第17話見つからないように変装
「準備完了っと。みんな行けるか?」
「おー!」
マンホールの中に風を送り確認を取るが、声が一つしかない。
「あれ、七海は?」
「なんか準備がある、って」
「準備?」
準備も何もすることはないと思うが……。
「お待たせいたしましたわ」
その声と共にドラム缶のすき間から七海が現れる。
「ふふ、やはり外に行くならそれなりの格好をしなければいけませんわよね」
七海の準備ってそういうことか。
くるりと回って嬉しそうに自分の格好を見せびらかす七海。
今の七海の格好は白いブレザーの制服姿。七海が家出する時に着てきて泥で汚したものだ。七海のサイズに合う服はそれしかない。さすがにピチピチの服では外は出歩けないということだろう。
「こういう日が来るだろうと思ってずっと着るのを我慢していたんですのよ!外に行くのにシワシワな服を着るわけにはいかないですものね」
久しぶりにまともな服を着れてはしゃいでいる七海。まるで入学式の日の朝初めて制服を着た新入生のようだ。
「じゃあさっそく出発しますわよ!」
そう高らかに言っていの一番に下水道の中に入っていく七海。あの臭さ、汚さを覚えているのだろうか。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
俺も下水道内に入ろうとしたところに七海の悲鳴が届く。
「な、七海!?」
ハシゴを急いで下りて下水道を懐中電灯を照らす。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ、さいあくですわ!」
声のする方を照らすと、泥の中に尻もちをついて涙目になっている七海の姿があった。
「大丈夫か?」
訊くと七海はすごく辛そうな顔をしてうなずいた。
「ええ……。ハシゴを踏み外して落ちてしまったのですが幸い泥がクッションになってどこもケガはありませんわ……。でもそのせいで服が……うぅ……せっかくの一張羅がぁ……」
七海の着ていた純白の制服は泥で見事に真っ黒になってしまっていた。
「まぁしょうがないね。とりあえず行こっか」
日花里もふわふわと下りてきてそう言うが、七海は立ち上がって断固として反対の声を上げる。
「無理に決まっているでしょう!こんな汚れた服で外など歩けませんわ!」
「でも銀行の閉店時間とかあるしな。結構時間ないぞ」
七海も口座にどれだけのお金が入っているか覚えていないそうだが、それなりの金額は入っているらしい。七海の言うそれなりがどれだけかはわからないが、ATMでは下ろせない金額だろう。何日かに分けて下ろすというのもしたくないし、今日の内に何とかしたい。
「うるさいですわ!無理なものは無理なんですのよ!ちょっとそこで待っててくださいまし!」
せっかく着れた服を汚してしまい機嫌が悪いのか怒ってハシゴを上っていってしまう七海。待ってろと言われてもこんな臭い空間で待つなんてこっちだって無理だ。仕方なく俺と日花里も外に戻る。
下水道を出たところで待つこと約三十分。七海がようやく戻ってきた。
「ふふふ。これ、画期的じゃありません?」
七海の服は制服でもピチピチの服でもない。
「あ、それパパの服……」
「どうです?悪くないでしょう?」
七海はスーツを着ていた。どこにでもありそうな黒いビジネススーツ。サイズは合っておらず多少ぶかぶかだが、外人のようなスタイルのおかげで割と似合っている。
「それは変装のつもりか?」
「これで誰もわたくしが誘拐されたかわいそうな被害者だとは思いませんわ!」
いつもの七海とは違い、普段下ろしている金髪はポニーテールにしており、目元は黒のサングラスで隠している。サングラスをかけているせいで表情はわかりづらいがドヤ顔をしていることはわかった。
「まぁ変装ってのは悪くないな。でもそのサングラスは俺が預かっとく。金髪スーツサングラスなんて外国のギャングみたいな奴が真昼間から街を出歩いているわけないからな」
「あぁっ、それ一番のお気に入りでしたのに……」
七海のかけているサングラスを自分のポケットにしまい、代わりに地図を見せる。
「お前を待っている間作戦を考え直してた。時間がないから一回しか説明しないぞ」
「ええ。自慢じゃないですけどわたくし頭がいいんですのよ。余裕ですわ」
……初めて見た時はそう思っていたが、最近のこいつの行いを見ているととてもそうには思えない。まぁいい、説明を始めよう。
「まず当初の予定場所は変更だ。少し距離の近い銀行にするぞ」
「仕方ないですわね」
「ねぇ、ずっと思ってたんだけど銀行に行くの明日にしたら?そっちの方が時間もとれるし」
「「それはない」ですわ」
七海はともかく、俺は昨日の昼から何も口にしていない。食料を漁りに行くのも悪くないが、どっちにしろ外に行くならまともな食事をとりたい。それに七海はゴミ箱に捨てられているおにぎりなんかは食えないだろう。
「で、作戦の続きだ。銀行に一番近いマンホールから出たら俺は隠れているから七海一人で銀行からお金を引き出してくれ」
「わたくし一人なんですの?」
「俺が一緒に行くと逆にばれやすくなるからな。でも何があってもいいように日花里が銀行の外で見張りをしてる。それでもし何かあったら状況に応じて俺か七海に連絡して臨機応変に動くって感じだ」
「結構大雑把ですのね」
「何事もなかったら十分くらいで終わるからな。しかもそんなに難しいこともないし大丈夫だろ」
こうしてかなり軽い気持ちで資金調達に向かった俺たち。だが思慮が浅い行動はいつだって失敗するものだ。そしてそれはいつだって予想していない時に起こる。
警察からの逃避行でそれを学んだはずだが、ここ一週間の生活ですっかり忘れてしまっていた。結局は俺も恵まれた環境にぜいたくを覚えてしまっていたのである。
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