第2話  ありがとね

 「上手いなあ たいしたもんやあ」

カウンター越しに、蝶ネクタイのマスターが話しかけて来た。


「味があるなあ。歌は、やっぱり心やなあ」


「マスター ホット お代わり!」

この男、極めて、おだてに弱い。


英が話しかけて来た。

「おっちゃん、もう1曲!」

「いやいや、1曲だけで十分や」

「そんな事言わんと」

「1曲だけやから、みんな聞いてくれた。

 2曲目はないねん」

「大阪弁や おっちゃん、大阪?」

「そやねん、大阪生まれなんよ」

「そうかあ、ほんで味があるんやなあ」

「まあ、たこ焼きみたいなもんや」

「上手いこと言うなあ」


その夜は、そこで引き揚げた。

・・あかん、終電が行ってしもた・・・。

金があまりない。

タクシーに乗ると、深夜割り増しで

5,000円はかかる。

仕方ない・・歩こ・・・。


行けるとこまで行こ。

繁華街を抜けて、あちこちに畑が見える所まで歩いた。

右足がだんだん痛くなって来た。

家までは、まだ5kmはある。


こんな深夜に歩いているのはこの男だけ。


場違いな男なのである。


よく考えてみたら、いつも場違いの所で生きて来た。


よくぞここまで、我ながら、よく我慢した・・・。


何かわからんままに、涙が溢れて来た。


周りが闇に溶け込む所まで歩いた。

近くに家は、無い。


 さっき歌った曲を、もう一度口ずさんでみた。


見上げると、満天の冬の星!ものすごい数だ。


子供の時に見た星座のパノラマ。


あの星は、お母ちゃん。


向こうの星が、おばあちゃん。


星を見上げるおっさんが呟いた。


「ありがとね。もうすぐ行くよ」


 


       (終わり)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る