第2話 空白のログブック



 俺と彩は、高校の校舎を1度だけ振り返ると、学校の近くにある、いつものスポーツ用品店に足早に向った。彩のキャンプ用品をそろえるためだ。


 現金はあまり持っていなかったが、父親から借りてきたクレジットカードで買い物をする事にしている。


 まず始めに、彼女には少し大き過ぎるが、俺のよりは幾分小さめな登山用のバックパックと、オールシーズンの寝袋を選び、直にでも履けるハイキングシューズを探し出した。


 あと、厚めのレインコート、念のための防寒着、ポケットの沢山付いたズボンと上着、その他必要な衣類と細々とした、コンパス、水筒、防水マッチ、ライター、振ると充電できる懐中電灯。それと、腰に付けられるケースに入った刃渡り15CM位のナイフと折りたたみのポケットナイフを2つ、それに小さな斧を1つ。


 それらの支払いを済ませた後、袋には入れてもらわず、プライスタッグ、包装紙等を外して、全てを買ったバックパックに詰め込み、レジの横に飾ってあったネックレス型の小さなナイフもついでに購入して、それを彩の首に掛けた。


 そうしていると、顔見知りのいつもの店員が、

「今回は、2人で撮影旅行?いいねぇ!登山それともキャンプ?」とうらやましそうに聞いてくるので、


 俺は、

「まぁ、そんなところです。大学が始まるまで少し時間があるので、、、ちょっと奥の方まで入ってみようと思いまして。」と誤魔化して答え、そのバックパックを左の肩に背負い、彼女の手を取って、また足早に次の店に向う。



 彩が歩きながら心配そうな顔で、

「優、電車まであと3時間位しかないけど、大丈夫?」と聞くので、


 「後は、食料と、雑貨、医療品位だから、心配しなくても、時間は十分あるよ。2時間位で中央の駅まで行けば、食事も摂れるんじゃないかな。」となんとなく落着かない気持ちを隠して、笑いながら答える。


 彩は歩きながら、買い物リストをチェックして、

「優の荷物は大丈夫?ちゃんと用意してあるの?」とまた聞いてきた。


「俺の性格知ってるでしょう、大丈夫だよ。でも、しいて言えば、予備のギターの弦ぐらいかな、彩は?」


 彼女は少し考えてから、

「そうね、、、筆記用具ぐらいかな。」と俺のマネをする様にして答えてから、それらをリストに書き足し、俺の手を引く様にして、駅前のスーパーのあるビルに向って歩き始めた。



 行き交う人々の顔が何時もより嬉しそうに見えるのは、大変な事を世の中の人に隠しているとゆう自分への負い目と、屈折した心なんだと思う。


 「もうすぐ、世界の終わりが来ます。皆さん、大切な人とちゃんと向き合って生きて下さい。」と大声で叫んでみたのだが、何人かが、俺をチラッと見ただけで、何も言わずに通り過ぎて行った。


 彩は、また俺の手を引いて、悲しそうな優しそうな顔で

「優、行きましょう。」と小さくつぶやく。



 ギターの弦を購入した後、4階の文房具売り場で筆記用具を探している時、彩が小学生の女の子が使う、赤い鞄のお絵かきセットを懐かしそうに見ていたので、


 「欲しいなら、買おうよ。」と言うと、


 彩は、遠慮するかの様に、

「必要ない物だし、荷物にも成るし、、、カードの支払いも増えるし、、、」と言う。


 俺は笑いながら、その赤い鞄、デッサン用の鉛筆セット、色鉛筆、スケッチブック等を買い物かごに入れ、


 「もし、なにも起こらなかったら、カードの借金、分割で払えば良いじゃない。」と言い、自分にルーズリーフノートと、彼女が既に選んでいた筆記用具とログブックを持ってレジーに並んだ。


