第18話ピンチに羞恥
下水道を歩くこと約一時間。目的地である銀行付近に到着した。マンホールは銀行のすぐ脇にある路地裏にある。順調にいけばすぐに逃げ帰れるはずだ。
七海が銀行に行き、その外を日花里が見張る。俺はというと、路地裏からゴミ箱を陰にして日花里の姿が目に入る場所で待機していた。
しばらくは気を張っていたが五分も経つとただただ日花里をぼーっと見つめる機械のようになってしまいっていた。既に七海が銀行に入ってから十五分は経っている。なのに七海が出てくる様子はない。日花里が何もしていないところを見ると何か起こったわけではないのだろうが、少し時間がかかりすぎだ。順番待ちに時間がかかっているのだろうか。時間が長くなれば長くなるほどリスクが高まる。もうそろそろ逃げたいところだが……。
そう思っているとようやく七海が銀行から出てきた。満足げな顔をしているところを見るとうまくいったのだろう。手に持っているビジネスバッグには大金が入っているはずだ。
後はこっちに来るだけ。日花里と七海がうなずいてこっちを向いた瞬間、状況は急変した。
「君、璃咲愛菜さんだね?」
距離があるのではっきりとは聞こえなかったが、間違いなくスーツの男がそう声をかけた。それも一人ではない。合計三人で七海を囲んでいる。
そして話しかけた男はポケットから一つの小さな手帳を取り出した。俺の生活を変えたそれは遠くからでも見間違えることはない。間違いなくそれは、警察手帳――。
「警察だ。君を保護する。もう安心だよ」
警察……!
一気に鼓動が早まるのを感じる。何かしなければいけないのはわかっているが、思考がまとまらない。
しまった!私服警官のことをまったく考慮していなかった。これでは日花里の見張りも意味をなさない。やたら時間がかかったのは警察を呼んでいたからか……!
くそ、逃げる方法は色々考えていたが、捕まった時の対処法なんてまったく考えていなかった。捕まった後なんて考える必要はないと思っていたが、七海は俺とは違う立場なんだ。こうなる可能性も考えないといけなかった……!やっぱり考えが甘かったんだ……!
優しい顔で話しかけている警官に対し、七海は焦った顔でこっちをチラチラと見てくる。これじゃあその方向に何かあると教えているようなものだ。七海もだいぶテンパっている。いつの間にか日花里の姿も見えない。どこに行ったんだ……?
七海の様子にさっそく気付いた警官が手錠を取り出し、俺の方にゆっくり近づいてくる。
七海を保護しているのが二人。俺の方に来るのが一人。
さすがにここから飛び出して七海を救出して逃げるなんて不可能!ここは俺一人でも逃げて……いや、警察に捕まったら秘密裏に璃咲利夫に処理されてしまうだろう。七海を見捨てるわけにもいかない。
どうするどうするどうする……!考えている暇はない。決断しないと……!
俺が腰を上げようとした時、甲高い声が響いた。
「誰か助けてーーーーー!」
日花里の声……!
日花里が離れた場所で大声を上げたんだ……!
その声に気を取られ、一瞬警官が三人とも声のした方向を見た。
「ごめんあそばせ!」
その隙を七海は見逃さなかった。
大金の入っているカバンを振り回し、警官を跳ね除けてこっちに走ってくる。
「なんだ……!?」
驚きの表情を隠さないまま警官の一人が無意識のように手錠を持った手を七海に伸ばす。
「なっ……!しゃらくさいですわ!」
手錠は運悪く七海の両腕を捕える。両腕を後ろ手に縛られた七海は回転しながらハイキックを警官の一人にかました。
「逃げますわよ!」
「わかってる!」
そのまま走ってきた七海と一緒に路地裏を駆ける。
「いたぞ!積木哲也だ!追うぞ!」
「だがさっきの声は……」
「くそ、ならお前はそっちに行ってくれ!」
よし、日花里の声もうまく働いている。警官の動きが少し止まってくれた。
警官を巻くために角がある度に曲がり、路地裏を走り続ける。
「やっと見つけた!」
後ろからのその声に一瞬ビクッとするが、それは日花里のものだった。
「ナイスだったでしょ?」
「ああ、助かった」
「これで三人合流できましたわね。どこかのマンホールから早く逃げましょう」
そうしたいのは山々だが、確かこの辺の路地裏には下水道につながるマンホールはあの場所しかなかったはず。銀行付近まで戻るかどこか別の人気のない場所まで行かなければならない。
「このまま路地裏を走り続けるのも危険だな……鉢合わせでもしたら逃げきれない」
「でも路地裏から出たらそれこそ格好の的ではなくて?今のわたくしたちの格好もばれていますし……」
「だったらさらに変装すればいいんじゃない?」
「変装といってもここに着替えなんて……」
「だから、七海が服を脱げばいいんだよ」
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
日花里の提案に七海が声を上げる。
「おい、大声を出すな」
「わかってますわよ。でも……この人が……!」
顔を真っ赤にしながら怒りを抑えるように声を詰まらせる七海。……だが悪い提案じゃない。
「七海、お前そのスーツの下何着てる?」
「ちょっ!?正気ですの!?」
「いいから教えろ」
「……下着代わりに普段部屋で着ている服を着ていますが……いやでもそれでもあんな恥ずかしい服で外を……!」
「金髪スーツっていう目立つ格好よりマシだ」
「それにここは駅前だからセクシーな格好の人だって少なくないよ。何とか紛れられるかも」
「そ、それは……そうですわ!わたくし今手錠で拘束されてますから服は脱げませんわ!」
「服を切ればいい」
「あ、ゴミ箱にハサミ落ちてるよ」
七海の抵抗を二人がかりで次々潰していく。
「ですが……でも……えぇ……や、やですわ……でも……」
顔を赤くして何か言おうとする七海。だが何も言い返せないようだ。
「時間がないんだ。悪いけど拒否権はないからな」
「わ……わかりましたわよ!でも……」
七海はもじもじして恥ずかしそうに目線を逸らして、こう言った。
「や、やさしくしてくださいね……?」
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