第九十九話 姉妹と義姉 その2

 「ただいま~」


 サナは気楽な声で麗美に答えると、買い物袋を玄関マットの上に置く。

 そしてそのフードを脱ぐと、いつもの緑の浴衣が披露される。


 「お、サナ姉おかえり」


 後ろからは、室の境目から顔を出す要。

 丸型のクッキーを唇で挟んでいる。


 「ただいま要~」


 サナはいつもの気軽な声で答える

 彼女こそ、ディフェンサーズのNo.1こそが、麗美や要の育て主である、サナ・アストルである。


 「疲れた」


 サナは段差に力を抜いたように座り込む。


 「疲れたって、ウソでしょ」

 「え、なんでよ麗美」

 「お姉ちゃんの体力は無限のようなものだし」

 「やだなぁ、そんなわけないでしょう。私だってダルくなることぐらいあるわよ。」


 サナは笑顔を浮かべながら肩を上下させる。

 麗美は「あはは......」と冗談を言った時の軽い笑いを見せたが、決して冗談で言った訳じゃなく、サナの『常軌を逸した』を何回使っても足りないくらいの能力に対する皮肉を込めている。


 「ニャー」


 マラが座っているサナの元へ来ると、頭で彼女の着物を擦る仕草を見せる。

 サナはその頭を撫でながら下駄を脱ぐと、買い物の荷物を持って立ち上がる。

 ふと麗美がサナの着物に目線を当てると、よく見ないと分からないが、血痕がついているのが分かった。


 「......お姉ちゃん、闘ったの?」

 「ええ、良くわかったわね。もしかして痕がついていた?」

 「うん。背中に少しだけど」

 「あらら、そうなの? ついてないと思ってたんだけどねぇ」


 サナはにこやかにそういうと、買い物袋を半分持ち始める。


 「半分持つよ」


 麗美は残ったもう半分の買い物袋を持ち、二人でキッチンへと向かう。

 さすがにここは釜戸やらの江戸時代のような風景ではなく、金属製の台所に、タイル製の壁と、現代風である。

 サナが牛乳や肉や野菜等を冷蔵庫に放り込む。

 麗美も自分が持っていた食材を一緒に入れる。


 「あ」


 サナがいかにも何かをやらかした様な声を出した直後、床にゴツっという低い音が聞こえる。

 麗美が直ぐに下を見ると、ビニル袋に包まれたまま先っぽがポッキリと折れた人参が転がっていた。


 「あー何やってるの」

 「人参ってこんなに簡単に折れないでしょ~......」


 サナは落とされた人参に当たるような言動を見せながらも、その人参を拾い上げると、そのまま冷蔵庫へと寝かせる。

 確かに腰元から落として折れた人参は中々見ないが、やはりうっかり落としたサナが悪い。


 (まあ、このどこか抜けたようなのがお姉ちゃんだし、特別驚くことではないけど)


 麗美はそう割り切って、荷物の始末を終える。


 「終わったぁ」


 サナは両腕を上げて背伸びすると、袋だけを置いてこかへと去っていく。


 「ええ、もう......」


 袋の後始末は自分がやるのかと、麗美はうんざりしながらそれをゴミ箱へ捨てると、その姉の行った先を探す。

 間もなくして、「うおっ」という、恐らく妹の要の声を聴いて、その場所へ歩いて向かう。

 リビングからだ。

 その部屋を覗いてみると、2人用のソファに、うつ伏せで寝転がり支配しているサナと、追いやられたのか、手すりの上にしゃがみこんで、クッキーをくわえてきょとんとしている要の姿が見えた。


 「う~」


 サナはソファに顔を埋めながら、気の抜けるような声を流している。


 「サナ姉、起きてよ。私もそこに入りたいんだけど」

 「う~」


 要の声にも応じず、言葉になっていない声を垂れ流す。

 それに、あの血のついた着物をソファに密着させた状態である。

 乾いているとはいえ、綺麗な服の状態であるとは言えない。


 「はぁ、お姉ちゃん、着替えてきなよ」


 麗美は一回ため息をすると、サナの袴を全力で持ち上げる。

 非力な肉体ながらも、サナの腰が持ち上がる。


 「おえー」


  腹を圧迫されたのかは分からないが、サナが苦しそうな声を漏らす。

 そのままぐるんと体を回すと、グデっとした彼女の面が現れる。

 勿論、戦った証拠はバッチリと残っている。


 「ん......サナ姉の服、血が付いている!」


 要もその小さな血を見つけ、多少驚いた様子でそれを指差す。


 「ほら、汚いでしょうよ。早く」

 「ああ、めんどう......」


 そうして、サナはむくっと起き上がると、ゆっくりとした足取りで着物の着替えに行った。

 もうこうなると、どっちが拾い人なのか分からなくなってしまう。


 「レミ姉ナイス!」


 やっと邪魔が去ったといわんばかりにニコニコとしながら手すりからソファに尻から飛び込む要。


 「あれが本当に私たちを育て上げたのか......なんかねぇ......」


 サナの家での堕落ぶりを見るたびに、彼女が自分たちの育ての親だということが信じられなくなってしまう。

 あのぐうたらな態度が、遅刻癖にも結び付いている。

 さらに少々利己的な面もあり、特に麗美は手を焼いている。

 こんなの、少しは恨みや憎しみを覚えても何ら不思議ではない、血の繋がりがないのなら尚更だ。


 「麗美ぃ、替えの服がないわよ」

 「自分で探しなさい!」


 遠くから聞こえてきたサナの声に、麗美は聞こえるように大声で返事する。

 だが、そんな彼女が11年前、この笠置姉妹を拾い上げ、たった1人で2人を今まで育て上げてきたのも事実。

 捨てられた前よりも豊かな生活の中に入れてくれたのも彼女。

 高校にまで進学させ、勉強に励まさせてくれてるのも彼女。

 そしてなにより、姉妹の能力の操作を指導し、あそこまで強力な能力使いにさせ、ディフェンサーズの主力戦士として活躍できてるのも、彼女のおかげである。


 「......そんな人、恨めるわけないよね」


 麗美はそういって微笑む。


 「ん? レミ姉どしたの?」

 「いや、なんでもないわよ。クッキー一枚もらうわよ」

 「お、いいよ」


 そうして、麗美はさっき開けたばかりとみられるクッキーの袋に手をやる。

 こんな今の生活には、姉妹二人とも十分満足しているのであった。

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