 レジで店員が値段のバーコードを通していると、彩はハローキティーのトランプをかごにこそっりと入れて、右手の人差し指を口の前に立てて、

「しぃー、内緒ね。」と小さな声で言い、右目でウィンクを送ってきた。



 それらをまた、バックパックに入れ、1階の食料品、雑家売り場に向う。


 1階での買い物は、彩が手早くリスト品を揃えたので、買い物かごは、直にいっぱいに成った。


 彼女の耳もとで、

「念のため生理用品も買った方が良いんじゃない?」と言うと、


 少し恥ずかしそうに、

「妊娠したら必要ないけど、、、そうよね、」と答える。


 「コンドームは、もう必要ないからね。」と笑いながら言い足すと、


 彼女は顔を赤くしながら俺の肩を叩いて、

「じゃぁ、優、先にレジに行ってて。」と言う。



 俺は、1人でレジに向かい、その途中、彼女の好きなアーモンドキャラメルとココアもピックして支払いの列に並んで、彼女を待つ。


 そして、俺がレジのベルトに品物を並べていると、

「ごめん、待たせちゃって。」と彩は言って、タンポンとコーヒー味のキャンディーと、色違いのお揃いのステンレスカップを2つそこに並べた。


 「もう少しで、カップ買い落すとこだった。優、もう1度、買い物リスト、確認しよう。」と言うが、


 「いや、俺の荷物を取りに行って、リストと照合してから考えよう。もしまだ必要な物があれば、中央で手に入れたらいいさぁ。」と答える。



 今度は俺が彩をせかせて、荷物を預けてあるロッカーまで急いで歩く。


 地下鉄のコインロッカーから自分のバックパック、ギターケース、彩の着替えの入った鞄を取り出すと、その横のベンチのある休憩所で荷物を詰め直す事にした。


 人々が行き交う中、2つのバックパックを1度空にして、彩の持つリストと照らし合わせながら、衣類と濡れたら困る食料品、医療品等をジップロックに入れ、衣類はそれぞれのバックパックに、なるべく重い物を自分に、軽い物を彩のバックパックに分けて入れた。


 俺はスニーカーから、かさ張るハイキングブーツに履き変え、古い使い慣れたナイフを腰に挿した後、それを隠すように長袖のシャツを腰に巻いた。そして、ナイフを1つ、彩のバックパックの横のポケットに入れる。


 さすがに1週間分の食量と防寒着を含めた衣類を入れたバックパックは、ほとんどいっぱいに成り、重さも相当なものに成ったのだが、飲み水は小屋にある井戸で調達できるので、それはラッキーだ。


 そして、彩がそのバックパックを背負うの手伝って、

「どう、大丈夫?重くない?」と聞くと、


 彼女は、二ッコリしながら、白い帽子を被り直し、

「もうちょっと持てると思うよ。それより、このワンピとこの帽子で、このバックパックだと変じゃない?」と聞くので、


 自分もバックパックを背負い、左手にギターケースを持って、

「とても似合ってると思うよ、彩。それに新婚旅行みたいなものなんでしょう。ねぇ、よく映画とかドラマで、“おまえ” とか “あなた” って呼び合うじゃない。でも、それ、俺達には似合わないよね。」と言うと、


