第12話勝負に出る時

 愛菜は俺から聞かされた全てのできごとを包み隠さず美紀さんに伝えた。話し始めてしまったら中途半端に止めることもできない。俺と日花里のこれまでの苦しみが語られるのをただただ聞くことだけしかできなかった。

 俺が愛菜に全てを話した時、日花里も同じことを思ったのだろうか。

 信用していた人間にのみ打ち明けた秘密を、その人が別の人に善意で話しているようなものだ。つまり、余計なお世話ということだ。

 後で日花里には謝らなきゃな。……後があればいいのだが。

「なるほど、その男からそのような話を聞いたわけですか……」

 愛菜から全てを聞いた美紀さんは一息つくと、俺を怪訝な目で睨む。

「お嬢様をそのような嘘で騙すとは……。ですが私はそう簡単には騙されませんよ、殺人犯」

「嘘なんかじゃありませんわ!お父様はそのようなことをする人なんですわよ!」

 俺が何か言うよりも早く愛菜が立ち上がって強く否定した。その愛菜の態度に美紀さんはいたって冷静に返す。

「第一、お嬢様もお嬢様です。いくら旦那様が嫌いだからってそのような話を真に受けるなんて……。わかっているとはお思いですが、その男は犯罪者ですよ。信用できません」

「ですが、あの男は……!」

 また愛菜が何か言おうとしたところをちょうどインターホンの音が邪魔をする。

「それと、もちろん私はお嬢様の味方ですが仕えているのはもちろん旦那様です。そこのところを、ご理解を」

「美紀……」

「では、失礼します」

 一言そう言って頭を下げると、美紀さんは部屋から出て行った。おそらく璃咲利夫が帰ってきたのだろう。

「……使用人の無礼な態度、わたくしからお詫び申し上げますわ」

 脱力したのか、愛菜はぽすんとベッドに座り込んだ。

「気にしなくていいさ。あれが犯罪者に対する普通の態度だよ」

 テーブルに置き去りにされた紅茶を一口飲み込む。今まで味わったことのない上品な味に感銘を受けるが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 美紀さん、想定していたよりよっぽどめんどくさそうな人だ。作戦の邪魔にならなければいいのだが……。

「さっきのインターホンって、璃咲利夫が帰ってきたってことだよね……」

 さっきまで浮いていた日花里だったが、今は地に足をつけて拳を握っている。

「たぶんな。日花里はなるべく黙っていてくれよ。お前の存在はこっちの切り札だ。璃咲利夫にお前の意思がまだ残っていることがばれたら残されたわずかな証拠が隠されるかもしれない。そうなったらもし今日自白させられなかったら今後璃咲利夫を捕まえるのは難しくなる。もっとも美紀さん経由でばれるかもしれないが」

 言ってから愛菜にとって少し嫌味っぽくなってしまったことに気づいた。何にせよ璃咲利夫が帰ってきたのならあまり時間はない。

「軽い打ち合わせをしておこう。基本的に交渉は全部俺がやる。愛菜もあくまで人質って立場を崩さないでくれ。で、警察に自首するように指示してそれで終わりだ」

「……うん、わかった」

 日花里は握りこぶしを解いたが、厳しい表情は変わらない。自分を殺した復讐相手に今から相対するんだ。こうもなるだろう。

「よろしくお願いしますわよ」

 愛菜もこの作戦に納得してくれた。さっきのことで少し反省しているのかもしれない。

「よし」

 立ち上がり、竹刀袋からバールを取り出す。

「来い、璃咲利夫。決着の時だ……!」

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