第8話父に抗する娘の理由

 それから愛菜には全てを話した。

 俺が罪を擦り付けられたこと。幽霊になった日花里が自分たちを殺す璃咲利夫を見ていたこと。璃咲利夫への復讐のために愛菜を誘拐しようとしていたこと。

「なるほど……そんなことがあったんですのね……」

 その全てを聞いた愛菜は意外にもすっきりした顔をしていた。

「ごめんな、まったく関係ないのに巻き込もうとして」

「構いませんわ。元々わたくしが万引きしようと思ったのだってお父様の地位を下げるためのことですし」

「だからって人の迷惑になることはするなよ」

「わたくしを誘拐しようとしたあなたがそれを言いますか?」

 ……何も言えねぇ。

「ですが止めてくれたあなたには感謝していますわ。わたくしもあれは反省しています。ですので、あなた方に協力させていただきますわ」

 またしても意外な言葉。どこまで協力してくれるのかはわからないが、うまくいけば何のリスクもなく愛菜を誘拐することができる。

「でもいいのか?危険な目に遭うかもしれないぞ」

 殺人と誘拐をした人間相手に警察がどれだけ手荒な真似をするかもわからない。愛菜は被害者だから危害は加えられないだろうが、実際何が起こるかは予測もできない。それに共犯として警察に追われることになる可能性だってゼロではない。

「多少の危険は覚悟の上ですわ。それでもわたくしにも手伝わせてくださいまし」

 愛菜の目には覚悟の炎が燃えている。やめるつもりはないようだ。

「……どうして俺たちの言っていることをそこまで信じてくれるんだ?会ってすぐの奴の言葉、しかも犯罪者ってことになってる奴の言葉を」

 もし俺だったら嘘だと決めつけひっそりと警察に通報するだろう。でも愛菜はそんな素振りなんて見せず、ただただ俺たちの復讐に協力してくれようとしている。まさか万引きを止めたという恩義だけというわけでもないだろう。

「確かにあなたの言っていること全てを鵜呑みにすることはできませんわ。幽霊だなんてわたくしは見たこともありませんし、ニュースを見た限りだとあなたは凶悪な殺人犯。正直とても怖いですわ。でもお父様がそこにいるという日花里さんを殺し、聡志さんに罪を擦り付けた。その言葉だけは信じられる」

「……実の父親だろ?」

「あの人はそういう人間なんですよ!そんな卑劣なことをやりかねない、そういう人間なんです……」

 愛菜は怒っているような悲しんでいるような複雑な表情で何もない一点を見つめている。

 実の娘にそこまで言わせる璃咲利夫。一体どんなことをすればここまでになるのだろう。身体を張ってまで俺を逃がしてくれた親を持った俺にはわからない。

 やはり俺は、恵まれていた。

「お父様がそんなことをしたなら家族であるわたくしにこそ止める責任がある。わたくしがあなたに協力する理由はそれだけで十分です」

 そう言うと愛菜はベンチから立ち上がる。

「それと、お父様を問い詰めるならわざわざわたくしを誘拐する必要はありませんわ」

「どういうことだ?」

「だってお父様はわたくしと同じ家に住んでいるんですのよ。ということはわたくしの家にいれば自然と会えるというもの。そこで適当に包丁でも持ってわたくしに突き付けてれば終わりですわ」

 中々ひどい作戦を美しすぎる笑顔で愛菜は提案してくる。失礼だが、やはり璃咲利夫の血を継いでいるのだな、と思った。

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