 彩は、

「そうかしら? “あなた” 早く行きましょう!」と子供のように笑って答える。いかにも、彼女らしい悪戯だ。



 俺と彩は、足早に歩く人々の中をゆっくりと歩き、エスカレーターで下りて、地下鉄を待った。俺達2人は確実にその場から浮いていた。


 俺は、冗談っぽく、

「彩が、俺の事を “あなた” なんて呼ぶんだったら、“おまえ” って呼ぶよ、それでもいい?」と言うと、


 彼女は、笑いながら

「それは止めてね!」と答える。


 「じゃぁ、また “先輩” かな?」


 「それだけは絶対止めてよ!、、、もう結婚したんだから。」



 その時、構内のアナウンスと共に電車が入ってきたので、俺は、

「行こうか、彩」と言うと、


 彼女は

「はい、“あなた”」と答えて、俺にウィンクを投げる。


 “いかにも、そおゆうところが彩らしいな” と思い、彼女をとても愛おしく感じた。



 中央の駅で目的地までの切符を買った後、電車の出発時刻まで1時間ちょっとあったので、食事を摂ることにした。


 「彩、何が食べたい?」


 「何でも良いよ、あなたに任せる。」


 「これが最後かもよ?それでもいいの?」


 すると、彼女は少し考えて、

「本当に何でも良いの、、、じゃあ、私、生ビール、飲んでみたい。」と真面目な顔で答える。


 「本気で言ってるの?彩、飲めないじゃない。」


 「もちろん、本気よ。それに本当にこれで最後になるなら、ちゃんとお祝いしときたいし。」と言い、


 50代ぐらいのサラリーマン風の男性を捕まえて、

「すみません、この辺で生ビールが飲めて、簡単に食事が出来る所ありませんか?」と聞く。


 その人は、

「それやったら、そこの階段下りた地下1の奥に、万作ちゅう店があるけん、そこへ行きんさい。安かばってん、料理は美味かよ。君ら学生ね?」と親切そうな声で言うので、


 彩は、顔を赤くして、少しためらいながら、

「はい、学生結婚です。今から新婚旅行に行きます。」と答えると、


 その人は、

「そげね、それは、めでたかねぇ、気ぃ付けて行ってきんさい。」と言い、人波の中に消えて行ってしまった。



 階段を下りるとその店は直に見つかった。


 2人でのれんをくぐり、バックパックとギターケースは壁際に置き、カウンターに座った。まだ早い時間なので、そのコジンマリとした店には、サラリーマン風の客が2人しかいない。


 カウンター越しに、その店の主人らしい人が、

「いらっしゃい、何か飲むね?」と聞くので、


 俺は、

「とりあえず、生中2つお願いします。」と頼むと、彩は緊張しているらしく、下を向いたままメニューを見ている。


 「お前、そんなに緊張するなら、こんな店選ぶなよ。」と小さな声で彼女の耳もとで言うと、


 二ッコリ笑って、

「今、“おまえ” って呼んでくれた。」と喜んだように言うので、


 「違うよ、“お前” だよ。」と言い返す。


 彼女はまた顔を赤くして、甘えたように、

「どっちでもいいけど、、、私、こうゆう所、1度来てみたかったの。」と言う。


 その時、その主人そうな男が、

「お待ちどうさん、」と言い、ビールジョッキを2つカウンターに置き、


 「今から行くとね?それとも帰るとね?」と聞くので、


 彩は、すぐさま

「今から、新婚旅行に行くとです。」と答えると、


 「そげね、それじゃぁ、このビールは俺のおごりじゃけん、、、おめでとさん。ばってん、君ら、まだ若かとに、もう結婚するとね?もう少し、遊んだ方がよかなかね?ところで、何か、食べるとね?」


 「そやねぇ、焼き鳥の盛り合わせと、おでんと、焼きおにぎりを、2人分お願いするっちゃ。」と彩は嬉しそうに注文をする。


 俺が、

「大将、すみません、1時間位しかないんですけど、」と言うと、


 「そげん事、気にせんでもよかよ、すぐ、できるけん。」と言って、焼き場に入って行った。


 彩はビールを持って、

「優、乾杯しましょう。昨日までの私達と、今日からの私達に。それと、なくなるかもしれない私達の世界に。これが私達の卒業式。」と言い、俺のジョッキに当てて、


 「乾杯」と言った。


 俺は、何とか成るさとゆう気分で、ビールを1息で飲み干し、彩も、半分位飲んで、ジョッキをカウンターにおいた。


 大将の奥さんらしい人が、おでんを持って来てくれた時、俺はビールをもう1つオーダーし、


 「彩、無理して飲まない方が良い。」と言うと、


 「大丈夫よ、心配しないで。本当、1度でいいから、酔ってみたかったの。」と言い、残りのビールを飲み干した。


 俺は、彩にビールをもう1つオーダーし、

「何か食べながら飲まないと、本当に酔うよ。」と言うと、


 「もう遅いわ、何となく感じるもん。そうなんだ、こんな感じなんだ、、、」


 「お前、大丈夫か?」と言っていると、次のビールと焼き鳥がカウンターに運ばれてきた。


 彼女は、二ッコリとした笑顔でそのビールを少しずつ飲みながら、焼き鳥とおでんを食べ、次に出来上がった焼きおにぎりも食べ、俺が飲み終えたジョッキに、自分のビールを半分注ぎ足して、


 「なんか、大人に成った気分、、、ねぇ、知ってる?あの時、優がいてくれたから、私は今、ここにいられるのよ。じゃないと、こんな事も出来なかったし、高校だって、、、本当、ありがとう。私、、、」とつぶやき、


