4−3「晴れ舞台だったもんね」

 依頼屋での一件から数日後、メイカ達ゼンツク一行はザッパーを始末する、もとい依頼を果たすためにホルテンジアを発った。指揮車両とそれぞれの機体を載せた3台の輸送車両はサザン川沿いの道をひたすら北上し、途中いくつかの町を経由して3日目、目的地近郊の丘にたどり着いた。


「あれが“デレクタブル”ですか? 西は大きい町が多いですね」

「基本荒地ばかりですから、人がいくつかの町に集中していますねぇ。川から離れれば集落も多いですよ」

「へぇー、勉強になります」


 指揮車両には運転手とメイカ、秋山、それにクロも搭乗している。助手席に座った駆人服姿のクロは興味深そうに遠方の町の一角を見つめた。


 本来駆人は移動中、不足の事態に備えて機体の操縦席で待機すべきである。しかしクロは西部に来て日も浅く、西武の地形や気候を感じさせるために指揮車両での移動となった。


「にしてもホントに“そのまま”なんですね。廃都市を見るのは初めてです」

「おや、クロさんはご存知でしたか」

「それはもちろん。僕が軍に入った時はここの話題で持ち切りでしたよ。近年では大陸で一番大きな作戦だったと聞いています」

「懐かしいですねぇ、もう1年ですか。ホルテンジアでもだいぶ騒ぎになったものです」


 秋山が目を細めて髭を弄った。二人の話をぼんやりと聞いていたメイカの脳裏に一つの言葉が浮かぶ。


 西の大征伐。


 デレクタブルは以前まで帝国が治めていた西部で最大の都市であった。中央と北部を繋ぐメインルートは間に大山脈があるために、どうしても西部のデレクタブルを通らなくてはならない。その通行の際に関税を設けることでこの町は大変に潤っていた。そして今から1年前、デレクタブル内に拠点を構えていた企業たちが結託し、町内の帝国軍を一掃して独立を宣言。帝国と独立を目論む連合統治組織との間で戦争が勃発した。戦いは終始帝国が圧倒、最後まで負けを認めなかった連合統治組織のせいで戦火は街中にまでおよび、以来デレクタブルは町としての機能を完全に失った。


『クロちゃんいいなぁ。私もそっち行きたいよ、暗い暑いつまんない』


 停車してからは機体のシステム起動を命じており、通信でリムのふて腐れた声が時折流れてくる。


『こんなとこで襲ってくる奴いないでしょ。とりあえず降りていい?』

「黙れ」

『メイカ冷たい。でも暑いっていうね。うわー、しょーもな』


 先ほどからずっとこの調子だ、今日はやけにぼやきが多い。初めのうちは付き合っていたが、さすがに煩わしくなってきた。


「おいアイゼン、このうるさいのの相手をしろ」

『……む。ん、承知した』


 だいぶ遅れてアイゼンが応答した。声に張りがなく、寝起き感丸出しである。


「チッ、こっちは居眠りか」

『いや、俺は寝てない』

「寝てたな?」

「寝てましたねぇ」

『……ああ、寝ていた』

「いい年してすぐにわかるくだらん嘘をつくなバカ」


 どいつもこいつも。


 時に安心感を抱く何事にも動じない駆人達のマイペース具合も、気分違えば腹立たしい時もある。今日はまさにそんな気分だ。


『まーまーメイカ。場所に来てスイッチ入っちゃうのもわかるけどさー、こっちのタイミングで攻めれるんだから、まだ緩めでいいじゃん』

『うむ、精神状態はパフォーマンスに直結する。今のお嬢は危うい。居眠りについては申し訳ない』

「移動が長い時はいつも気持ちよさそうに寝ていますけど、今回は道が悪くて落ち着けませんでしたからねぇ。そういうことではないでしょうか」


 色々言われてしまったメイカは自らを客観的に省みた。確かに普段以上にカリカリしているのかもしれない。駆人達の言うことは最もだ。秋山の意見もなかなか的を射ている。メイカは一人で納得して頷いた。


「ん、少し頭を冷やす。外に出る」

「かしこまりました」

「あ、僕も行きます」

『じゃあ私もー』

「リムさん」

『はいはい、待機状態を継続してまーす』


 三人は指揮車両から降りると、デレクタブルが見易い位置まで歩いた。メイカは秋山がすかさず出した簡易椅子に座り、詰まらなそうに町並みを眺める。


 中心はホルテンジア同様、高層のビル群が集まっており、外に向かっていくにつれて建物の背が低くなっていく。一番外は一軒家が区分けされて統一的に建てられているが、その半数以上が倒壊している。廃都市とはいえ、町の建造物などが丸々使えなくなった訳ではない。こうして中途半端に巨大都市としての形を残していることで、引き寄せられてくる連中は数多いる。傭兵、盗賊、行き場をなくした者など、ここにはたくさんの人間が住んでいることは想像に難くない。無法地帯だけあって、当然治安は最悪だ。


