第6話

 先を歩くアゼミくんから離れないよう進んでいく。

 黒は苦手だ。一人に思えてしまうから。

 足元で光る避難灯を見ながら、シューの事を考えた。


 #*#*#*


 一年前に、恭介さんが行方不明になった時。

 その日も知り合いに話を聞いて回って、俺はどんな言葉でも表せないんじゃないか、と思う程疲れていた。疲れて、眠くて…風呂に入るのをやめよう、と考えていた。

 無造作に鍵を探しながら前を見ると、部屋の前にあいつが座っていた。寂しげに、悲しげに……でも、希望を持っているふうに。

「恭介!? あ……」

 俺に気づいた瞬間に上がった顔。すぐに、その丸い瞳が絶望で埋まる。

「すい、ませ…ん…」

 普通、不思議がるのだろう。

 時は真夜中。少女と呼ばれるような年の子が出歩く時間じゃない。

 しかし、あの時の俺は壊れていた。だから、その事についてはなにも疑問が浮かばず、ただ。

「きょ、恭介さんを知ってるのか!? どこで、いつ見たんだ!?」

「え、あ…」

「教えてくれ!」

 きっと、恐ろしかっただろう。

 知らない成人男性に突然攻め寄られて……言葉にすると恥ずかしい。いや、言葉にしなくても恥ずかしい。

「…あ、え…と……今は、知らない…」

 そのあと小さく「多分」と呟く。

 絶望のどん底ってやつを、その時見たと思う。

 でも、寒そうにしていたあいつが、とても可哀想で。あの時の自分以上に可哀想に見えて。

 いつの間にか、回らない頭で「部屋に来るか?」と、俺は尋ねていた。


 #*#*#*


「おにーさん。おにーさん生きてる?」

 アゼミくんの不満そうな声が聞こえる。

 気がつけば、大きな扉の前にいた。扉の前には、黒髪の男が立っている。

 置物のように男は動かない。中華風な刀を握った両腕をダラリと下げている。

「あれ。オレがおびき寄せるから、おにーさんその間に奥行って」

 アゼミくんの笑みはどこか怯えている。

「…二人で奥には?」

「行けると思う? あの異常者相手に。それに、おにーさん一般人じゃん?」

 一般人。

 違う。俺はそれではない。


 でも…彼の絶対零度な目がそれを許さなかった。

「さ、おにーさん。行って」

 言葉と共に駆け出す。

 男はユラリと横揺れし、謎の雄叫びを上げてアゼミくんに立ち向かった。

「遅い。遅いぞ!」

 覇気のある声。

 二人が扉から離れたところで、俺は覚悟を決めた。

 扉は意外と軽い。

 それを押し開けて、滑るように俺は先に進む。


 シューが、どうか安全でありますように。

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