第20話探偵に依頼
「やっと終わった?」
七海を脱がし終わり、日花里の元に戻る。
「うぅ……屈辱ですわ……」
日花里は涙目になりながら自分のやたら短いスカートを見る。本当は手で抑えたいだろうが、後ろ手で拘束されているのでそれもできない。しかもそのせいで胸がやたら強調されてしまっている。
「じゃあ早く移動しよ?地図を見といたんだけど、駅の裏に行けばマンホールがある路地裏があるみたい」
「よし。七海、少し我慢しろよ」
「こうなりゃヤケですわ!いくらでも辱めは受けてやりますわよ!」
何か変なところが吹っ切れたようだ。だがずっと恥ずかしがっているよりよっぽどいい。
「……と思っていましたが、これは……」
路地裏を出て駅前通りを歩く俺たち。平日だが夕方ということで人通りもそれなりにある。その中に紛れ込めているかというと、そうではなかった。
「さすがにこんな辱めはやばいですわ……きついですわ……うぅ……」
「我慢しろよ。俺だって恥ずかしいんだ」
すれ違う人全員が全員俺たちを眺めるように見る。俺たちが指名手配犯だから、というわけではないだろう。なんせ俺たちの今の行動はAVの撮影だといっても違和感がないものになっている。
後ろ手で拘束されている露出度が高く下着をつけていない女と、サングラスをかけたビジネスバッグと大きなバッグを持っている男。恥ずかしそうに真っ赤になりながら顔を背けている七海の姿がそれっぽさを増す要因になっている。
「こんなのだったらまだスーツを着ていた方がよかったのでは……?」
「今さらそんなこと言ってもしょうがないだろ」
「むしろ喘ぎ声を上げてた方が違和感ないんじゃない?」
「ぶっ飛ばしますわよ!」
日花里の冗談に本気で怒る七海。
「幽霊にできるものなら~」
七海をいじって楽しいのか日花里は笑っているが、本当はこんな話をしている余裕はない。
警官の姿を視界に入れたらすぐに別方向に迂回しているが、さっきのように私服警官がいたらおしまいだ。そうはいっても対策法はない。ただただうまく紛れられるようにしながら急いで歩くだけだ。
駅の裏に行くにはよほど遠回りでもしない限りは駅を通り抜けるのが一番早い。その駅を通り抜けている最中だった。
「……何か怪しい奴がいる」
さっきまでふざけていた日花里が突然声を落とした。
「鏡でも見たんじゃないですの?」
「自分で言うか……」
「ううん。後ろの方、誰かつけてるよ」
「ほんとですの……?」
「振り向くなよ。さっきまで通り普通に歩くぞ」
後ろが気になって気になってしょうがない様子の七海を小声で諫め、そのまま歩みを続ける。
「でもどうしますの?これじゃあ下水道に戻れませんわよ」
「どこかで撒く、しかないだろうな」
「じゃあまたわたしが大声を上げる?」
「一人に見つかっているってことは囲まれていると考えた方がいい。それじゃあ逃げ切れない」
「じゃあどうする?」
もうすぐ駅を抜けてしまう。囲むとしたら駅という箱は絶好の場所だ。駅から出ようとした瞬間が最期かもしれない。時間もないし日花里を偵察に行かせることもできない。とすると、もう決断しなければならないだろう。
電車を使うか?いや、この場は逃げきれるかもしれないがその後がない。尾行している奴に同じ電車に乗られ、どこかの駅で大勢の警官に囲まれて終わりだ。
「……走るぞ」
「マジですの?」
「それしかない」
目の前に夕日のオレンジ色が見える。そこに紺色の制服が並んでいないことを願おう。
「行くぞ!」
駅から出た瞬間俺と七海は走り出す。周りに警官がいるかなんて確認している余裕もない。目指す場所はここから百メートルばかりの距離にある路地裏。少し距離を稼げれば目的地を知らない警官からなら逃げきれるはず。しかも運のいいことに目の前の大通りは赤信号。
「七海、突っ切るぞ!」
律儀にも赤信号で止まろうとしている七海の背中を押し、車が行き交っている大通りを駆け抜ける。急ブレーキ、クラクションの嵐が吹き荒れるが、しっかり車は止まってくれる。さすがに警官が交通ルールを破るわけにもいかないだろう。大通りの先に警官がいるかはわからないが、悪くない行動だったはずだ。
「後ろには誰もいないよ!」
路地裏に入る直前、日花里が報告をくれる。だがそれも意味のないものになってしまった。
「……嘘だろ……」
予定していたマンホールの位置。確かにマンホールはあった。しかしその上には大量のビールケースの山が積み重なっていた。しかもそこには空きビール瓶が入っている。
「これ全部どかすとなると相当の時間がかかりますわよ……!」
「わかってる!」
「逃げますの?」
「それしかない。とにかく今は逃げるしか……!」
いや、逃げきれるのか?ここまで追い詰められておきながら国家権力から……。それよりも……。俺の目には懐かしい隠れ場所が映っていた。
「ゴミ箱だ。そこに隠れるぞ」
ビールケースの横に青いポリバケツが一つある。小さくなれば何とか人間二人でも入れるだろう。
