第九十八話 姉妹と義姉 その1

 21区の内、1区に近い場所。

 囲うように育っている人工林と、それに囲まれた広い野原に、和風の平屋が一戸、建っている。

 その縁側で、踊っている草花達を眺める少女、笠置麗美かさぎれみ


 「......花、枯れ始めてるわ」


 麗美は萎れている最中の、ぽつぽつと生えている花を見る。

 今は初夏である。栄華を極めていた夏花(といっても、数は少ないのだが)も、とうとう終焉へと向かい始めたのだ。

 涼しめの風が吹く。

 植物が一斉に波経つとともに、ピンクの髪も横に揺れる。


 「まさに、秋の始まりって感じね」


 麗美は視界を妨げる髪を後ろにどかす。

 彼女はこうやって、野原や生やしを眺めては、時の流れを感じるというのが、糸角趣味のようなものになっている。

 そんな中、右から小走りする音が迫ってくる。


「レミ姉」


 その少女は、麗美のすぐ後ろまでくると、素足で滑るようにして停止する。


 「要、どうしたの?」

 「お菓子、どこにあるの?」

 「え? いつものカゴに入っているはずだけど」


 麗美が後ろを向くと、当然だが妹の笠置要かさぎかなめがいる。

 黄色を基調としたTシャツを来きており、髪型は麗美と同じピンクの髪だが、麗美と違ってショートヘアーだ。


 「無い」

 「じゃあ......冷蔵庫の近くにあると思うわ」

 「サンキュー!」


 要はニッと笑いその場を立ち去りかける。

 麗美も用を終えたと思い、庭に目を向けようとしたとき、あることを思いだし、背を向けている要を止める。


 「要」

 「?」


 要は名前を呼ばれて止まり、疑問符を浮かべる様な顔で麗美の方を向く。

 

 「勉強、ちゃんとやっているの?」

 「お、うん勿論」


 要は笑いながら言う。


 (絶対やってないんだろうけど......)


 麗美は心中で呆れる。

 彼女ら姉妹は、いずれも高校生で、姉と妹は、それぞれ高2と高1だ。

 因みにだが、この時代に外国語という教科は無い。


 「一学期のテストとか、悪かったんでしょ? 数学なんか赤点だし。いくら大学に行かないとは言え、その成績は低すぎるは」

 「レミ姉が頭良いだけだって。理科とか92点だったでしょ」

 「本当に頭いい人は100点連発しているわよ......とにかく、次は赤点なんて一つでもとったら駄目よ」

 「あはは、分かってる分かってる」


 絶対にとりそうな返事をしながらも、要は今度こそ麗美から立ち去っていった。


 「数学が赤点って一番やっちゃいけないやつじゃない......」


 麗美がそう呟くと、「ニャー」という、右耳を癒すような鳴き声が聞こえる。

 彼女が目を右に移動させると、背中に白の斑点模様と、特徴的な黒猫が麗美の元へと近づいてくる。

 この猫は元捨て猫であり、二か月前という最近に麗美たちが拾った。


 「......マラ」


 『マラ』という名前は、前述した背中のまだら模様から、『だ』を取ってつけた名前である。

 麗美は足元にあったねこじゃらしを摘み取り、マラの目の前に垂らす。

 マラは猫目をふわふわしたねこじゃらしに視線を集中させる。


 「ほいほい」


 麗美がねこじゃらしを揺らすと、マラは前足を出して緑の尻尾に攻撃を加える。

 上へねこじゃらしをあげると、マラはジャンプしてとろうとする。

 麗美からは自然と微笑みがこぼれる。


「マラ」


 麗美は少しぼろぼろになってしまったねこじゃらしを左に置くと、もの足りなさそうにしているマラの前へと手を差し伸べる。

 マラがテトテトと歩きながら手のひらに乗ると、麗美は両手でマラを支え、膝の上へと移動させる。

 手を離すと、マラは体を丸める。


 「お互い仲良くしましょ、同じ『拾われた者』として......」


 麗美はマラの背中を優しく撫でる。

 『拾われた者』とは何か。

 マラは先程記した通りであるが、実は麗美や要も拾われた身である。


 このディフェンサーズの戦士の中で早くに親を失い、児童養護施設で暮らしていたか、容姿として育てられた戦士の割合は、おおよそ30%らしい。

 笠置姉妹も30%の内に入る。


 今から12年前。

 その時は決して貧しい家庭ではなかった。

 当時、麗美は5歳、要は4歳だった。

 麗美はこの時からあの魔法のような特殊能力を、貧弱ではあるが発動できるようになっており、それは周りにも認知されていた。


 しかし、その年、父が事故で亡くなった。

 その一年後、父の死によっておこった生活苦に耐えられなくなった母が、彼女らを捨てたのである。

 が、彼女は別に両親を恨んではいない。

 父が死んだのも仕方のないことだし、母が自分らを捨てたのは、寧ろ勇敢な決断だったとすら思っている。

 もしあのまま捨ててなかったら、3人共々貧しい生活を続けていたかもしれない。


 そして、『ある人』に拾われ、今までを生きてきた。

 

 (拾われた人が今度は拾う側に回ったってことね)


 すると、ガラガラという音が小さくなったのに気づく。

 玄関のスライド式の扉が開いたのだ。


 「......帰ってきたわよ、私たちの恩人が」


 麗美が立ち上がろうとした時、マラはそれに気づいて麗美の膝の上から降りる。

 彼女は立ち上がって、玄関まで足を運ぶ。

 マラもそれについていく。

 玄関に着いたとき、扉の前には買い物袋を携え、グレーのフードを被った女がいた。

 彼女がフードを取ると、黄色い目と、狐耳が露わになった。


 「......お帰り、サナお姉ちゃん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る