第2話

 もう十年くらい前の話だ。


 私が小学一年生のとき、クラスに絶世の美少年がいた。


 それが祥吾くんだ。


 彼は、その外見や大人びた落ち着いた性格も相成って、女の子からモテモテだった。


 彼が発する神秘的なオーラは、周りの人々を魅了し、彼の周りにいる人々が次々と幸福になっていったのだ。


 もちろん私も例外なく惹かれた。


 忘れることなどない。初恋だった。


 それは単に彼の助言によって視点が変わったからという理由だが、そうやって人の価値観を容易く180度変えることは、たとえ大人でもできないだろうと私は思っていた。


 引っ込み思案だった私は、女子に囲まれる祥吾くんを彼女たちの間から覗いたり、授業中に後ろ姿を見つめたりすることしかできなかった。


 ある日、クラスのレクリエーションでドロケイをすることになった。


 足が遅い私は校舎裏にある体育倉庫に逃げ込み、サッカーボールが詰まれたカゴの後ろに隠れて息を潜んでいた。


 すると、同じく鬼から逃げていた祥吾くんも体育倉庫にやってきたのだ。


 彼が私の存在に気づくと、私にニコリと微笑んだ。


「失礼するよ」


 そう言って、私の隣に座ってきたのである。


 そのとき私の心臓の音はこれ以上なく高鳴り、上手く息をすることすらできなかった。


 この二人きりという環境は、初心(うぶ)な私には耐えられなかったのだ。


 しばしの沈黙の後、祥吾くんから雑談を始めた。


 しかし、その内容など全く頭に入ってこずにただ彼の言葉に頷くだけの時間が過ぎた。


 ガラガラ……。


 体育倉庫の扉が開く音がした。


「絶対この中に誰かいるだろう!」


「さっさと捕まえようぜ!」


 クラスのわんぱくな男の子二人の声が聞こえてきた。


 教室でワーワーギャーギャーうるさくい私の苦手なタイプの子たちだ。


 この子たちは足が速く、ドロケイになると率先して警察役になり、誰よりも多くの泥棒を捕まえようとするのだ。


 私は毎回この子たちに捕まえられては、「足遅いな」と短所を笑われる。


 それが嫌で、今回は隠れることにしたのに、こうやって見つかるなんて……。


 そう思っていると、耳もとで囁き声が聞こえた。


「ここから動かないで……」


「え……?」


 横に向くと、祥吾くんの顔が自分から数センチの距離になって、驚きで声が出そうになったが、大声を出したらバレるから必死に口を押さえた。


 彼の目を見つめていると、彼は真剣な眼差しで私に告げた。


「君は僕が守るからね……」


 そして彼は立ち上がり彼らのもとに歩み寄った。


「あーあ、バレないと思ったんだけどな~」


 降参とばかりに両手を上げる祥吾くん。


「やった! 大玉だぜ!」


「こんなところにいるなんてな! まだ他にいるんじゃないか?」


 そう言ったわんぱく少年の片割れが、体育倉庫の中を捜索しようとすると……。


「やめろ……」


 祥吾くんは彼の手首を強く掴んだ。


「他にはいないよ……」


「お前が嘘ついてるかもしれないじゃないか?」


「僕の言葉を信じないのか……?」


「分かった! 分かったから離せよ! い、痛いから!」


 祥吾くんが手を離すと、彼らは祥吾くんを連れて、「牢獄」に連れて行った。


 私がカゴから顔を出すと、祥吾くんは遠くから振り向き、またきれいに笑んだ。


 どうして私を助けてくれたのだろう?


 その理由を聞きたかったが、それをすることは不可能になった。


 なぜなら、その数か月後に彼とその家族は宇宙旅行の際に事故に遭い行方不明になってしまったからだ。


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