5−3「精神攻撃は傭兵の基本だ」

『7時。あ、消えちまった。結構遠かったぜ』

「うん、見えてた。けど……」


 ターミナルに到着して間もなく、ついに味方からの支援が途絶えた。モニターに出ていた反応のほとんどが消えて、付近のものだけが残る。視界のない戦場に響き続けていた豪快な砲撃、着弾音も聞こえなくなった。


『索敵ランチャー残弾なし、これよりクロの援護に入る』

『あいつはもうターミナルだ。援護急げ』

『こっちももう打ち止めだよ。クロちゃんガンバー』


 メイカ達の通信を耳に入れながらも、戦闘は継続していた。クロが単機で中心部に向かっていることは誰が見ても明らかであり、実際に敵はこの場所に集まってきている。


『さて、ここからお手並み拝見ですねぇ』

「危なくなったら逃げてアイゼンさん待ちます」

『うむ』

『そう遠慮するな。残さず食え』

「……はい」


 今しがた倒した敵機の不能を確認すると、クロ機はターミナルの開けた空間から伸びる一本の道路の前に立った。赤黒く染まったブレード構え、この先にいるだろう敵機を見据える。その影は未だ見えてこない。


『行かねーのか?』


 反応が消えるまでは確かに近づいて来ていたが、この間に指示が出て待ち伏せているかもしれない。直前に嫌な気配を感じ取ったクロはそんな気がしていた。索敵の支援がなくなった途端にこれでは先が思いやられる。しかし、直感を無視するわけにもいかない。迷いが生じた時点でこの選択はなしだ。


「んー、やっぱりこの敵は後回しで。次——」

『6時! クロ後ろだ!』


 警戒していたこともあって、索敵に現れた反応には瞬時に対応することができた。ウェスの叫びとともに反転して影を視界に捉える。突如出現した反応は急激に距離を縮め、すぐそこまで迫っていた。


 速い! 接近戦か!?


 跳躍は間に合わないと判断したクロは、機体を半身にして側面にブレードを押し当て、装甲代わりとして攻撃に備えた。


『そらよぉ!』

「うおッ……!」


 塵によって影に見えていたシルエットをブチ抜くように、低姿勢で飛び出してきた青色の機体。その敵機は両手で掴んだハンマーを下から上に振り抜く途中、ブレードに衝突して動きを止めた。接触部から浮遊物が円状に吹き飛ばされ、衝撃の程を明らかにする。それでも、咄嗟の防御行動で機体の損傷だけは最小限に抑えることができた。ブレードがなれけば、胸部を程よく潰されていただろう。


 でも、まずいな。


 案の定、クロ機の構えたブレードはハンマーとの衝突で刃の中央に深いひびが入っている。しかもハンマーの攻撃は計器に表れなくとも、パーツに深刻な負荷を与えている可能性がある。この初撃は大きい。


『ほー、やるじゃねぇかおめぇ。俺が出て来て正解だったわ』


 モニターには敵機がでかでかと映し出されている。比較的軽量な装甲で、見慣れぬ機体だ。武器は手持ちの得物のみ。それだけに目が向いてしまう。ハンマーは機体半分程度の頑丈な柄に無骨な塊が付いただけの武器で、重量は大型ブレードを超える。圧倒的な質量で目標を圧し潰すその一撃は厚い装甲を物ともしない。


『で、この攻撃はうまく凌いだかもしれねぇが、次はどうする?』


 近接武器は接触の加減が難しいところだが、この敵機は跳躍の微調整も難なく使いこなしている。明らかに先ほどまでの相手とは一線を画す。しかも密接状態は完全に敵の間合いである。雑魚相手ならば即座に引いてもう一本のブレードを取り出す場面。しかし敵の技量を考えると、詰められながらの速度が乗ったハンマーは厄介だ。クロはこの押し合いの状態から迂闊に動けなくなってしまった。


 力を継続して出し続ける機体に負荷が掛かり、排熱機関が唸りを上げている。


『ほらほら、グズグズしてると死ぬぞ。何とか言ってみろっての。これだから軍隊気取りの傭兵団はつまんねぇなぁ』


 クロの心情を知ってか知らずか、敵機は一向に動こうとしない。その代わり、今この戦場で唯一通信を放つ眼前の敵、ザッパーはとにかく絶えず煽り続けていた。


『チッ、あいつハンマーなんて使えたのかクソ。相性が悪い』

『これでは動けませんねぇ。まぁ、せっかくですからあの喧しい方に応戦してみてはいかがでしょう、クロさん』

「え? でもそれって……」

『精神攻撃は傭兵の基本だ。相手が少しでもできると感じたらガンガン煽れ。精神状態が操縦に影響しない奴はいない、やれ』

「は、はあ」


 できれば訓練の時とかに言って欲しかったが、こういったことは空気感とかが大事なのだろう。なんとなくわかる。クロはメイカに言われるまま通信の設定を変更した。こんなのに思考を割くわけにもいかないので、思ったことを口から垂れ流す。イメージはザッパーと話していた時のメイカだ。


「あ、どうも、聞こえる? せっかく裏取りから踏み込んで有利なのに動かないんだね。包囲が完成しないと勝てる自信がないの?」

『アッハッハ、メイカと同じぐらい威勢のいいのが乗ってんな。安心しろって。誤射は勘弁だからかち合ってる分には撃てねぇよ』


 そんなやり取りをしている間に、クロ機の周囲に新たに5機の反応が現れて止まった。ザッパーの言うように大きく距離を開けると、四方から攻撃を受けてしまう。対峙する喧しい機体は初めからどうにかなるとして、周りの機体を片付けるにはアイゼンの援護があった方が安全である。となれば、早めに決着がつく場合はザッパーを殺さないようにする必要がありそうだ。


『さぁデスマッチの始まりだ。次も来てるしな、すぐ楽にしてやるわ』

「危なくなったら逃げる気満々のくせによく言うよ。お先にどうぞ」

『そりゃありがと、な!』


 ザッパー機は小さくハンマーを引いて2撃目を放ってきた。近接攻撃は予備動作がわかりやすく、反応しやすい。クロ機はそれをわずかな後ろ跳躍で躱し、空振りしたところにブレードを押し付ける。その衝撃でひびの部分が折れて、刃の半分が回転しながら飛んでいった。


 損傷は与えられないが、この姿勢ではハンマーを振れない。状況は再び機体同士が密着したゼロ距離での押し合いだ。先程との違いといえば、敵機は後ろに引かない限り攻撃できず、ややクロに有利な状況になった。


「これで形勢逆転」

『ハッ、それがなんだっての。おめぇからは結局これ以上もち込めねぇ』

「どうかな。サブ武器は非常時のためだけにあるわけじゃあない」

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