 かつての中央北部間メインルートは賊の襲撃エリアと化し、いつしか誰も通らなくなった。現在ではホルテンジアからサザン川を渡り、山脈沿いの西端街道を通って北部へ抜けるのが一般的である。


「えっと……ちなみに今は何待ちなんですか? 機体の最終点検とか?」

「まぁそれもありますけど、一番は山本さん達が配置に着くのを待っています」

「あれ? 一緒に来てましたっけ」

「先行してこの町に潜伏していただいてるんですよ」

「そうだったんですか」


 クロが感嘆の声を上げた。今回のような依頼は諜報部隊を活用しやすい。メイカは山本に前もって別行動を命じていた。

 

 山本率いる諜報部隊がゼンツク基地を出発したのはメイカ達より3日前。途中の町々に見張りの人員を置いていきながら、デレクタブルに近づいていった。ザッパーやその雇用主も諜報部隊の存在を警戒し、来訪者の監視を厳重にしていたそうだ。それでも、デレクタブルで生活している無法者全てを統治しているわけではない。物資の必要な各々は好き勝手に出て行くので出入りは激しく、それに紛れて意外と簡単に潜入できたということであった。後は町中で適当な場所に拠点を構えて、情報収集に励むだけである。


「今だから言いますけど、正直途中で襲われると思って気張ってました」

「奴にそんな真似はできん」

「ですね」


 メイカの即答に考える様子を見せたクロだったが、すぐに諦めて理由を尋ねた。


「デレクタブルまでの道のりはひたすら川沿いの平坦な道だ。よって強襲するとしたら町に停車中か、見通しの良い道路上の二択になる。町中で跳甲機を出そうものなら、即座に守備部隊が出撃し、鎮圧されて終了だ。後者の場合はすぐに索敵に引っ掛かってしまい、結局それほど優位は取れない」

「でもこの辺り車両は通らないんですよね。それなら、あらかじめ道に地雷仕掛けておくとか」

『うわー、クロちゃんそれはさすがにエゲツないって』

『要らぬ争いを招くリスクもある』

「アハハハ……ですよねー」


 クロは他の駆人の引き気味な反応を聞いて、誤魔化すように笑った。


「残念ながらそれもないな、根本の理由は別にある。ザッパーは依頼屋でゼンツクに対して盛大に喧嘩を売った。それは少なからず、この辺の傭兵たちの耳にも届いているだろう。私がわざわざ依頼で勝負を仕掛けたのに、その勝負が跳甲機の関与しない妨害工作で決着したらどうだ?」

「んー、勝ちは勝ちですけど……格好はつきませんね」

「そうなんですよねぇ。あんな啖呵を切った手前、正面からぶつからなければ周りには認められません。まぁその代わりに、我々もあの方たちの待ち構える砦に突っ込んでいく必要があるんですけどね」


 なんにせよ依頼の勝負に勝ったとて、メイカを殺し損ねれば自分が暗殺されてしまうことをザッパーは理解している。下手な手を打つよりも防衛エリアを固め、メイカ達を誘(いざな)う方に賭けるだろうことはわかっていた。


『それにしてもメイカが爆笑したの見たかったなー。三段笑いっていうの? 自然にやっちゃう人なんてそうそういないでしょ。ちょっともう一回そん時思い出してやってみ?』


 ひと段落ついたところでリムがすかさず話題を変えた。先日の出来事を他言した覚えはない。この手のイジリ易い話を言いふらすとすれば秋山だ。というより現場を目撃したのは秋山しかいない。


「おい、クソボケジジイ」

『久五郎を責めてやるな。帰ってきたお嬢のあんな顔を見たのは久しい。気になるのは当然だ』

「是非映像に残しておきたかったですよ」

『晴れ舞台だったもんね』

「ただただ後悔しかありません、惜しいことをしました」

「————」


 そんな感じの最近の適当な話題で時間を潰すこと数十分。ついに山本からの連絡が届いた。


『お待たせしたであります。団長、準備が整いました』

「ん。秋山、最終ブリーフィングだ」

「はいはいやりましょうか」


 秋山が一度背中に手を回し、手持ち用の薄いモニターを2枚出してメイカとクロに渡した。驚いたクロが渡されたままの姿勢で固まって、秋山を凝視している。このやり取りも毎度のことだが、なかなか飽きそうにない。

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