く生かせない。


 身体が完成したとき、顔には両目と口にあたるであろう三本の線が現れる。


 「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ......!!」


 そのエネミーは甲高い笑い声をあげると、三本の線は上下に開き、いずれも両端を釣り上げ、悪魔のよう顔を浮かべる。


 「あ......」


 No.2が戦慄した瞬間であった。

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