4−6「派手にかましてこい」

「見たか。ウチのリムは確かに大した狙撃技術はないが、お前たち相手に外すほどでもない。今のアイゼンでも雑魚の露払いにはもってこいだな。このまま小出しに部隊を送って隙を突くつもりなら無駄だ、止めておけ」

『アッハッハッハ、あんなのやったぐらいで、おめぇらおめでたいわ。今のは挨拶代わりの小手調みたいなもんよ』

「ほう、それで今度はどうする?」

『焦るな焦るな、もうすぐあの世に送ってやるよ。次でゼンツク終了な』


 ん、ここまでか。


 表面上では余裕があるように装うザッパー。ただ、何となくこれ以上はあまり趣向を凝らしたものは見れないと思った。それなりに楽しめていたザッパーへの興味も、2回目の“ゼンツク終了”を聞いて冷めていくのを感じた。


『団長、後続の部隊が停止したであります』

「恐らく一度立て直してから数に物を言わせて包囲でもしてくるでしょうねぇ」


 山本の報告を聞いて、メイカの変化を感じ取った秋山がつまらなそうに漏らした。


「総数は?」

『敵の出撃数は、えー……16機であります』


 その数の機体に包囲されてしまえば、いくら実力差があろうと車両を守りながら戦うのは厳しい。しかし包囲するまでに時間がかかるだろうし、こちらには敵情を逐一報告する目もある。メイカは敵が移動する隙を突きながら奔走して、各個撃破する様子を少しだけ思い浮かべてみたが、あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎて途中でやめた。


 駒を動かし合う戦術ごっこも、これで“終了”か。


「次はない」


 メイカはザッパーに向けて短く強く言い放った。


『はぁ? どういう意味だよ』

「今度はこっちから奇襲をかけよう。最後の思い出に、壮観な景色でも見せてやる。精々楽しみにしておけ」


 対してザッパーがやかましく吠えているが、もうメイカの耳には意味のあるものとして届かなかった。これ以上の茶番に意味はない。後は奴が直接出てくるのを待つ。果たして駆人としての実力はどの程度であるのか、どのように散っていくのか。残りのザッパーへの興味はこれくらいだ。


 次の行動に移るべく、メイカは戦場の各々に端的な指示を出した。


「聞いていたな、仕掛けるぞ。リムはマークしたビルを狙え、一発で落とせるはずだ』

「敵もさぞ驚いてくれると思いますよ」

『はいはーい、ついにいきますか』

「クロは条件が整い次第機体を出す。突撃して場を荒らしてこい」

『了解です』

「アイゼンは索敵だ。待ち惚けているターミナルの奴らを晒せ。弾が切れたらクロの援護だ」

『承知した』

「それから山本、今までご苦労だった。撤収していいぞ」

『了解。でもどうせ待ちますし、そちらの警護を増やしておくであります』

「移動の際はお気をつけください」


 これから戦場は変曲点を迎え、決着の時へ向かって急速に状況を加速させていく。メイカは大きく息を吸って声を張り上げた。


「よし、始めろ!」


 リムはターミナルから少し外れたビルの中層あたりに照準を合わせると、躊躇いなく砲弾を発射した。着弾した瞬間にその階だけが爆発してビルが分断され、上が下の部分を潰しながらスロー映像のようにゆっくりと倒壊していった。それと同時に真っ黒の粉塵が舞い上がり、道路に沿って高速で町を飲み込んでいく。


 ビルが崩れ切るまでは呼吸するのも忘れてその様を見守った。轟音と共に激しい地鳴り続き、否応にもメイカの落ちかけていた気分を急浮上させた。他の団員も言葉を忘れたかのごとく単音のみを発している。“壮観な景色”を見せてやるとは簡単に言ったが、こうもうまく町を覆ってくれるとは素晴らしい。


 これにはさすがのザッパーも満足してくれたようで、通信の設定を切り替えるのも忘れて愉快な仲間達に怒号を飛ばしている。


 地鳴りが治まると、ようやく皆が動き始めた。黒い塵の壁は既に近くまで迫っている。アイゼン機は近場の屋根に上ると、ライフルと右肩部の索敵ランチャーを入れ替えた。そして、遠くへ飛ばすために大分上を向けて撃った。


『索敵きたよ! 敵の反応がバーッと……って多すぎでしょ!』


 上空を通過する索敵機から発見された敵機の位置がモニターに反映されていく。塵で何も見えない中、モニターには明らかに予想される以上の反応が示されていた。しかし、視界が制限されてから敵が急に出撃させたとは考えにくい。


「チッ、索敵ダミーまで用意していたか。なかなか金があるな」

『で? どうすんのよ。しかもなんかノイズ多いし』

「塵の影響だ。別に見えているなら構わん、撃ち尽くせ」

『はいよー、それじゃあ砲撃スタート!』


 リム機は特に気にすることなく、ターミナル付近に対して遠距離攻撃を開始した。


『おー動きまくってる。でも残念、そしたら本物ってバレちゃうんだよねー』


 アイゼン機が索敵ランチャーを継続的に撃つことで、リムがその反応を頼りに撃ちまくる。突如視界を奪われた上に、キャノンで狙いをつけられているとわかったら生きた心地がしない。案の定、敵は動き回ってしまい、索敵ダミーの意味をなくしていた。


 景気良く砲撃を続けていると、塵の壁がゼンツク一行を通過した。衝撃の代わりに、跳甲機のモニターが一面灰色に変わり、黒い細かな無数の粒が空間を漂っている。やはりこの中ではほとんど何も見えない。おまけに味方機の反応も弱まった。これで敵味方ともに見張りの意味はない。さらに敵は混乱の最中にある。


 襲撃の準備は整った。


「クロの機体を出せ」


 敵は当然ゼンツクの輸送車両の数が出撃数と合わないことに気がついているだろうし、この絶好の状況を砲撃だけで終わらせるはずがないこともわかっているだろう。ここでクロが返り討ちにあうのも想定の内にはある。最悪死んでしまったら、所詮はそれまでの男だったということだ。作戦に支障はない。


 だが、それはあくまで考えておくべき想定の話。


 絶対に作戦を遂行するだろうという予感がメイカにはあった。あのシミュレーションでのクロの操縦を一目見て、言葉では言い表せぬ何か光るものを確かに感じ取ったのである。結局あの時はアイゼンにも届かなかった。それでも、理論や証拠に基づくものではない。所謂女の勘とかいうやつだが、奴ならばメイカは己の野望の一端を託せれるかもしれないと思った。


 それに、根拠のない予感ほど当たれば存外嬉しいものである。


『機体に異常ありません。クロ・リース、いつでもいけます』

「ん、突撃だ。全部食っていいぞ、派手にかましてこい」

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