第百一話 アシュララ! その1
リビングで、ソファの上に座り、愛用の剣の手入れをする。
この少し奇妙な光景をアシュリーは作り出している。
「......これでいいかな」
アシュリーが自分の顔を刃に映しながら小さくつぶやくと、横に置いてあった
剣と鞘を持った両腕を前に出すと、刃先を鞘の口につけ、ゆっくりと納刀する。
何の障害もなく刃が吸い込まれていくと、最後には「カチッ」という音と共に納刀しきる。
「支障なしっと」
アシュリーはこれに満足すると、ソファに剣を置く。
そしてなんとなくテレビをつける、特に見たいものはないが。
「アッシュリー」
甘えるような女性の声が背後から聞こえる。
それが誰なのかはすぐに分かるので、振り向くまでもない。
「......何だよ、お姉ちゃん」
「ねえねえ、私の鎌も磨いてくれないかなぁ」
その要求と共に、視界の両サイドから彼女の腕が出現した。
肘をソファの背もたれに置いている。
「嫌だね。自分で磨いたらどうだよ」
「ええ、いけず」
アシュリーは後ろを振り向くと、右目を髪で隠した顔をムスッとさせて拗ねている。
これが彼の姉、イザベル・エイリーである。
「にしても、面倒な姉を持ったものだな僕は。もうずっと刑務所にいとけば良かったのに」
「あーあまたそんなこと言っちゃって」
イザベルは笑顔混じりで溜息をつく。
つきたいのはアシュリーの方なのだが。
彼女はまだ19歳と一応未成年なのと、クローバーの情報を提供する等、クローバー殲滅に協力したとして、その作戦が終了して間もなく保釈された。
因みに、同じクローバーに所属してたリリアンネと八瀬武臣についてだが、リリアンネはイザベルと同じく19歳なので、出所までそう長い時間はかからないらしい。
武臣は結構長い懲役だが、静かに出所の日を待っているらしい。
「......ところでさ、仕事っていつするの?」
「ん? まだしていないけど?」
イザベルは能天気な口調で言う。
彼女は所を出てて2、3週間は経過しているが、まだ就職活動すらしていない。
「いや、いつまでも僕のすねをかじられても迷惑なんだけど」
「見つからないのよ。ディフェンサーズに入るのもなんか嫌だし」
「あの、せめてバイトでも......」
「さてと、洗濯物でも干すか!」
イザベルはアシュリーの説得を遮ると、両肩を上からポンと叩く。
いきなりだったので反射で脇がしまる。
「おいちょっと待て」
アシュリーが少し声高で止めようとするが、無視して去っていった。
明らかに逃走である。
もう彼女は数ヶ月間は働くことが無いだろうと確信し、溜め息をつくアシュリー。
イザベルはアシュリーに対してよく甘えたり、スキンシップを求めたりと、その溺愛っぷりがすごい。
恋愛感情を持っているようにすら彼には思えてしまう。
(あれを何て言うんだ......ブラコン? 弟想い? どっちも似たような意味かな。でもブラコンの方が合ってるような......)
アシュリーがなんやかんや考え出したところで、太もものポケットにしまってあった携帯が振動するのを感じた。
彼はそれを取り出すと通話ボタンを押して、受話器を耳に当てる。
「はい?」
「よお、アシュリー」
特徴的なハスキー声が耳の中を通るので誰かが分かった。
「アイラ? 何の用?」
「貴様、外出する気はないか?」
「ええ? 何だよいきなり」
何を聞いてくるかと思えば、アシュリーの今の気分を聞いてきた。
意図が良く分からない。
「いや、まあ、外出はしてもいいけど......」
「OK。じゃあ外に出れる服とバッグ、現金は......2,3万でいいかな? あと、武器は何も持ってくるなよ、雰囲気が壊れるかも知れないからな」
「......なるほど、脅迫して金を取ろうって魂胆なのか」
『雰囲気が壊れる』という言葉が気にかかるが、半分冗談で言ってみる。
予想はしていたがアイラの答えはNOであった。
「2,3万なんてちっぽけな金を取るために犯罪に手なんてそめねぇよ」
じゃあ1億だったらとるのかよ、と突っ込みたくなってしまうが、さっさと話しの核が知りたいのでその気持ちを抑える。
「じゃあ何なんだよ」
「貴様はこれから付き合うんだよ......ララとな」
「ほう......ほう?」
心臓が一拍とんで行ったような気分に陥った。
また訳の分からないことを言っていると思ったが、同時に冷や汗が頭部から滲み出てくるのを感じる。
「ん? は......は? ララって......あの?」
「ああ、それ以外にだれがいるんだ」
「い、いやまて、何の冗談だよ」
「冗談じゃないぞ、もうすでにあいつにも伝えている。奴はすんなりと受け入れてくれたがな」
「い、いや待て、おい......」
口や手が無意識に震えている上に、急に呂律が回らなくなった。
もう彼の頭の中はパニック状態だった。
あまりの急展開に完全についていけてない。
しかも、彼が思いを寄せている人物とデートをしようという提案がきたのなら、尚更である。
「お、おい、な、何勝手にそんなのを......」
「ん? 気に食わなかったか。じゃあララにのこの件を......」
「いや、ちょっと待った!」
彼は焦って思わず立ち上がりながらアイラを止める。
彼は正に目が回っている状態である。
「お?」
「いや、別に、いいんだぞ? うん、別に、暇だったし......」
「よし、決まりだな。じゃあ......今から一時間後、12区のあのでかい噴水で有名な公園な」
アイラが待ち合わせの場所と時間だけ一方的に押し付けると、そのまま電話は一定間隔で無機質な音を響かせる。
「......ああ、何ということだ」
アシュリーは火照った顔に手を付ける。
未だに心臓がバクバクと鼓動を鳴らしている。
「どうするんだこれ......」
彼は頭を抱えながらソファに座り込む。
どういう意図であんな提案をしてきたのかは別として、彼は完全に彼女の思惑道理になってしまった。
成り行きに流されてしまった。
それがなんか情けなく思ってしまう。
「......い、いや......」
彼はうつむいたまま悶々と考える。
そして暫く考えているうちに、
「......でも、別に嫌じゃないし......」
という結論に至る。
そうだ、何も嫌いな人と付き合う訳じゃないのだ。
しかも逆に、彼が今正に気にしている少女なのだ。
それが何故嫌なのか。
「......よ、よし、これはチャンスかも......!」
これはララに思いを伝えるチャンスである。
そこまではいかなくても、少しでも仲を縮めていきたい。
彼は腹をくくると、イザベルに出かけることを伝える。
「お姉ちゃん、ちょっと出かけてくるわ、夕方ぐらいまで帰ってこないかも」
「何をしに?」
「え? まあ......仕事の用事だよ」
「そう、気を付けてね」
ディフェンサーズの仕事で一日中仕事をするなんてほぼないのだが、姉はすんなりと受け入れてくれた。
そして、早速その大事な出来事のための身支度を始める。
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