第百五話 捜索 その3
シェルターのその一室は設計図と全く違っていた。
何もない空間だったのが、闘技場の様に作り替えられており、そこでは狂気の祭りが繰り広げていた。
その中で、エネミーと見られる生物達が何かを奪い合うように食い荒らしており、外側ではそれをみている別のエネミー達が「殺せ殺せぇー!!」とヘイトを浴びせている。
「え、おい......」
ドアの中に足を踏み入れたアマツは立ち尽くしていた。
そのエネミーの餌は、悲鳴を上げて助けを求めているが、それも虚しくボロボロになっていく。
「あ、あれ、誘拐された人じゃ......」
アリアスはその目の前の出来事を疑うように目を開きながら、その食事現場を指さす。
少し遠めなのだが、間違いなくそうであった。
「おい、どうなってんだ......」
何もかも予想を超えていた。
エネミーがいる可能性は想定していたが、通路以外が埋め尽くされるほどの大多数が存在するなんて思ってもいなかった。
さらわれた人たちの末路が、四肢を引きちぎられ、腸を弄られ、あんなにも無残なものだとは、どうやって考える。
「は......」
悪寒が断続的に続く。
普通の人ならもうとっくに精神が崩壊して狂ってるだろう。
エネミーの死体や内部は幾つもみてきたが、そのときは入隊時以外は時になにも感じなかった。
しかし、それが人間ときたら話は別だ。
出血する場面は見たことはあるが、あんなに堂々と生きた内臓を見せられるとなると、さすがに血の気が引く。
(はぁ、なんとか正気は保たないと......!)
彼はそうやって自分自身に喝を入れる。
ふと、琳が報告するための書記をしているのを思い出し、その仕事をしているか確かめるため彼女の方を向く。
していた、いま何が起こっているのかをメモ帳に冷静に書き記している。
恐怖や怯えを感じる様子が全く感じられない。
「琳、怖くないのか?」
あまりの冷静さに不自然に思ったアマツが訊ねる。
「え? はい」
琳はあたかもそれが当然かのように答える。
「私こういうの平気なんですよ、人の傷なんていくらでも見ましたし」
彼女にそういわれてみると、そういえばと思い出す。
琳は医者としての技術は身に着けているし、衛生兵としての役割を担っている。
それなら人間の中身は何回か見ているはずだし、これなら説明がつく。
(いやまて、それなら......)
解決したかと思えば、またハテナが生産される。
琳が上級に上がったのはその治療技術のおかげであって、実力ではないはず。
なら何故、今ここに彼女が存在しているのか。
彼女の力量はまだ未知数なのだが、それでもあの緊張感と警戒心が皆無の彼女を、わざわざこんな任務に就かせるだろうか。
衛星目的にしては、人数が少なすぎる。
(怪しい......)
アマツが彼女を疑わしく思っていると、琳がそのメモ帳を閉じて、「さあ帰りましょう!」とにこやかに言う。
「お、おう......」
「ええ、もうここに入った時から蒸し暑くて嫌だったわ」
そしていざ3人がそのうるさい部屋から立ち去ろうとした時、誰かが彼らを止める。
「おい待てい!」
ガラガラとした声がしたので、一応フードを深く覆ってから振り向く。
服を着ているので一瞬人間かと思ったが、顔つきが異様なところからエネミーだとわかった。
西部劇に出てきそうな服と帽子をかぶっており、右手には幅が広く湾曲した剣を持っている。
そしてその異様な顔つきというのは、右側が緑色の顔をしているのだが、左側はその皮が剥がれて骸骨が露わになっていた。
「お前ら、そこでなにうろついてるんだ!」
そのエネミーはズンズンと威圧するような歩き方で迫ってくる。
フードの中の温度が急上昇したように感じる。
「あ、いえ......」
アマツは何か言い訳をしようと必死に考える。
しかし、どういって逃れたらいいのか思いつかなかった。
「ん? お前今、喋った? 待てよ......確か『
余計なことをしてしまったかと、さっきとは別で悪寒が走る。
彼らはどうやら『召喚人』と呼ばれているらしいが、それを考えているよりも今の状況をどうにか打破しなければいけない。
しかしやはり、どうしたらいいのか分からない。
ほかの二人も何もする様子がない。
「ん? ん?」
エネミーはアマツに詰め寄って顔を思いっきり睨む。
もしここで戦うとなったら、恐らく勝ち目はない。
このエネミーだけでなく、その周りのエネミーも波のように襲ってき、あの人らのように成り果てるのは必須である。
とにかくこのまま去ってほしいということだけを願うアマツ。
「......まあいいか! もしこいつらがここをメチャクチャにするためにきた人間なら、どうせこのセント様に完敗するだろうからな! ヘッヘッヘッヘ!!」
そのセントというエネミーは高らかに笑うと、そういって一歩下がる。
それを見て少し気を緩めていたら、今度はその剣を鼻の先に突き付けられる。
「っ......!?」
思わず声を漏らしそうになったが、どうやらその召喚人は喋らないらしいので、その人に成りすますため、なんとか喉に栓をする。
「さあ、さっさと人間を献上するのだ!!」
セントが大声で叫ぶと、アマツは首を縦に振って、すぐに後ろを振り返って扉へ向かって一直線。
そのまま部屋の境を越え、それが3人ともできたことを確認すると、彼はドアを閉めた。
「......ああ、死ぬと思った!」
一気に緊張が緩むのを感じた。
「いや、まさかあんな公開処刑場みたいな施設になってるなんて想像できなかったわ......」
「でも、これでいいデータがとれましたよね。これは大戦果でしょう!」
琳の言うとおりか。
さすがの役員側も、これほどの規模は想定していないはずである。
「で、『召喚人』って言ってたよな。あの名前とか、喋らない点とか......人間じゃないとか?」
「多分、召喚っていうからには誰かによって魔術みたいなので呼び出されたとか?」
「喋らないってことは、多分知能は低いですね」
「とりあえずもうここから出ようぜ。こんなところにはもういたくない」
「だね」
その後、アマツらは無事に浅田林太ら役員と月詠会長の元へと戻り、凛だ採取したデータを渡した。
やはり想定外の活躍だったらしいのだが、一番喜んでたのは林太であった。
曰く、「説明がうまく伝わってて良かった」とのこと。
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