 「もう子供じゃない。がんばって生きなきゃ。ねぇ、あなた、また来たいな、この店。」と言うので、


 「そうだね、できたら良いね。でも、あまり、心配すんなよ、どうせ成る様にしか成らないんだから。」と答える。



 俺は勘定を済ませ、頭を下げて、

「ビール、ご馳走様でした。また来ます。」と言い、自分のバックパックを背負い、もう1つを手で持ち、


 「彩、行くよ。俺のギター持って。」と言って店を出た。



 駅の改札口に向う途中、彼女はトイレに寄り、俺はその間に輸入品の店で、ブランデーとドイツ産のチョコレートを買った。


 トイレから出てきた彩は、

「ふらふらする程じゃないけど、少し、酔っちゃった。」と言うので、


 「本当に、大丈夫か?」と聞くと、


 彼女は真面目な顔で

「気が張ってるから、全然酔った気がしないけど、少し不安で怖いから、、、酔ったふりしていたいの。でも大丈夫よ、あなたがいるから何とか成ると思う。あの時もそうだったし、今回もきっとそうよ。」と言った。



 確かにそうだ。“終る” と聞かされてから、まだ5日しかたってないのに、後何日かで本当に “終る” かもしれないなんて、、、そんな時、平常心でいられる人間なんているのだろうか?


 でも俺達は、もう子供じゃない。

 人を愛する事と愛の暖かみを知っている。

 命とは、愛し合う2人の証だとゆう事を知っている。

 新しい命を育み、命を繋げる事の大切さを知っている。

 命には生きる責任がある事を知っている。


 だから、俺達たちは、もう子供ではない。子供ではいられない。

 ただ、しっかりと愛し、生きるだけだ。



 駅のホームの売店でボトル入りの水を数本買い、それを水筒に移し替え、残りを2人で分け合いながら飲む。


 月曜日、午後4時15分、心地良い春風を感じながら、俺と彩は、昔よく行った山に向う電車に乗り込んだ。



 駅を出て小1時間程で、景色は雑然とした街から、のどかな田園風景に変わり始める。


 彩が、

「本当に “この世の終わり” なんて来るのかな?」とボソッと呟き、俺の顔を見て、


 「まぁ、、、何となく信じがたい気もするから、もし、何も起こらなかったら、少し早い卒業旅行を兼ねた新婚旅行とでも考えようかなって思ってるんだけどね、いいんでしょう、優?」と言うのだが、


 俺は彩のその言葉には反応せず、

「携帯が繋がらなくなる前に、1度連絡を入れとこうと思うんだ。」と言い、両親に電話を掛ける。


 「もしもし、俺、あぁ、、、もちろん彩と一緒。一応、昨日の夜にした。まだ役所には行ってないけど、今から彩の田舎の山小屋に行く。


 それと、20万ぐらいカードで使ったけど、もし何も起こらなかったら、ちゃんと返すから、、、心配しても仕方ないと思うよ、お母さん、、、でも非常食ぐらいはそろえて置いた方がいいと思う、あぁ、念のため。


 じゃぁ、元気で、あぁ、判ってる、“さようなら”、は言わないけど、あぁ、、、あぁ、お父さんによろしく、それじゃあ、今替わる。彩、母親。」と言い、携帯を彩に渡す。


 「もしもし、替わりました。はい、はい、、、それはもちろん、、いいえ、こちらこそ、はい、、、ちゃんと、彼に付いて行きます。はい、お母さんも御気を付けて、、、御免ください。」と言って彼女は携帯を切る。


 「なんだって、俺の母親?」、と彩に聞いたら、


 「優は、1度言い出したら、人の話を聞かないから、大変だとおもうけど、よろしくお願いしますって。」


 次に彩が電話を掛けた。


 「もしもし、お母さん、私。うん、今、ひい婆ちゃんとこに向かいよう。うん、山の小屋に行くつもりやけん。うん、かっ手に結婚したのは、、、御免なさい。


 でも、高校卒業したらって決めてたけん。うん、お父さんはどげんしよう?


