5−4「先に殺せば関係ない」
クロ機の右脚部横からハンドガンが跳ね上がり、ブレードの刃の部分を押さえつけていた右手で掴むと同時に、ザッパー機の跳躍機関目掛けて撃ち込んだ。軽量機の薄い装甲を貫く爽快な音が響く。1発目から割といい手応えだ。
『上がお留守になってんなぁ!』
3発目を放ったところで、抑えの弱くなったブレードをザッパー機に押し返された。腕部だけでない、跳躍も用いた機体全体の力にクロ機は少しだけ飛ばされてしまう。相手からすれば絶好の攻撃機会だ。
『甘いんだよ! 潰れてろ!』
ザッパー機は押し返した動作の流れで小さくハンマーを引き、機体をわずかに沈ませた。
ここだ!
そう思った直後、クロの時は緩やかに流れ始める。圧倒的な集中力によって確実に捉えた跳躍の前兆。この一瞬に勝機を見た。相手を倒すための道筋が閃いて、リスクを顧みる間もなくクロの体を突き動かす。このとき頭の中を駆け抜けたのは、度々思い出されるメイカとの一幕であった。
『これだけは覚えておけ。いかに機体自体の能力に差があったとして、戦場で誰よりも早く動けるのはお前だ。先に殺せば関係ない』
弾き飛ばされ、不安定な状態から復帰しなければならないからといって、それでも先に動くのはクロの機体だ。今この瞬間、一撃で相手を潰せる手段はなくとも、相手の始動より先にぶつけられる武器は持っている。クロは3発の弾丸を命中させたザッパーの跳躍機関に狙いを定めた。
「当たれッ!」
ロックオンを待たずに発砲した弾丸は、有効射程内で威力を十分に保ったまま目標に吸い込まれる。始動の直前、跳躍機関のイカれたザッパー機は思うような飛距離と方向が出ず、クロ機に向かって来ながらバランスを崩した。
『ああ?』
何が起きたのか理解仕切れていないザッパーの滑稽な声が漏れた。敵の混乱と同時にもたらされた十分すぎる隙に、クロは素早く状況を確認する。アイゼンの機体はまだ少し距離がある。ならば今ザッパーを殺すのは早い。
「とりあえず、腕!」
ブレードを交換している時間はない。すかさずクロ機はハンドガンを捨て、折れたブレードを両手で掴んで振りかぶると、ザッパー機がハンマーを振り上げている側の肩部に叩きつけた。千切れるようにして両断された肩部が機体から分離し、持っていたハンマー共々飛んでいって地面に転がった。
『ぐぅッ! うがあああぁあ!』
ザッパーの通信から溢れ出す悲痛な叫び。ブレードを肩部にぶつけた際の衝撃で、胸部が変形でもしたのだろう。体の一部を挟まれて潰れてしまったか、はたまた機体の破片か何かが刺さってしまったか。怪我の程度はあれど、声が上がったのならとりあえずは生きている。
一応徹底的に潰しておくか。
最悪、跳躍機関を使った蹴りでも危険な攻撃となり得る。完全な無力化を図るために、クロ機は続けてザッパー機の無事な方の跳躍機関を切り払いにかかった。
「あっら!?」
折れて半分の長さになったブレードが盛大に空を切る。ザッパー機は直前に無理やり片脚で跳躍してクロ機の攻撃を避けた。軽量で武器を持たず、片側の肩部まで失った機体は速い。空振りの動作を収める少しの間に、飛び退いただけとは思えないほどの距離が開いていた。
しまった、
次いで四方からの狙い澄まされた銃撃がクロ機を襲う。苦し紛れの微跳躍で胸部への致命傷は避けられたが、損傷は大きい。
『脚部小破! 跳躍出力を上げ過ぎるな、機体がぶっ壊れる!』
「余裕、いける」
刹那の後悔の後、思考はすぐに次のことへと向けられた。再度ザッパーに貼り付けば攻撃は止むはずだ。それに、このまま追いかけて行けば包囲を抜けられる。いくら跳躍の出力に制限が掛かろうが、片脚の跳躍で逃げる機体に遅れを取るわけにはいかない。
クロ機は折れたブレードを捨て、肩部のブレードに持ち替えた。そして、おぼろげになってしまったザッパー機の影を見据えて走行を始めた。
『右肩部被弾、小破。っと左も食らった。あーまただ、これ結構ヤバいやつだぜ!』
包囲の中で取り残されたクロ機に集中砲火が浴びせられた。ロックオンの予測射撃をブレのある走行で上手く回避しているが、四方からの攻撃全てを避けきることはできない。徐々に装甲を剥がされていく。
「作戦に支障なし!」
クロはどれだけ機体が損傷しようとも、全く意に介すことなく前進を続ける。次第にはっきりとしてきた目標の影を見ながら、攻撃のタイミングを読んだ。
今の加速なら十数歩、でも確実に追いつける。
『敵機視認した。クロ、こちらは任せろ』
包囲を抜ける手前で丁度入れ替わるようにしてアイゼン機が到着し、敵機に対して攻撃を開始した。これによってクロ機への攻撃が止み、回避を考慮しない走行に切り替える。
「このままザッパーを追います」
『逃すな、最後まで殺しきってみせろ』
「了解」
包囲の間を抜いた敵機2機が追撃してきているが、高速移動中の射撃が当たるはずもない。差も広がっているので、そちらを完全に無視して前方に意識を絞った。
あと数歩で距離は十分、そしたら踏み込んで落とす。
クロ機はブレードは右肩部の上に担いで攻撃の準備に入った。速度が乗りづらい追い討ちであっても、振り下ろしの力で確実に破壊する。
『あああぁぁあ……俺は死なねぇ!』
小さな呻きを漏らしていただけだったザッパーが、ここへきて理性のフィルターを素通りした叫びを上げた。それが合図であったかのように、クロ機とザッパー機の間に反応が現れた。
『うぉ、12時、近い!』
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