4−2「なら私は襲撃だ」

 髪の縮れた長身の男がカウンター近くのテーブルに腰掛けてタバコを咥えてる。


「お、やっぱりね。てか、マジでガキなんだな」


 いつの間にか屋内がまた静かになっていた。故にこの男もメイカと同じ立場にあるのだろう。ここで見る顔馴染みと戦場で出会えば、その者の力を体感でき、実力は周囲に知れ渡る。そして、いずれは厄介な商売敵として避けられるようになる。屋内の全員がメイカ達の動向に注目しているのがわかった。


「へぇー、目は据わってるな。度胸がいい、顔もいい、なかなかいいね」


 男がメイカに顔を近づけて言った。一々偉そうな喋り方が鼻につく。気づけば片足に重心が行き、拳にも力が入っていた。半年前には見なかった顔だ。おそらく別の地区から流れてきたのだろう。傭兵生活は長そうだ。


「おーミスターザッパー、今日もようこそです。しかし、彼女にその、ちょっかいを掛けるのは少し控えた方がよろしいです、よ?」


 後ろに立つジョイが消え入る声で言った。慌てふためき困り果てている様が容易に想像できる。騒ぎが起きて衛兵でも来ようものなら、色々と掃除が大変そうだ。


「この店回してやってる俺様に文句でもあんのか? 店長さん」

「いやいやいやいや、滅相もないです」

「おめぇは黙って俺に依頼をよこしときゃいいのよ。そしたらここも安泰だろ」


 ザッパーと呼ばれた男に目を向けられると、ジョイは簡単に黙ってしまった。


 なるほど、所詮はお山の大将か。


 メイカはザッパーをそう評価した。周囲から一目置かれる頃には、傭兵と直接契約する個人依頼も舞い込んでいるはずだ。個人依頼の報酬は依頼屋とは比較にならない。それをこなしていけば、自然と依頼屋から足は遠のいていく。しかしザッパーは個人依頼に見向きもせず、小規模で安全な戦場を駆け回っては勝ちを拾っているようだ。そして、帰ってきて三流傭兵相手にでかい顔をする。なんとも楽しそうな生活を送っているではないか。


 是非ともぶち壊してやりたい。


「よう、来たかザッパー」

「あ? おう」


 ザッパーの惨たらしい死に様を妄想していると、例のバカ4人組が近づいて雑に挨拶を交わした。相変わらず舐め腐った視線を向けてくる奴らだ。煽りだけは一人前である。


 これでザッパーも一匹狼ではなく、順調に自らの勢力を築き上げているということがわかった。しかし所詮は烏合の衆。相当な個の実力がなければ、組織である傭兵団には敵わない。そこまで警戒する相手ではなさそうだ。


 メイカが依頼書片手にひそひそと話をするザッパー達をを観察する中、ついにザッパーが一歩前に出てメイカに顔を向けた。連中から若干緊迫した空気が醸し出される。久しぶりに訪れたこの依頼屋で何を吹っかけようというのか。


「よく聞けよメイカ、おめぇらの時代はもう終わってるんだわ。ボロ負けしてずり落ちてきたおめぇらが、偉そうにのうのうとまたやり直そうとしてんのを、俺らはちょーっとばかし気に入らねぇのよ」

「ん、それで?」

「おとなしく出て行けよ、この町の支配者は俺一人で十分だ。まぁ、納得いかねぇのなら相手になるけどな」


 この啖呵を聞いて、固唾を呑んで様子を伺っていた屋内の傭兵達が一斉に歓声を上げた。この雰囲気、野次馬ではない。あらかじめ屋内をほとんど身内で固めていたようだ。ただならぬ空気に受付嬢は奥へ引っ込んでしまった。


 そんなことより、今はこの男である。ずっと考えていた台詞が言えて満足したのか、何とも嫌らしい表情を浮かべている。


 ザッパーは自身が台頭する以前、同じような立場にあったゼンツクを打倒することで、縄張りであるホルテンジアでの地位を確立できる、と考えているのだろう。時代だの支配者だの突っ込みたい部分は色々あるが、そのあたりは奴なりの事情あってのことだ。さして興味もない。しかし当のゼンツクはといえば、アイゼン機が未だ修理中、リム機も調整を終えていない。この男は確実にメイカ達の実情を知っていて、その上で今が好機と一世一代の勝負を仕掛けてきたのである。


 面白い。欲望に忠実な奴は嫌いじゃない。実にたぎる。


「フフフ、フハハハ! ハッハッハッハッハッ!」


 メイカは堪えきれなくなり、大口を開けて笑った。


 受けて立つとしよう。


 依頼屋にはまたしばらく世話になる。相手も考えずに煽るバカもいることだ。ザッパーにはちょうど良い晒し首になってもらうことにした。


「おいおいどうした、決める前におかしくなっちまったってか?」

「それなら俺が今相手してやってもいいんだぜ?」

「まぁ待て」


 高笑いに耐えかねて、近づいてきた取り巻き達を手で制する。そしてメイカは手に持った依頼書から2枚を抜き取ると、カウンターに叩きつけた。


「……何のつもりだよ」

「私はここを離れるつもりはない。なら、どちらかが死ぬしかないだろう。この依頼を受けろ。お前を殺すことは簡単だが、それではつまらん。お互い傭兵ならば、戦場で片を付けてはどうか、と粋な提案をしているわけだ」

「おもしろそうだな、受けてやるよ」


 ザッパーの自信に満ちた返答を受けて、屋内にまた品のない歓声が沸き起こった。


「この2枚の依頼は同一エリアの襲撃と防衛だ。お前に好きな方を選ばせてやる」

「じゃあ遠慮なく。俺は防衛な」

「なら私は襲撃だ」


 カウンターにメイカとザッパーが並び、依頼書にサインする。記入を終えた両者は乱暴にペンを置いた。


「ガキが調子に乗んのはよくねぇよ。おめぇらの命乞い、楽しみにしてるわ」

「ほざけ。人生初の大勝負だろう? 覚悟は決めておけ」


 去りゆく背中に投げかけられた言葉に、メイカは振り返らず答えた。いつの間にか周りで輪を作っていた傭兵達が割れ、メイカと秋山を通す。二人は傭兵達のヤジや歓声に包まれながら堂々と依頼屋を出た。


「さすがに軽率だったか?」


 ザッパーが現れてからは秋山の方を一度も見ていない。負ける要素は少ないとはいえ、多少場の雰囲気に流された感は否めないので、一応聞いてみた。


「色々思案なされたのでしょう? なにも問題はありませんよ」

「そうか」

「それに、メイカ様はとても楽しそうでしたねぇ。ならば例え問題があったとしても、差し出がましい真似はいたしません」


 私が死ぬとしても、だな。


「これを落としたら、次は南部にでも逃れるとしよう」

「聞くところによると、東部もなかなか良い環境らしいですよ」

「ん、稼ぐには困らんわけか。いい時代に生まれたものだ。」


 基地への道程を歩く二人。メイカの耳にはあの下品な歓声が未だにこびり付いて離れない。


 次の作戦は期待できそうだ。


 この興奮もしばらくは冷めそうにない。

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