第六十四話 囚われの身の姉 その2

 「で、次の質問なんだが......クローバーの根城はP市南部だったの?」


 アシュリーはハンチングをかぶり直しながら言う。

 イザベルは手を組んで、その上に顎を乗せている。


 「うーん、半分正解かな。あれは『第二のアジト』って感じかしらね。けど、クローバーのボスのいる場所はまた別の場所にあるわ」


 と、イザベルが答えたところで、アシュリーはふと、看守の方をチラ見する。

 やはりマネキンのように表情を一寸も変えず直立不動なのだが、心なしか、少し怯えているように見える。

 

 「別の場所というのは......」

 「E村の廃城よ」


 イザベルの言葉を聞いた時、アシュリーはあの城を連想した。


 「それって、森林にある城か?」

 「ええ、そうよ」


 彼はもうあの城しかないと確信した。


 「......ペソの城か」

 「その通りよ。大魔王ペソの」


 これは彼にとっては予想外であった。

 激戦の後に討伐したあの大魔王ペソの廃城がクローバーのアジトになっているとは......。


 「前は別の場所だったんだけどさ、森林で隠されているだとか、いい感じに廃れているだとかで移動したのよね」


 イザベルは依然として笑顔を浮かべている。


 「アシュリーはその大魔王ペソと戦ったんでしょ? どうだった?」

 「あの大魔王にはすごく苦戦したよ。ナンバーズ5人がかりでやっと倒せたってぐらい強かった」


 あの戦いは彼にとって、自分が如何に力不足なのかということを思い知らされた戦いとなった。

 斬撃も弾かれ、自分が活躍したところはほとんどなかったのだから。


 「へぇ......でも、ボスよりは弱いわね」

 「何?」

 

 アシュリーは思わず目を細める。

 自分らを散々苦しめた大魔王ペソよりも強いというのは、これは一体どれほどの物なのだろうか。


 「そのボスっていうのは、何者なんだ?」

 「ボスは......エネミーよ」


 彼はその言葉に耳を疑った。


 「......人間の組織のボスがエネミーというのか?」

 「ええ、そうよ」


 なんておかしな話だ、と思った。

 クローバーのメンバーの中にはわずかながらにエネミーがいた。

 しかし、クローバーの目的は、見放された人間や、絶望した人間による人間に対する復讐するためのテロ組織であり、その中で便乗したエネミーが加入してきたとだけ思っていた。

 したがって、クローバーのトップも能力者の人間だと思っていたのだが......。


 「まさか、エネミーがトップだったなんて......」

 

 まさかの答えが出てきて、度肝を抜かされた。

 と、共に、クローバーのメンバーはそいつに利用されているのではないかと思って仕方がなかった。


 「ていうか、お姉ちゃんそれって、利用されていたんじゃ......」

 「多分ね、まあ今となってはそんなことはどうでもいいんだけど」


 イザベルはあははと笑った。


 (メンバーたちはいろんな意味で哀れだな......)


 と、クローバーの構成員に同情をかけつつ、そのボスの強さについて問い始めた。


 「そのボスは、どういった強さなんだ?」

 「さっきも言ったように、ペソよりも絶対に強いわね」

 「なるほど、レベル9はあるという訳か......」


 と、サラサラと紙に書いていく。


 「で、例えばどんな攻撃をしてくるの?」

 「うーん、とにかく禍々しい......言葉にしにくいなぁ。ただ......」


 と、一呼吸置く。


 「ディフェンサーズじゃ絶対に勝てない。それだけは言えるわ」


 イザベルは自信を持って言う。

 しかしアシュリーは、それを鼻で笑い、


 「それはどうかな」


 と、一言言った。


 「?」


 イザベルは首を傾げる。


 「『No.1』......サナ・アストルでも勝てないと言いたいのかな?」

 「......ええ」

 

 と、アシュリーに押されたのか少し自身なさげに言う。

 

 「確かに、あの普段の威厳の欠片もないへらへらとした性格はとてもディフェンサーズ最強には見えないだろうな。だが、彼女がエネミーと戦うときは......」


 と、彼女がエネミーと対峙したときの記憶を蘇らした途端、背筋がゾッとした。

 そして、見ると、手が震えていた。

 自分は今、禁忌の言葉を言おうとしているような気すらした。


 「え、大丈夫......?」


 これにはさすがのイザベルも笑顔を保っていられなかった。

 

 「ああ......」


 そして、少し間をおいて話始めた。


 「......サナのエネミーに対する目は、まるでゴミを見るかのような冷酷な目だった」


 と、重い口調で話始める。


 「あいつの戦い――いや、リンチといった方が良いのか、それは、狂気そのものだった。少しずつエネミーをいたぶり、悲鳴を聞くのが快楽にすら思っているように見えた。エネミーはあいつに傷ひとつつけることすら出来ずにあいつに遊び尽くされた......いや、傷つけた、傷つけたんだ。だけど、それをあいつは無かったことにした......」


 イザベルの顔からはもはや笑顔は消えていた。


 「あいつは人類にとっては天使であり、エネミーにとっては悪魔だ。救世主メシアであり敵対者サタンだ、頼もしくて恐ろしい、最強の味方であり最悪の敵――レベル9でも、10でも......例え11の強さがあっても、あいつには勝てないだろう。サナは、無敵だ」

 「......」


 イザベルは完全に真顔になっていた。

 サナの話を聞いて戦慄しているようにすら彼は見えた。


 「(言い過ぎたかな......)とっ、軽く脅したところで尋問は終わりだ」


 アシュリーは席をはずす。


 「軽い脅しにしては壮大だったわね......」

 

 と、イザベルは苦笑いを浮かべる。


 「あとはこれを会長に報告すればいいか」

 「ねえ、次はいつくるの?」

 「次に尋問する時か、暇があったときかな」

 「おお、楽しみにしてるよ~」


 と、笑顔を取り戻したイザベル。


 「もう帰るぞ」

 「ばいばい」


 アシュリーは彼女に背を向け、退出する際に、もう一回彼女を見る。

 イザベルが手を振っているのが見えた。

 そしてまた前を向き、退出していった。

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