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?嫌ですわよ!そんなばっちぃ!」
「お前もそろそろ我慢を覚えろ。これが最善策だ」
ゴミ箱をひっくり返し、中に入っていたゴミ袋や生ゴミを落とす。
「日花里、見張りは頼んだぞ。落ち着いたと思ったら声をかけてくれ」
「あいあいさー!」
「うぅ……わかりましたわよぉ……」
お、少しずつ聞き分けがよくなってきている。それとも汚いものへの耐性でもできたのだろうか。
「何でこんなこと……」
ぐちぐち文句を言いながらもゴミ箱の中に入っていく七海。覗いてみると体育座りになって涙目で俺を見上げていた。
そんな七海の腰に覆い被さるように俺もゴミ箱の中に入る。そして蓋を閉めれば外からは何の変哲もないゴミ箱にしか見えないはずだ。
「ちょっ……きついですわよ……」
「しょうがないだろ……俺だってきついんだよ……」
顔は近いし、七海の胸が俺の腹に当たる。こんな状況でもなければ別の感情も抱いていただろうが、中は結構生ゴミの臭いがきつくそんなことは意識できない。
しばらく経つと外で走る音が聞こえてきた。警官が通り過ぎたのだろうがまだ安心できない。おそらくかなりの数の警官が俺たちを捜しているはずだ。もうしばらくこの中にいるとしよう。
「……なんか暑くなってきましたわ……」
体感だが一時間ほどが経ったころ、不意に七海が零した。頻繁に聞こえてきた足音もなくなって緊張感が薄れてきたのだろう。
改めて考えてみると、何だこの体勢。まるで俺が七海を襲っているようじゃないか。
七海の荒い息が目と鼻の先にある俺の顔に当たる。七海が少し身をよじるだけで七海の胸が俺の腹を撫でてくる。
「はぁ……はぁ……まだこの中にいなきゃいけませんの……?」
「……どうだろうな。日花里が何も言ってこないし、まだ警官が外をうろついているのかもしれない」
「でも……これ以上ここにいたら……はぁ……わたくし、おかしくなっちゃいますわ……」
紅潮した汗だくの顔でそんなことを言われると俺もおかしくなりそうだ。七海の言葉の意味とは違った部分が。
「七海……」
「わたくし、もう……」
「七海……!」
「あっ、あぁ……!」
「あのー、お楽しみのところ悪いんだけど」
その声と共に、俺と七海の顔の横に七海の顔だけがにょきっと生えてきた。
「うわぁっ!」
「ひぃぃっ!」
そんなホラーな登場に驚いてしまったせいでゴミ箱が倒れてしまう。蓋が外れ俺の身体も外に飛び出る。
「おどかすなよ……」
「ごめんごめん、報告しようと思って」
「もう、何ですの……?」
腕が使えない七海もゴミ箱から這い出てくる。
「だめだね。だいぶ落ち着いてきたんだけど、それでも警官の数は減ってないよ」
だいぶ陽も落ちてきているが路地裏の外の通りで警官が一人歩いているのが見えた。今は路地裏ではなくて大通りを攻めているのだろうか。
「早いところ逃げたいけどマンホールを開けている最中に見つかるのが最悪だな。俺たちの移動手段がばれて、最悪拠点まで見つかるかもしれない」
状況は思ったよりまずいかもしれない。とりあえずまたゴミ箱の中に戻るか。
そう思っていたが、何やら日花里が不敵な笑みを浮かべている。何か策があるのだろうか。
「このままここにいても埒が明かないからいい作戦を考えてきたよ」
「作戦?」
「うん。この横のビルの二階が探偵事務所らしいんだ。ということで、とりあえずかくまってもらったらどうかな?」
探偵事務所……ねぇ……。
勝手なイメージだが、探偵というと金さえ積めば何でもやってくれるイメージがある。幸いにもこっちには金はある。なら頼んでみるのもなしではないかもしれない。もしだめだったら逃げればいいんだ。状況は今と変わらない。
ということで俺たちは警察に見つからないように素早く移動しビルに入る。そこから階段を上ると木製の扉に曇りガラスの枠がついている入口があった。扉の上部には「野村探偵事務所」という小さな看板が取り付けられている。
「……ねぇ、もし断られて警察を呼ばれたらどうしますの?」
「脅す」
七海の心配事に一言で返す。
「脅すって物騒な……」
「手段は選んでいられない。殺人犯に凶器を持って迫られたら誰だって首を縦に振るさ」
「何だか様になってきましたわね……」
強気にならないとやっていけないんだよ。追われる立場っていうのは。
扉を開いて探偵事務所に入る。中は非常にシンプルで、部屋の中央にテーブルとそれを挟むように置かれているソファーが一セット。ここで話を聞くのだろう。入口から見て左には台所があり、右手の壁に沿うように置かれている本棚にはファイルや雑誌が几帳面にしまわれている。そしてソファーの奥にはとんでもなく大きなデスクがあり、本棚とは対称的にファイルや雑誌、新聞が乱雑に積み重なっている。椅子は黒い革製のしっかりとしたもので、デスク周辺はソファーに比べて金がかかっているように見えた。
それにしても人の姿が見えない。鍵もかかっていなかったしどこかに行っているわけではないだろう。トイレか?
