第百六話 蟻の巣作戦 その1
「はぁ......」
アイラは煙草をくわえていた後、灰色の煙を口からゆっくりと吐き出す。
「なぜずっと何もない草だけの場所に立ってないといけないんだ......」
彼女はぶつぶつと不満を言っている。
9区や5区などは経済が発達した地域なのだが、生息可能地域の端である21区に入った途端、一気に閑散とする。
特にこのシェルター周辺では、まともな整備をされておらず、自然がほぼ完全に支配している数少ない場所である。
「そしてこのまま敵にお縄につく待てってか......?」
あのアマツらのチカシェルター潜入捜索から少しして、早くもその組織の巣を叩き潰す作戦に出た。
その内容が、彼女がイライラを募らせている理由である。
この、『21区地下シェルター掃討作戦』は、一人は囮役として意図的に捕まりシェルター内に侵入、その後内部で荒らしまわっているうちに残りの二人を投入し、シェルター内にいる全エネミー、及びそれに加担する勢力を排除する。
で、その3人はNO.10の7ララ、NO.2のミカ、NO.9のアイラなのだが、その囮役というのが、このアイラだ。
「別に囮になること自体はいいんだ。だが気に食わないのが、その方法だよ」
その方法とは何か。
なんとこのまま捕まるまで突っ立って待つのである。
人さらいを行う召喚人と言うのは、知能が低いという説が立てられている。
ならばそいつらは怪しむことなく誘拐するだろうということからこうなった。
因みにアイラだと認識されないよう、金髪のウィッグを上から被っている。
「なんて単純なんだ......しかもそれを考えたのが頭の良いあの会長だもんな」
月詠寿之会長のことである。
彼も策略の面では十分な頭脳はしており、その彼が考えた最善の作戦がこれというならやむを得ない部分もあるのだろうが、それでもこの退屈な時間を過ごすというのは苦痛であった。
「まあ、一刻も早くこの『蟻の巣作戦』が始まるのを祈るのみだな」
『蟻の巣作戦』というのは、彼女が独自に命名した作戦名である。
蟻の召喚人が、毒餌のアイラを巣、つまり地下シェルター内まで運び込み、毒餌がすべての蟻たちの体を丸める......といった感じ。
「ネーミングセンスが悪いか? まあ良いだろ」
そうして煙草を口に挟んだまま、空を見上げていると、ガサガサと草を蹴る音がした。
彼女はそれに反応し、ボーッとしていた意識を戻す。
何が接近してくるかは考えるまでもない。
(おいおいもう来たのか、まだ5分ちょいしか経ってないぞ)
この早さは予想外であったが、これも寿之の計算の内なら頭を下げざるを得ない。
とりあえず、彼女はこのまま大人しく捕虜になるだけである。
彼女は丁度フィルターまで吸いきった煙草を吐き捨てると、それを足で踏みにじる。
(さてと、一丁暴れに行きますかな)
彼女は気づいていないかのように振る舞っていると、草をする音はどんどん大きくなっていく。
そしてそれが背後まで近づくと、突然何かを口に覆われ、そのまま急に意識が途絶えた。
※ ※ ※
上半身に拘束感を感じながらゆっくりと目覚めた。
薄暗くて、重圧感のある鉄柵の向こうの光が頼りである。
手を動かそうとするが、手首と腕を後ろに縛られて、動かせない。
やはり近づいてたのは、あの組織だったようだ。
(うん、なんとか入ることが出来たか)
順調に事が進んでいることに、アイラは満足感を感じる。
(にしてもまさか睡眠薬を入れたガーゼを使ってくるとは)
と、所々で人のすすり泣きが聞こえてくる。
薄暗くて良く見えないが、目を集中させてみると人と見られるシルエットが数人ほどある。
捕まったのはアイラだけではないらしい。
「......おい」
その内の一人に話しかけてみる。
ひどく怯えているのは、声からして男性か。
「も、もうダメだ......」
彼は声を震わせて、彼女の呼び掛けにも応じず泣き言を吐いている。
「......あーあ、情けねえな」
彼女は小声で言うと、彼の弱音が面白くて鼻で笑う。
だが、彼を含む、アイラ以外の人らの心境はみな正常である。
アイラの場合は、この状況は彼女自身でどうにでもなると思っているので、恐怖心などない。
というか、これで作戦通りいってるので、寧ろ安心する。
「では皆さん、お待たせいたしました」
柵の向こうでは何やら司会者らしき人物が話している。
とうとう始まるかと思うと、後ろに何かを突きつけられたような気がした。
「?」
アイラが振り向くと、黒いフードの人物が刃物の様なものを目の前に出している。
(これが召喚人か......)
彼が突きつけているのは、見た目の質感から恐らく金属ではない、何かの能力を使って出しているように見える。
そして召喚人は刃物をクィッと上に上げる。
「立てって事か」
やはり喋れないようで、ジェスチャーで彼の意図を読み取る。
彼女はその指示に従い、足だけで体を上げる。
他の人らも、召喚人に脅されながらも体を起こす。
「さあ、ではご登場してもらいましょう」
向こうにいる司会者の言葉と共に、鉄柵が重低音を放ちながら上がっていく。
捕虜たちは召喚人に誘導されながら前へと進む。
「今回の人間たちを!」
ついにその処刑場へと足を踏み入れると、地面を響かせるような大きな声達が飛び交う。
エネミー達による公開処刑、そしてアイラによる『蟻』退治の開始は、もうすぐそこまで迫っていた。
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