第九十二話 フルスロットル!

 勝負は両者とも全力を出しに出た。

 カルマンは生命力の全てを注いだような、筋肉の巨体、サナは黒い物体がを顔や手に伸びてきたような形態になった。


 「ほう、貴様も本気になったのか......?」

 「まあね」


 お互いに僅かな笑いを浮かべながら会話をする。


 「『フルスロットル』って、自分で名づけてるの。どう、かっこいい?」


 彼女は雰囲気に似合わないような、ニコニコとした顔で黒い網に半分支配された頬を触る。


 「知らぬな、我にそういう類のセンスは無い」


 カルマンの声は更に、低く、図太くなっている。


 「そうね......まあ、そんなことはどうでもいいや」


 すると、彼女はまた闇手を周りに発生させる。


 「......じゃあ、殺ろうか」


 ※ ※ ※


 「おお、ボスがあのような姿に......」


 武臣はカルマンのガチガチとした姿を見て驚きの声を漏らす。


 「しかし何ですかねサナのあれ......?」

 「闇手を纏っているのか......?」


 スリニアや泰昌を担いでいるアイラはサナの異変を見て疑問になる。

 何しろ、彼女はこの形態を見たのは初めてなのだ。


 「あれは......アストルが本気を出し始めた証じゃな」


 それに対して浩はサナのあの姿を見たことがある。

 彼はそのことについて説明する。


 「あやつ、本気を出そうとするとあの不快な物体が体に纏わりつくらしいのじゃ。因みに意味は無いらしいの」

 「なんだそりゃ......まあサナがキレたサインと思っていればいいのか」


 その時であった、彼らが覗いていた壁の穴から突如、猛烈な突風が吹き出した。

 カルマンがサナに向かって殴りこんできたのだ。

 サナが大きな闇手で防ぐが、そのパンチの勢いが突風を生んだのだ。

 彼らは突然の暴風に狼狽え、アイラはそれによって担いでいた傷だらけの泰昌を落とす。


 「ぐ......!!」


 泰昌は頭から落下し、その衝撃で叩き起こされる。


 「あ、すまん」


 アイラは謝る気もないのかと言うくらい軽い謝罪をする。


 「な......何だ......」

 「サナとクローバーの親玉が全力でぶつかってるんだ。そろそろここにいるのも危なくなってきたな」


 その直後、今度はサナの闇手がこっちに向かって暴れてくる。

 闇手は壁の瓦礫を弾き、瓦礫は泰昌達の方へと降ってきた。


 「ひっ!!」


 武器も何も持っていない泰昌は自分に向かって飛んでくる瓦礫を見て短く悲鳴をあげる。

 彼は横倒れの状態から横転して瓦礫を避ける。


 「あの阿呆が、ワシらにも危害を加える気か!」


 浩は怒りながら自分に向かってきた瓦礫を念力で止める。


 「本当に何が起こってるんだ......!?」


 今さっき目覚めたばかりの泰昌は状況がうまく読み込めず、尻を地面に着けながら動揺している。

 そんな彼をアイラは後ろの襟をグイッと引っ張る。


 「なっ!?」

 「足羽、これって逃げた方が良いだろ!?」

 「ああそうじゃ、あやつはああなると周りのことなど構わぬ!」

 「他のやつらは?」

 「王室と他の部屋は廊下で繋がれているだけで離れている、恐らくそこまで被害は回らないはずじゃ!!」


 こうして、浩、アイラ、武臣、スリニア、泰昌の五人は、この二つの天災に手をつけることができず、その王室から撤退していった。


 ※ ※ ※


 「はぁああああああ!!」


 カルマンは大きく叫びながら赤い拳をサナに向かって殴りつけようと阿売る。

 サナはその豪快な拳を闇手で食い止める。

 だが、その闇手はきしむ音を出している。


 「......力がさっきよりも増してるわね」


 彼女はカルマンを止めている隙に罰の闇手が彼の脇腹を突こうとする。

 だが彼は浮き上がっている状態から足でそれを勢いよく蹴り退ける。

 彼は阻んでいる闇手に更に二発のパンチを当てると、遂に闇手は砕けるようにして崩れていった。


 「闇手が......!」


 彼女は少々驚く様子でその様子を見ていると、カルマンは着地してまもなくサナの前へと現れる。

 彼は右手を構えて、サナはそれを阻止すべく闇手を二つ、彼に向ける。

 しかし間に合わない、彼女は両腕で防御し、カルマンのパンチを真正面から受けた。


 「う......!!」


 腕がパキパキと破壊されていくのが音で聞いてわかる。

 彼女は歯を食い縛る。

 だが、同時にカルマンも胸部に漆黒の棘が突き刺さる。


 「ぬ......!」


 カルマンはそれらを持つと、一気に引っ張るようにして後ろへ跳ぶ。

 その勢いで闇手は千切れる。


 「へぇ......」


 サナは両腕をぶら下げた状態で感嘆する。


 「闇手を千切るなんて初めてだわ、それもかなり強力な闇手をね」

 「そうか......なら我はそれほど強いと言う認識で良いな?」


 彼は両手で握っている闇手を放り投げる。

 そして、胸の穴は回復していく。


 「そうね、それでいいわ......じゃあ、これは?」


 彼女はそう言うと、今度は足を地面に踏み込んだ。

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