第5話 回避成功……?

 家に上がらず、玄関の扉の傍で座り込んでしまった私にお兄ちゃんは静かな口調で語りかけた。


「花帆。影郁さんの話、聞いて。今日だけで良いから」


 ゆっくりと近づいて来たお兄ちゃんはが私の傍に座った気配がした。顔を覗き込まれているような気がするけど、それでも私は体勢を変えなかった。


「あのね、花帆にとって本当に大事な話なんだ。」


 幼い反抗を続けている私をお兄ちゃんは優しく説得しようとしている。その言葉に苛立ちは感じられない。落ち着いた雰囲気に心が揺らぎそうになるけれど、ここは抵抗をしなければならない。


「……嫌」

「一応、聞くけど……。なんで?」


 そんなの決まってる。


「魔術、嫌だから」

「……そうか」


 お兄ちゃんが言葉に詰まっている。ほら、やっぱり魔術関連の話なんだ。


「その気持ちは分からなくはないけど、まずは話だけでも聞こうよ」

「……」


 いくら優しいお兄ちゃんでも、それだけは絶対に聞かない。嫌なものは嫌なんだ。……という固い信念を示すため、私は黙って首を横に振った。


「花帆……」


 私の名前を呟き、その後に何か言おうとしたようだけど、お兄ちゃんは黙ってしまった。もう諦めてくれるだろうか。いつもなら、ここで諦めてくれれば自動的に影郁も引き下がるはずだ。


「……分かりました。とりあえず、今日はここでお終いにしましょう」


 少し間を置いて、私の予想通り影郁は白旗を上げた。やったぜ。


「影郁さん……」

「良いんです」


 お兄ちゃんは何か言いたげに影郁の名前を呼んだが、もういい、といった感じで影郁はそれを制した。


「ですが花帆さん。あなたには魔術を使えるようになってもらいますからね。必ず。……そういう状況になってしまったんです」


 影郁が何か喋っているが、私はそれを無視するかのように蹲り続けた。……フン。そんな意味深なこと言ったって聞かないんだから。


「それでは。また会いましょう」

「……さようなら」


 さようなら、という兄の言葉を聞いた私はようやく後ろを振り返った。すると、廊下にいたはずの影郁の姿は消えていた。魔術を使ってワープでもしたのだろう。これで私は魔術の修行をしろというしつこい勧誘を回避できたのだ。私の勝ちだ。


 影郁が帰ったことで、「今日も平和は守られた……!」みたいな清々しい気持ちが心の中に溢れてくる。さあ、ゲームをしよう。そう思った私は、その場に立ち尽くしている兄をスル―して自室に籠り始めた。

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