この世の先にある灯台をめざす

太田 護葉 (おおた まもるは)

第1話 長居は無用

 若者が集まる音楽喫茶に突然現れたおっさん。


いきなり小林旭の演歌を歌って、皆が唖然とした。


本人は、一向に気にせず唄っているが

若者にとっては、全くの異分子音楽である。


ところが、案外上手い。

意外といける。


実に丁寧に、丁寧に唄っているのがよくわかる。

しかも高音が、実にきれいで、よく伸びる。

「ふーーん、ええやんか」

誰かがつぶやき、やがて、店内が静かに。


3番まできっちり唄ったおっさんに万雷の拍手が。


「おっちゃん、うまいなあ」

大阪生まれの英(ひで)が声をかけた。


「おおきに」

「さすが、亀の甲より何とかやなあ」

「おおきに」


 やがて、普段の若者音楽が溢れ、店内はほぼ満員となった。


 満員と言っても20人くらいの定員である。

店の奥に、うなぎの寝床のように連なる通路が見える。

唄う者にとっては、花道のように見える細工と照明が

施されている。


 将次は、コーヒーを飲みながら思った。

・・・・ここは、自分には、異次元の世界や。

早う消えたほうがええなあ・・。


 居合道の忘年会が済んで駅に向かう信号待ちで

ふらりと目についた階段を降りてしまった。


女性が楽しそうに踊る姿が、上手に描かれたポスターについ惹かれた。


降りてみると自分のような年齢の人は、マスター意外、誰も居ない。

まずは、先手必勝で1曲唄った次第である。


 長居は無用である。

彼は、場違いの男なのである。


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