初陣の襲撃者

5−1「事故ったら洒落になんねーぜ」

 薄明かりのライトに照らされた跳甲機内の操縦席、クロはただただ出撃の時を待っていた。


 切羽詰まった輸送車両の運転に揺られ、止まったかと思えば今度は長く激しい地鳴り。目では見えなくとも、忙しなく流れ続ける通信や体感から十分に戦場の空気を感じていた。


 デレクタブル近くの丘では飛び出してどこかに行ってしまいそうだった心臓も、操縦席に乗った途端に大人しくなった。これにはクロ自身とても感心したものである。


 あの時も、覚悟さえ決まっていれば。


 目を閉じて自然と脳裏に映し出されたのは学生時代、実機演習が惨劇へと変わり果てた忌まわしき初陣であった。鳴るはずのない突然の警報。訳も分からぬ状況で攻撃を受け、次々と途絶えていく仲間の通信。それより後のことは覚えていない。気づいたときには全てが終わっており、索敵の反応は教官の機体一つだけ。それ以外は何もかもが壊れていて動かなかった。


 ほとんど忘れかけていた記憶をふと思い出したのは、どんなに高機能なシミュレーションであっても味わえない実戦の緊張感に、体が反応しているからかもしれない。とはいえ何かが変わるわけではなく、今はただ己に与えられた役割を果たすのみである。


 やっぱり、僕の居場所はここしかない。


 これから十数機を相手に、敵陣へ飛び込むめいを受けたクロは大変落ち着いていた。


『クロの機体を出せ』


 ついにメイカからお呼びが掛かり、予備用からクロ専用の三番機に昇格した機体がモーターの唸りと共にゆっくりと持ち上がっていく。


『あれ、なんだっけ? あー……そうそう、通常モード起動っと』


 次に聞こえたのは通信で喋り慣れていなさそうな、何ともたどたどしい声だった。


「ウェス!? え、何で?」

『おう、俺だ。駆人個人のオペレーターも俺らの仕事なんだけどよ。適正があるかは実戦やんなきゃわかんねぇから、ついでにお前もやっとけって、先輩がな』

「なッ、そんな。えー……」

『情けない声出すなよ。心配すんな、聞いてらんねーってなったら代わってくれるらしい』


 そのとき、ハンガーとの接合部が外れて機体が落ちた。完全に頭の中は別のことでいっぱいになっていたが、着地ぐらいはしっかりキメる。


 機体を反転させると、モニターには今まで見たこともない灰と黒の世界が広がっていた。建物は黒っぽく、空間は白っぽくなっている。水平面より少し上にアイゼンの機体を示す反応は微妙な影のようで、目視だけではとても跳甲機だとは判別できない。暗視装置にも切り替えてみたが、それほど改善されなかった。


『ってわけで、よろしくな』


 特殊な環境に意識が向いていたクロだったが、ウェスの声で再びそちらの思考に引き戻される。


「はぁ、わかったよ。それじゃあ二人で頑張ろう」

『任せろ相棒!』


 正直勘弁してほしい。ウェスには悪いが今すぐチェンジと言いたかった。先ほどの感じからして、ウェスが教本のようなものと計器類、モニターで視線を行ったり来たりさせながら話している光景が浮かぶ。その隣では監督役の先輩が笑いをこらえてニヤニヤ見ていることだろう。これはあくまで想像だ。


 メイカや秋山を筆頭にゼンツクの緩いスタイルを受け入れてはいるが、こんな時ばかりはさすがに何とかならないものか。それほど気負ってないのは事実にしても、ウェスの初々しさ有り余って冗談のようなオペレーションにツッコミを入れる余裕はない。ウェスが隠された才能を遺憾なく発揮してくれるか、逆に酷すぎて監督役の先輩の笑みを消し去るか。とにかく極端に振れることを願った。


 クロ機は起き上がったハンガー脇の大型ブレードを取って両手でつかみ、一通り素振りしてから正面に構えた。


『手早く効率良くってことでメイン武器は近接だけだ。お前の大好きな大型ブレード2つな。あとサブでいつもの』

「別に大好きなわけじゃあないけどね」


 もう一本のブレードは右肩部に縦ではなく、横向きに固定されていた。重心が高くなり、右にも寄っていて安定感はないが、代わりに機体の瞬発力が増す。大型ブレードは重く、積載量の限界いっぱいなのでライフルの一本さえ持てない。持っていたとしても、この視界ではシステムのロックオンに頼らざるを得ないので役立たずだ。そのようにして武装やシステムなど、本作戦でのクロの役割にあった調整が成されていた。


「機体に異常ありません。クロ・リース、いつでもいけます」

『ん、突撃だ。全部食っていいぞ、派手にかましてこい』

「了解ッ!」


 クロはグリップの感触を確かめるように2、3度握り直すと、走行を行うべく手足の感覚に神経を集中させていった。動かす度合いによる操作に一切の遊びはなく、微かに力を込めるだけで機体はそれに答えてくれる。


 現在陣を展開している場所から建物をいくつも跳び越えていくと、車線が複数ある広い道路に出た。ここで一度立ち止まり、ターミナルを目指すために中心の方を向いた。


『何も見えねーのにわざわざ跳んでいくのかよ。事故ったら洒落になんねーぜ』

「大丈夫、移動する辺の地図は大体わかってる。実機は初だからちょっと馴らしたかっただけだよ。でもこっからはまっすぐ」

『そうみたいだな。ただ車両が転がってたりしてコケるかもしれねー。この塵のせいで索敵も弱まってる。あんま急ぐなよ』

「フフッ、了解」


 敵の攻撃以外での損傷を気にしまくる通信が斬新で、思わず笑ってしまった。整備の苦労はわからないでもない。“了解”を聞いたウェスは興奮した様子で、落ち着いた配慮あるオペレーションを先輩に自慢している。しかし、移動を再開したクロ機は障害物のない直線道路で走行を始め、次第に速度を増していった。


 ごめん、割と急ぐよ。


 走行でとばしている理由は2つ。視界を制限された戦闘において、自機の索敵だけでは多少心許ない。現在アイゼンが索敵機を撃っているが、補給分を合わせてもそう続くものではないので、早く着いて活用したいのが一つ。また、距離が離れている段階から敵に見つかるのは避けたい。少しでも索敵に掛からないためには周囲の建物よりも低く移動する必要があり、鋭い跳躍は都合がいい。


 これを説明して理解してもらうのは面倒だ。速度が出ていることに対するウェスの疑問を適当に流しながら、クロは心の中で謝った。


 左右に影、正面は若干明るく塵の舞う景色はどれだけ進もうが変わらない。もはや自機がどのあたりにいるのかさえわからない。アイゼンの索敵によって表示された敵機反応との距離だけが近づいていることを示す唯一の証であり、それだけが頼りである。短い間隔で激しく揺られるクロは特に意識を割かれる事もなく、ただ目の前に広がる灰色の虚空を見つめて接敵に臨む。

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