「ノックもなしに入ってくるなんて、躾がなってないな」
そんな声と共に窓を見ていた椅子が回転し、入口の方を向く。
「……おっと、こいつは驚いた。殺人犯に、誘拐の被害者じゃないか」
その声の主は椅子に座っていた。椅子がでかかったせいで後ろを向いている状態では人がいることに気がつかなかったのだ。かといってその人物が小柄というわけではない。背はすらっと高く、パンツスーツ姿の黒い長髪の女性。二十代半ばくらいの年齢で、有り体に言って美人だ。しかし微笑を浮かべているが、目つきの鋭さや口調、雰囲気が冷たい印象を与える。容姿だけで判断するのもあれだが、仕事ができるキャリアウーマンのように見える。
「やけに警官が外にいると思ったらそういうことか。で、何のようだ?」
俺が何者であるか知っているはずなのにその人は余裕そうに笑う。この人、どことなく雰囲気が璃咲利夫に似ているような気がする。嫌な大人というか、何というか。他人を馬鹿にしている感がにじみ出ている。全てを見透かされているような気がして、正直すごく苦手だ。
「俺たちのことを知っているなら話は早いです。俺たちをかくまってください」
「断る」
即答。まぁこれだけではそういう返答になるだろう。
「実は俺たちは冤罪で……」
「断る」
「……金ならあります」
「断る」
……話すら聞いてもらえない。ただニヤニヤ笑われて断られるだけだ。
こうなったら最終手段……。竹刀袋からバールを引き抜こうとしたその時だった。
「警察です。少しお話を伺いたいのですが……」
扉をノックする音と声がした。
「まずい……!」
「か、隠れましょう!」
隠れるったってただの一部屋、身を潜められる場所なんてない。それにこの人に売られて終わりだ。二階からなら窓から降りられるか……?いや、腕が使えない七海には危険すぎる。
「デスクの下、隠れていろ」
それだけ言うとスーツの女性は立ち上がって扉の方に歩いていく。
「は、はい……」
味方してくれている?いや、罠か……?
だが罠なんて可能性も考慮せず、七海はすぐにデスクの下に入ってしまう。他にできることもないし仕方ないので俺もその中に入る。
「日花里、やばそうだったらすぐ教えてくれ」
「うん。りょーかい」
小声で日花里に頼むと、扉が開く音が聞こえた。
「ご迷惑おかけします。ここら辺に殺人犯の積木哲也が潜んでいるという話を聞いたのですが、何かご存知でしょうか?」
やはり俺たちのことか。さて、どうやって逃げるか……。七海を人質にして脱出、というのが一番いいか……。しかしスーツの女性の答えはそんな考えを吹き飛ばすものだった。
「知らないな。私は何も」
俺たちを……かくまった……?
「そうですか……あの野村香織(のむらかおり)さんなら何か知っているかと思ったのですが……」
「私だって何でも知っているわけじゃないさ。調べてほしかったら依頼をするんだな」
「ははは。もしかしたら頼むかもしれませんね。じゃあ、ご協力ありがとうございました」
一瞬置いて扉の閉まる音。そして、「もう出てきていいぞ」と野村香織さんは言う。
「……どういうつもりですか?」
デスクから出て訝しむと野村さんは腕を組んで静かに笑った。
「別に君たちをかくまったわけではないさ。ただ、まだ話を聞き終わっていないからな。少し待っていろ」
野村さんはデスクの引き出しから何かを取り出すと七海の手錠の鍵穴に入れる。そしてガチャガチャと数分いじくると、七海の手首から手錠が外れ床に落ちる。
「やりましたわ!これで自由ですわー!」
よっぽど嬉しかったのだろう。七海はばんざいしてぴょんぴょんと跳ねている。
「どうだ?うまいもんだろう?」
見せびらかす野村さんの手には細い針金とマイナスドライバーが握られていた。それだけで警察の手錠を外せるものなのか。
「さて、これで貸し一つだ。聞かせてもらうか、君たちのこれまでを」
……この人は信用できる人なのだろうか。
警察に知られており、手錠をピッキングで外すことができる人間。まず間違いなく普通の人ではない。味方にできれば心強いが、敵に回すとめんどくさいことこの上ないだろう。
だが何にせよ今は信じて話すしかない。
「日花里、毎度毎度で悪いが見張りを頼む」
「オッケー」
俺と日花里の会話を見て野村さんは眉をひそめる。野村さんから見たら俺が何もないところに声をかけ、どこかから声がしたようにしか見えないから仕方がないだろう。
璃咲邸で璃咲利夫と対峙した時と同じくらいの緊張感。あの時は完敗したが、今度こそは失敗するわけにはいかない。こんな所で失敗していたらあの璃咲利夫に勝つことなんてとうていできない。
「じゃあお話します。一家殺人事件と誘拐事件の真実を」
幽霊少女に逃げる俺 松竹梅竹松 @matutakeume
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