 あぁ、お父さん、元気?私は元気だっちゃよ。ありがとう、、、お父さん。うん、ところで、ちゃんと準備したと?私は、大丈夫、優は、私と違って、とても慎重だから。うん、今替わるっちゃね。」


「どうも、はい、、、この間お話ししました様に、卒業した後で、お話に伺う予定だったのですが、はい、こんな形に成ってしまって、本当に申し訳御座いませんでした。


 はい、それはもちろん、理解してます。はい、この5年間、彩さんだけを見て来ましたから、その気持ちは変わりません。


 あなた方の娘さんは、、、彩さんを何時までも大切にして、生きます。


 はい、有難うございます。今、替わります。はい、そちらも御気を付け下さい。」


 「お父さん、私、優の事、とても愛してるっちゃ。そう、入院する前から、、、そう、ずっと、、、


 うん、もし、なにも起こらんかったら、1週間位で戻るけん。うん、お父さんもお母さんも、、、有難う。それじゃあ、また。」と言い、彼女は携帯を切る。



 俺は、涙を落としながら、外を眺めている彩の細い肩をきつく抱いた。そうすると、彼女は俺の肩にその顔をそっと埋めて、

 

 「ねぇ、あの時も、よくこうしてくれたよね、、、私、怖くて、寂しくて、いつも心の中で泣いてた。本当にもう駄目だって思ってた。友達も1人1人来なくなって、、、皆、辛かったんだと思う。でも、あなたは、毎日、毎日、病院に来てくれた。


 私と同じ高校に行きたいからって、勉強教えて欲しいって。そして、いつもこうして私を抱いていてくれてた。あの時、思ったの、、、病気の私でも、優の役に立ってんだから、頑張らなきゃって。


 でも本当は、、、優には、私の手伝いなんて、必要なかったんじゃないの?」と聞くので、


 「あの時は恥ずかしかったから、言えなかったけど、“憧れの先輩” とずっと一緒にいたかったんだ。」


 「あなたは、“焦らなくてもいいよ、ずっと、いつまでも待ってるから、ゆっくり治せばいいよ” って言ってくれたんだ。


 私はそれが、とても嬉かった。


 “あなたと生きたい” って思った。あなたが私に勇気をくれた、明日を待てる力をくれたの、、、退院が決まった日も、こうやって私を抱いて、一緒に泣いてくれた。あの時、本当にあなたの愛を感じた。“ありがとう” って言葉だけじゃ、言い尽くせない。」と言ってその顔を肩から外し、俺の眼を見つめて,


 「愛してる」と言い、俺に、ゆっくりと、本当にゆっくりとキスをする。


 そして、ザワツイテいる学生服の女の子達に彩は、

 「あなた達も良い人、見つけてね。」と優しい声で、微笑みながら言い、俺にもたれて肩にそっと頭をのせる。



 そうこうしている内に、電車は俺達が通っていた中学校がある駅に着いた。


 その駅で、乗り換えた電車が出発をするのを待っている時、


 「ちょっと待ってて。」と言って、彩は立ち上り、1人で電車を降りた。



 しばらくすると、缶ビールを2つ持って、彩がニコニコしながら戻ってきて、

「昔は、缶コーヒーだったね。」と言って、その1つを俺に渡す。


 俺は、冗談ポォく、

「奥さん、よく気が付きますね。」と冷かすと、


 「優の事なら何でも知ってるわ。」と答える。


 俺達は、また乾杯をして、ビールを飲みながら、その1両編成の電車が出るのを待っていると、数人の懐かしい学生服を着た男の子と女の子が仲良さそうに、乗り込んできた。


 4,5歳位しか離れていないのに、その子達がとても幼く見える。



 6時きっかしに、その電車は、俺達2人を含めた10数人の乗客を乗せて、その駅を出発した。


 西の空がとても綺麗な夕焼けを作り出しているのを見ながら、

「いずれ、これも廃線になるんだろうな。俺は、街よりこっちの方が好きだな。」と言うと、


 彩は、懐かしそうに、

「3年ぶりよね、2人でこの電車に乗るの、、、私もこっちの方が好き。私は引越したくなかったの、でも父が高校まで3時間以上掛かるからって、、、」



 少しずつ減っていった車内は、終点の駅に着いた時、俺と彩の2人っきりに成っていた。そして、電車は、日の落ちかけた、もの悲しい無人駅に降りた俺達2人を残して、元来た線路を帰って行った。


 俺はバックパックを背負うのを手伝って、

「行こうか。」と言い、誰もいない道を、彩と並んで、ゆっくりと歩きながら、彼女の曾祖母の住む家に向う。


 赤い大きな月が、東の空に昇り始めている。



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